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その後、3度の乗り継ぎを終え、2人を乗せた電車は小さな駅に到着した。
ドアが開き花南と清高が電車を降りる。改札機を抜けた後、花南は鞄からスマートフォンを取り出した。
「えーとぉ、今出たのが東口だから……埼玉科学大学は……こっちかな。うん、そう。清高さん、こっちだよ」
「おう。しかしあっちぃな。アイス買わないか?」
時間は午後1時を回ったあたり。午前中に東京を出発した頃よりさらに暑くなっているため、今度は清高もギブアップのようである。
しかし、花南自身はここまで来た自分たちの目的をさっさと片づけてしまいたい気持ちもあったので、清高の提案をあきれた表情も交えながら断った。
「自分だってまいってんじゃん……それにさ、いい歳してアイスって……もう大学も近いし、さっさと話つけちゃおうよ」
またまた鋭い視線を清高に定め、それを感じ取った清高はあわてて意見を変えた。
「そ……そうだな。さっさと済ませるか。どうせ、一般人のガキ1匹拉致るだけだしな」
「えっ? 今日、拉致するの? ほんと…?
いやいやいやいや……つーかまだ拉致しなきゃいけないって決まってないよ。
それに私たち2人だけだし。電車で来たし。
無理じゃん? つーか清高さん……意気込みすぎだよ……」
「そうだったそうだった……じっくり説得するんだったな……さてさて、かわいいかわいい花南様はいったい何日でその男を堕とすことができるだろうな……? 賭けるか?」
「清高さん、それセクハラ……」
いくらか緊張している花南の心境を察した清高の好意ではあったが、2人はこんなくだらない話を進めながら大学に到着する。
しかし、花南が大学の敷地に入ろうとした瞬間に清高のスマートフォンが鳴り、立ち止まる。
「ん?」
何でもない雰囲気で携帯電話を取り出すが、たった今届いたメールを見ながら、清高の目が変わっていく。
そして最後に深く息を吐き、前を歩いていた花南に話しかけた。
「花南……局からのメールだ。大変なことになったぞ。お前もメール読め」
「えっ? 私まだ届いてな……あっ、今来てる」
メール受信中の画面を見つめながら、花南が小さくつぶやいた。
「珍しいね。局のメールが届くのって全職員ほぼ一緒でしょ? 回線込んでんのかな?」
ちなみに2人が使用しているスマートフォンは特別な改造が施してある防衛省御用達の特別な情報端末である。
もちろんこれらは普通の電話としても使用できるが、彼らの所属する組織とのメールや電話には特別の暗号化プロトコルが用いられ、3重の暗号かぎを使用している。その3個の暗号を一定時間連続して解かないと通信データは破棄される仕組みとなっていた。
さらには、災害時など一般回線が混戦状態におちいった場合は通信データの優先度があげられ、一般人に比べて優先的に回線が確保されるものであった。
「今は優先じゃねぇからな。それよりさっさと読め」
組織の情報通信を担当する清高はそこら辺に精通しており、花南の間違った認識を軽くたしなめる。
その頃には花南のスマートフォンの画面が受信済み表記に変わり、花南は到着したばかりのメールを開いた。
しかし、その内容を読み進めた花南の顔も徐々に青ざめることとなる。
『
TO 霊能局関係者各位
CC 内閣府関係者各位
FM 霊能局 局長 平岡
いつもお世話になっております。平岡です。
この度、今朝のサイA級霊能士の早朝定期報告より、大詔時代の到来が当初の予定であった10年後から2ヶ月後に短縮されました。
よって越嶋総理大臣と話し合った結果、本日17時よりサイコハザードの危険レベルを4に移行します。
その後総理が19時から会見を開き、大詔時代の到来と国家霊能局の存在を公表します。それにともない一般人へのテロ危険度のレベルも3へ上げられます。
現役のA級からC級の霊能士の皆様は中~長期的な出動要請に備えてください。
育成プログラム受講中のD級霊能士の皆様は、半年後の出動可能レベル到達を目安に、カリキュラムを早急に消化してください。
戦略士、およびその他の補助職種の皆様は、各々のバックアップの準備と装備の点検実施をお願いします。
なお、今夜19時の総理大臣の会見後、Cレベル以下の機密情報は一般公開となりますので、その内容に関しての確認もお願いします。
その他、上位役職からの指示に従い、迅速な行動をお願い致します。
以上、よろしくお願い致します。
』
平岡と名乗る人物から組織の全員宛てに送られたであろうこのメールは、丁寧な文脈とはうらはらにおよそ一般人には理解しがたい内容である。
同時にこの事態に対する局長の覚悟も込められているような印象を花南は感じた。
「うそでしょ? そんなに早く……」
頭が混乱したまま花南がつぶやく。
しかし、花南よりも少し早くメールを読んでいた清高はいくらか落ち着きを取り戻しており、何かを『早い』とつぶやいた花南の気持ちを理解しているように答えた。
「まぁ、千年とかそういうスパンでの言い伝えだからな。10年やそこらの誤差がでてもしょうがないんだろうな。
どうする? どうせ、今日の晩には全部わかるんだし。無理やり連れていくか? 何て名前だっけ? そいつ……」
「う、うん。えーとね……」
清高の言葉に促されるように花南が鞄からメモ帳を取り出した。しばらくページをぱらぱらとめくった後、花南がなぐり書きしたメモを読みながら口を開く。
「あっ! あった。えーとね……『しん』。そう、しんって名前の子。外見は清高さんのスマフォにも送ってあるよね?」
「あ、あぁ……一応あるが、ありゃ駄目だな。水晶玉に映った映像を撮ったやつだから、画質が悪くてわかりにくい。
あん時水晶に写った顔覚えてるか? 俺、後ろの方にいたからしっかり見れなかったんだ」
「うん、一応。自信ないけどね? 最悪でっかい声で呼べばいいんじゃん! いこっ? 図書館にいるはずだって」
花南が少し落ち着きを取り戻し、2人は再び歩き始める。
歩きながら、花南はこれから会う『しん』という青年にするであろうおよそ信じがたい話を、どのように順序立てて説明するかを考えていた。
駅からの道を歩きながら、花南はこれから会う青年――『しん』のことを考える。
自分たちが語ることになるのは、到底信じられるはずのない話だ。
それをどう説明すればいいのか、頭の中で何度も組み立てる。
「んで、どうする? やっぱ、無理やり拉致るか?」
横から投げられた軽口に、思考が途切れる。
「でもさ。私たちの話……信じるならいいんだけどさ。信じなかったら19時からの会見ってのを見てもらえば、話早いんじゃないかなぁ?
今は説明だけして……後でもっかいアプローチしよ? この大学にいることだけ確認できれば、学生名簿とかから彼の住所とかわかるしね」
「確かにそうだな……選ばれたもんはどのみち強制的に入隊だけどな……できれば自分の判断で……上手く説得出来ればいいが……」
前を向いたままの独り言。
その語尾には、わずかな重さが滲んでいた。
それを感じ取った花南が、すかさず話題を変える。
「でさ……私、人に説明とかするの苦手だから……清高さん? 清高さんがやって?」
「絶対嫌だ! つーかお前の仕事だろ!? やれよ! 何事も経験だ、経験!」
即答だった。
花南は顔をしかめる。
(くそっ……わかったわよっ!!)
内心で毒づきながら、ふと空を見上げる。
どこまでも青い空。
白い雲が、ゆっくりと流れている。
これから訪れる混乱など、まるで関係ないかのような穏やかさだった。
――いや。
もしかすると、空だけはいつの時代も変わらないのかもしれない。
そんなことを考えながら、花南は小さく息を吐く。
視線を戻すと、目の前には古びた建物があった。
色あせた看板には、こう記されている。
――埼玉科学大学附属図書館。




