舌足らず、昔も今も
シュライトン邸に到着してすぐに、僕とエメは歓迎のお茶のため応接室に通された。客としてもてなされ、改めて僕はこの家を出たことを感じた。
皆、テーブルに着いたという時――
「やだ!かあさまといたいっ!」
ティーセットを運んできた給仕が開けた扉をすり抜けて、ダニエルが駆け込んできた。後ろから従者も慌ててついてきた。
「ダニエル、少しの間だからトニーと待っていて、ね」
「やだっ!」
エメが優しく諭しても、ダニエルは言うことを聞きそうにはなかった。ちなみにトニーとは、今、慌てて追いかけてきたダニエルの護衛兼御守り役だ。
馬車の中では、シャーロットがどうにも乳母の膝では泣き止まなければ眠りもしなかったので、ほとんどエメが抱いていた。そのシャーロットは、ようやくぐっすり眠って、今は乳母と別室で過ごしている。ダニエルにすれば、やっと母に甘えられると思ったのに、御守り役と待っていろと言われてごねるのも無理はない。
さっきまでは厳しい教育係の言いつけを守って丁寧に話し、エメのことは母上と呼んでいたが、すべて放棄して怒りを爆発させている。
シャーロットのために、馬車の中ではずっと我慢してきたんだろう。ここまでよく我慢したと褒めてもいいくらいだ。子供らしく怒っているのも可愛くて、ふっと笑ったら、怒りが僕に向かってきた。
「とうさま!わらわないでっ!!」
「ははは、ごめん」
僕とエメがなかなかダニエルを宥められずにいるのを黙って見ていた父上が、穏やかな口調で言った。
「まあ、ダニエルの好きにしたらいいんじゃないか。ここには我々しかいないんだ」
客人を迎えたら、子連れでも、まずは大人だけでお茶を飲むのが慣習ではあるが、ここにいるのは、僕とエメ、両親とマークとその従者らだけだ。
「でも…」とエメが申し訳なさそうにすると、マークが口を開いた。
「俺がダニエルと庭で遊んでいましょうか?」
いや、それはマークに悪い…と返事しようと思ったが、ダニエルの瞳は、すでに期待でキラッキラに輝いていた。
「ほんとう?おじうえとあそびたい!…あ、ですっ!」
丁寧に話さないといけないのを思い出して、取って付けたように「です」と言った。一気に機嫌が直ったようだ。ここはマークの言葉に甘えるのがよさそうだ。
「マーク、悪いけどお願いできるかな」
「ああ、うちの子達も待ってて退屈してるだろうから喜ぶよ。じゃあ、ダニエル、行こうか」
「はい、おじうえ!よろしくおねがいします!」
ダニエルは元気いっぱいの返事をすると、マークと手を繋いで跳ねるように部屋を出ていった。
残された僕ら四人は、揃ってダニエルの賑やかしさに圧倒されたまま、しばらく二人が出ていった扉を見つめていた。
「ふっ、ふふふふ…」
笑い出したのは母上だった。
「母上⁈」
「ダニエルは貴方そっくりですね」
「僕にですか?エメに似てると思うのですが…」
―――瞳の色とか、笑った顔とか、それに舌足らずな可愛い話し方がエメそっくりだと思うんだけど…
それを聞いて今度は父上が、笑い出した。
「どう見てもお前似だろう。顔立ちも、クリンクリンのブロンドの髪も、瞳の色以外はお前の小さい頃そのままだ。しかも、いつもベネットにくっついて離れなかったからな。あの頃の再現を見ているようだ」
確かに、ベネット叔父さん――マーク達の父親によく遊んでもらった記憶はあるが…。
「ルゥの小さい頃はあんな風だったのね。可愛い…」
ダニエルが可愛いのは否定しないが、その言葉を僕にも向けられると、小さい頃の話とはいえ、なんだか照れ臭くなった。
おそらく顔が赤くなっているのだろう。皆で僕を見て、クスクス笑っていた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
お茶の時間の後、僕は父上と二人で話してから用意された客間へとやって来た。以前、エメが過ごしていた部屋だ。
エメは、乳母と過ごしているシャーロットの様子を見てから、先に客間に行っているはずだ。
でも扉を開けると、そこに座っていると思ったソファは空だった。
「あれ?」
思わず声を上げた僕に、部屋にいた侍女が教えてくれた。
「奥様は、バルコニーにいらっしゃいます」
「ああ、ありがとう」
バルコニーの方を見ると、開いた窓の向こうに庭の方を見ているエメがいた。
僕もバルコニーに出てエメに並ぶと、彼女の腰に手を回した。エメも僕を見上げて、そっとこちらに体を寄せた。
「シャーロットは?」
「よく寝てたわ」
微笑みながら僕を見つめる青い瞳は、何度見てもため息が出そうなほど綺麗だ。その瞳に吸い寄せられるように、僕はエメに口づけた。
いつの頃からか、僕はこうしてエメへの愛しさを隠すことなく伝えるようになり、エメもそれを少しはにかみながら受け止めくれるようになっていた。
僕は無意識に、はぁ…とため息を漏らしていた。
「どうしたの、ルゥ?」
「ああ、幸せだな、と思って」
「ふふふ、本当ね…」
エメは微笑んで、僕に寄り添ったまま庭へと視線を戻した。
ダニエルがボールの的当てをして遊んでいた。
「テリー!つぎ、ぼくのばんね」
「うん。ダニエル、さっきより強くね!」
「ダニエル、がんばって!」
一緒に遊んでいるマークの子供達、ジェラルドとアルバートがダニエルを応援してくれていた。
とても微笑ましい光景だが……
「…テリーって、どっちのことだ?」
僕が眉をひそめると、エメは可笑しそうに笑った。
「ジェラルドのことみたいよ」
―――確かにジェラルドと言うのは、ダニエルには難しそうだが…
「どうしたら、ジェラルドがテリーになるんだ?」
「ジェリーよ、きっと。アルバートがそう呼んでたから」
「ははは、ジェリーがテリーね」
謎が解けてすっきりした。隣でエメは、ふと何かが心配になったようだ。
「あとでジェラルドに謝らないと…」
「謝るって、なぜ?」
「名前をちゃんと呼んでもらえなくて悲しくないかしら?」
「僕はルゥって呼ばれて嬉しかったけど。特に再会してからもそう呼んでくれたのは、エメだけの特別な名前みたいで」
「本当?」
子供達はとても楽しそうに遊んでいるから、気にしなくて大丈夫だと思うが。
「本当だよ。まあ、あとでマークに聞いておくよ。でも、そんなに心配するわりに、僕のことは今でも『ルゥ』って呼ぶんだね」
「あ…、リュウって呼んだ方がいい?」
「やだ。エメにはルゥって呼ばれたい」
エメも僕が呼び方を変えて欲しいだなんて思っていないことをわかっている。満足したようににこっと微笑んだ。
「よかった。これからもずっとルゥって呼びたいもの。私も、私だけの特別な気がするの」
「いつだって僕の心は貴女だけのものだよ、エメ」
「もぅ、呼び方の話よ、ばか」
照れてそっぽを向いたその様子が可愛らしくて、僕はエメを抱き寄せてキスをした。
これで「迷いの森、光る石の道しるべ」はおしまいです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
エメとルゥのお話をハッピーエンドまで書き終えることができて、ほっとしています。読んでくださった皆様、感想やいいねをくださった方、とても嬉しかったです。ありがとうございました*:..。o○☆゜




