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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
第1章 エメとルゥ
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風の音と雨の歌

小屋の前の広いウッドデッキに置かれたベンチに座っていた。ここでの静養も数日が経ち、ゆっくりなら歩けるようになったので、気分転換に久しぶりに外に出てみたのだ。


日向は暑そうだが、ウッドデッキは大きな(ひさし)で日陰になっていて、森を吹き抜ける風も手伝って涼しくて快適だ。




「エメ、それは何の歌?」


麦わら帽子を被ったエメは、さっきからウッドデッキの前の庭で、鼻歌を歌いながら薬草の手入れをしている。


聞いたことはないが、心地の良いメロディーだった。


「雨の歌よ」


「でも、今日は降りそうにないね」


家の前の大きめに開いた木々の切れ間から見える空は、多少の雲はあるが、概ね晴れていて雨が降るようには見えなかった。


「もうすぐ降るわ」


また鼻歌を歌いながら手を休めることなく、薬草を摘んだり、雑草を抜いたり動き回るエメを眺めながら「降らないと思うな」と彼女の言葉を聞き流した。


「さあ、終わったわ」


エメは薬草を入れた籠を手に、少し急いでウッドデッキへと戻ってきた。


「ふぅ、間に合った」


そう言って僕の横に座った。膝に乗せた籠を抱えて空を見上げている。


「何が間に合ったって……え?」


さーっと細かい雨粒が木々の葉に当たる音がした。天気雨だ。


空は晴れているのに、静かに雨が降っている。陽の光が当たって、葉も草も、周りの空気まであちこちがキラキラと輝いて見えた。


「………エメが降らせたの?」


僕の質問に、エメは少し驚いた顔をしてから笑った。


「ふふふ、雨を自由に降らせることができたら素敵ね」


「でも、エメが雨の歌を歌ったら降ってきて…」


「私は雨が降りそうだから歌っただけよ。風の音とか匂いとか、晴れてる時とは違うでしょう?」


でしょう?と言われてもよくわからない僕は首を傾げた。そんな僕にエメはまた笑って、僕の肩に寄りかかってきた。


僕の右腕にエメの肩が触れ、頭を僕の肩にちょこんと乗せている。庇の端からからポタン、ポタンと落ちる雨粒を眺めながら、僕の心臓はドキドキ高鳴っていた。こんなに静かだと、エメに聞こえるのではと心配になるほどに。


寄り掛かっているエメの肩は華奢で、いつか必要があれば肩を抱き寄せて守ってあげたいなんて気持ちが湧いてきた。現実は、その華奢な肩に担がれて助けられたのだけど……


「はぁ…」


無意識のうちにため息を吐いてしまったのかと思ったが、ため息を吐いたのはエメだった。


「ルゥ、明日帰るのよね」


僕が帰るのを少しは寂しく思ってくれるのだろうか。


せっかくエメと再会して仲良くなったのに、もうここを離れないといけないことに寂しくなっていた。エメのため息を聞いて、その気持ちは僕だけじゃないかもしれないなどと淡く期待した。


僕はエメへの想いを少しずつ自覚していた。


「怪我もだいぶよくなったからね。ありがとね、エメ」


「うん」


短い返事からはエメの気持ちは読めなくて、でも顔を見ようと思っても、肩に乗せられていて見えなかった。


僕は小降りになってきた雨を眺めながら、エメに聞いた。


「エメ、助けてくれたお礼がしたいんだ」


―――招待するから、僕の家へ来てくれるかな、


と言いかけて口を(つぐ)んだ。家には母上をはじめ、爵位など身分を気にする者が少なからずいる。


僕は全く気にしなくても、爵位ある家の令嬢ではないエメの訪問に、心ない言葉を投げるかもしれない。そう思ったら、招待の言葉はぐっと飲み込んだ。


少し考えてから言葉を続けた。


「___またここに遊びにきてもいい?」


「うん」


「美味しいお菓子を持ってくるね」


「楽しみにしてる」


エメが顔を上げて、にっこりと微笑んだ。そして、膝に乗せていた籠を傍らに置き、僕の右手をそっと持ち上げて手のひらを上に向けた。


包帯が巻かれているのは手のひらの深い傷の部分だけになり、指は全て自由になっていた。エメは薬指と小指のかさぶたをじっと見つめて「痛む?」と聞いた。


「その傷はもう痛くないよ」


「そう、よかった」


エメは僕の手のひらに、そっと彼女の手を重ねた。畑仕事も家事もするエメの少し日に焼けた手は、社交界で出会うご令嬢達の艶やかなそれとは違うけど、それでも温かくて柔らかくて、優しい手だった。最初は傷を確かめるように触れていたその指で、僕の指の付け根や指の腹の硬くなったところを触った。


「ルゥは騎士なの?」


「なれるように勉強中。王都の学校に通ってるんだ」


「それなら、すぐに王都へ行っちゃうの?」


「夏の間はこっちにいるよ」


「………夏のうちにまたここに来てくれる?」


「王都に戻る前に、また来たいと思ってるよ」


「本当?」


「エメが待っててくれるなら」


「待ってる」


「じゃあ、来る」


「約束?」


「ああ、約束する」


何だかくすぐったいような気持ちだった。エメも確かに僕がここを離れるのを寂しいと思ってくれている。


それが例え僕がエメにとっては特別な存在ではなかったとしても。今はそう思ってくれるだけで十分嬉しかった。


いつの間にか雨は上がり、草木に付いた雨粒が陽の光を反射してキラキラ輝いていた。

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