潤む瞳
僕とのダンスを終えた後も、エメはまだ少し興奮気味にその余韻に浸っているようだった。
一人で右手を出し、左手は肩に添えるような姿勢で、さっきのステップを踏み始めた、が……
「あれ?……ん?」
「エメ、そこは右、次は、あ、違う…」
「ふふっ、あははは…」
エメが大笑いするのにつられて、僕も笑った。
ガチャッ
「「わぁ!」」
突然、玄関扉が開いて、僕とエメは飛び上がるほど驚いた。そこには、ジュディさんとラリーが笑って立っていた。
「あんたが気づかないなんて珍しいね。余程楽しかったんだね」
確かに。エメはいつも気配を鋭く感じて、まだ人影が見えないうちから、小屋にジュディさんやラリーが来るのを僕に教えてくれていた。
僕が崖から落ちた日は、森の周りで僕の家の者達が探している気配を感じて、僕の無事を伝えに森の入り口まで行き、ラリーを小屋まで連れてきてくれたんだった。エメは、人が来ると森の様子が変わるでしょう?と言うけど、僕にはその違いはわからない…。
そんなエメが、扉が開くまでジュディさん達の訪れに気づかないなんて。そんなに僕とのダンスに夢中になっていたんだろうか。そう思うと、僕は嬉しくて調子に乗ってしまいそうだった。
エメは少し照れて笑った。
「かあさん、私、少し踊れたわ」
「ああ、その窓から見えてたよ」
「えっ、見てたの?」
「楽しそうだから、ラリーさんと少し見てたんだ。あんたが気づくまでと思ったら、いつまで待っても気づかないから可笑しくてね。上手に踊ってたじゃないか」
「でしょう?でも、一人でもう一度踊ろうと思ったらできないの…」
「それは、ルゥのリードが上手ってことだろうね」
僕はごく基本のステップで褒めてもらって、なんだか照れ臭くなった。
「やっぱり、ルゥと一緒じゃないと踊れないのか…」
エメは口を尖らせて不服そうな顔をしている。
「エメはもう少し練習したら上手に踊れるようになると思うよ。僕はエメと、とっても踊りやすかったから」
「本当?」
エメの顔が、僕の言葉でパァっと明るくなった。その可愛らしい豊かな表情をいつまでも見ていたかったけど、残念ながらここを離れる時間が来たようだった。
「リュウ様、そろそろ…」
遠慮がちに口を開いたラリーに「ああ、わかった」と僕は返した。そしてエメとジュディさんの方へ向いた。
「エメ、ジュディさん、助けてくれて本当にありがとうございました。そして今日までお世話になりました」
僕は深く礼をし、顔を上げて続けた。
「また改めてお礼をさせてくださ……えっ、エメ?」
エメの深い青色の瞳が潤んで、今にも涙がこぼれ落ちそうになっていた。そしてくるっと僕に背を向けてしまった。
「エメ…、この夏のうちにまた会いに来るよ。次の冬の休みにも……」
肩を震わせ、顔を見せてくれないエメに、僕はオロオロした。ジュディさんはエメをそっと抱きしめると、優しい声で言った。
「エメは誰かを見送ることなんて初めてだからね。私はラリーさんと先に行ってるから、落ち着いたらルゥとおいで」
「えっ⁈」
僕は慌ててジュディを見た。ジュディさんは、小さく頷くエメの頭を優しく撫でると、僕に言った。
「じゃあ、エメを頼んだよ。ゆっくりで構わないから」
「あ…、あの…」
ジュディさんは玄関扉を開けると、もう一度、僕の方を振り返った。
「森を出た所に馬車を待たせているそうだから、そこで待ってるよ。さぁ、ラリーさん、行きましょうか」
「はい、ジュディ様」とラリーは僕の荷物を持ち、玄関へと向かった。そして玄関を出る前に僕の方を向いた。
「ではリュウ様、お待ちしております」
「あ……」
キィ…、パタン
玄関扉は静かに閉まり、情けない顔をしているであろう僕を残して、二人はさっさと小屋を出て行ってしまった。
泣いている子の相手なんてしたことがない。姉さんが泣いていても、手がつけられないから誰かに任せて放っておくし…。
三つ年上の気の強い姉は、言いたいことを言いながら大泣きするから、僕がなんとかできるなんて思ったこともなかった。でも、それとは全然違い、静かに声を殺して泣いているエメを見たら、彼女を慰められるのは僕しかいないという思いが湧いてきた。
二人きりになったことも手伝って、僕は少し落ち着いてきた。
エメの左手はスカートをきゅっと掴み、右手で涙を拭っているが追いつかず、雫がぽたりぽたりと床に落ちている。僕は、俯くエメの前にそっと屈んでその顔を覗き込んだ。
僕は両手で彼女の頬を包み、溢れてくる涙を親指で拭った。
「エメ、足の痛みが取れたら、すぐに会いにくるね」
エメがしゃっくりを上げながら、一生懸命に涙を止めようとしているようだった。
「お菓子を持ってくるし、ダンスの練習もしようね」
涙は少しずつ止まってきたようだが、僕の言葉に頷くこともなく口をぎゅっと結び、スカートを掴んだ手に力が入っているのがわかる。
「それから、王都に戻る前にも、もう一度遊びに来てもいい?」
「もう…いちど?来てく…くれる?」
ようやく目を開けて、僕の顔を見てくれた。
「ああ、僕が来たいんだ」
僕がゆっくり立ち上がると、エメは僕を見上げた。
エメの涙は止まったけど、まだ瞳は潤んでいる。窓からの光を集めてキラキラと輝く様は何て綺麗なんだろう……
小さなしゃっくりが続くエメをそっと抱き寄せると、エメは僕の胸に顔を埋めて「私も来てほしい…」と小さな声で言った。
「ありがとう、エメ。そう言ってもらえて、すごく嬉しい」
その言葉に顔を上げたエメのおでこに、僕はゆっくりと口付けた。
驚いて目を大きく開いた後、エメは頬を赤らめてまた僕の胸に顔を埋めてしまった。




