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白の来訪者2


皆が集まっていたのは、謁見の間のすぐ隣にある「応接の間」と呼ばれる部屋だった。


 今、私が使わせてもらっている部屋もかなり広いが、ここはその倍以上の広さがある。天井は高く、壁紙やカーテンは落ち着いた青を基調にしており、窓から差し込む光を静かに受け止めていた。

 家具はシンプルながらも繊細な彫刻が施されていて、空間全体に洗練された気品が漂っている。


 「ここは、来賓や各国の使者をもてなすための部屋なんですよ」


 案内してくれたコルティアナさんの、ひそやかな説明が今も耳に残っている。


 本当は、体力が回復してからでいいと伝えたが彼女は「もう大丈夫です」と頑なに言い張り、私の隣についてきてくれた。

 けれど、歩きながらふと横目で彼女を見ると、その表情にはまだどこか疲れの色が残っているように思える。


 部屋の中央には、白く艶やかな長方形のテーブルが置かれ、それを囲むように背もたれの高いソファーがいくつか並べられていた。そのひとつに案内され、私はおずおずと腰を下ろす。


 すでに部屋の中では、王様と白髪の少年――風の精霊トルビネ様との会話が始まっていた。柔らかな笑い声が交わされていて、緊張していた私の肩から少し力が抜ける。


 入室する前、コルティアナさんから耳打ちされた。


「あのフクロウ……いえ、精霊様は、王様にとって“特別な存在”なんです」


「じゃあ、とりあえずトルビネ様って呼べばいいかな?」


「そうですね、間違いないかと」


 私たちは“様”をつけることで静かに敬意を表すことに決めた。

 その話を真後ろ聞いていたラルフが呆れた顔をしていていたのを、私たちは知らない。


「おぉ、マリ。待っておったぞ」


 王様は相変わらず気さくで、朗らかな笑顔を浮かべていた。

 その隣には、お妃様が優雅に腰かけており、アルベルト様、レオナルド様、ルナ様もすでに席についていた。


 部屋の壁際には、騎士や使用人たちが静かに控えており、コルティアナさんもその列に並んでいた。

ふと目が合ったラルフは、少し恥ずかしそうに眼鏡をかけ直すと、そっと視線を逸らす。


 その仕草が可笑しくて、思わず微笑んでしまった――その瞬間、アルベルト様の視線がこちらに向いていることに気づき、私は慌てて背筋を伸ばした。


 そんな中で、ふと気づく。

 レオナルド様だけが、皆とは違う方向を見ていた。


 壁際だ。


 その視線の先を追うと、そこにはコルティアナさんの姿があった。

 なぜだろう、と小さな疑問が胸に浮かぶ。


 けれど、その考えが形になる前に――


「さて、皆、揃ったの。改めて我が友人を紹介しよう。風の精霊、トルビネじゃ」


 王様がゆっくりと立ち上がり、広間に声を響かせたことで、私の思考はあっさりと断ち切られてしまった。


 紹介されたトルビネ様は、静かに立ち上がると胸に手を当てて礼を取った。

 その瞬間、彼の周囲にふわりと光の粒子が舞う。まるで、フォンテが姿を現したときに見たあの光のようで、私は自然と息をのんだ。


 やはり、この少年は人ではない。


 それはどこか直感的に分かる、不思議な気配だった。


“我は風の精霊、トルビネ。リックとは長年の付き合いでな。森で迷子になって泣いているところを助けたのが、そもそもの始まりだったの”


「おい、トルビネ。それを事あるごとに言うのはやめろと、何度言えばわかる……もう四十年以上も前の話じゃぞ!」


 王様の苦笑まじりの声に、部屋の空気がふっと和らいだ。

 ふざけ合うような二人のやり取りに、驚いているのは私だけではない。ルナ様もレオナルド様も目を見開いている。

 けれど、お妃様だけは王様の隣で微笑みを浮かべたまま、まるで「いつものことです」とでも言いたげな様子だった。


「それにしても、おまえが人の姿をとるとは珍しいの。いつもはフクロウの姿を気に入っておったはずじゃろう」


“それはこの少女のおかげでな。それに、この姿のほうが口づけもしやすくて良い”


 白銀の髪を揺らしながら、少年は楽しげに私を指差した。


 一瞬、時間が止まったように部屋が静まりかえる。


 そして次の瞬間、視線という名の鋭い刃が、一斉に私の全身に突き刺さった。


 ざわつく室内、ぽっと頬を染める使用人たち。遠くから聞こえてくる、小さなため息。

 現実味のない空気の中で、私はただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。


「……えっと、それは……」


 言い訳しようにも、どう説明していいのか分からない。頭の中が真っ白になる。視線が痛い。言葉が見つからない。

 そんな中、コルティアナさんのか細い声が聞こえてきた。


「マリ様、落ち着いて……」


 その一言で、ようやく私は現実に引き戻された。反射的に隣のアルベルト様に目をやる。

 彼は、私をじっと見つめていた――けれど、その瞳には、どこか冷たさと、そして寂しさが滲んでいた。


 私は思わず息を呑む。

 もしかして、何か誤解された?


 何か言いたかった。けれど、アルベルト様はすぐに視線を外してしまった。


 トルビネ様は相変わらず悪びれることもなく、にこにこと笑っている。

 さっきまで無邪気に見えていたその顔が、今だけは、やけに腹立たしく思えた。


「うぉっほん。さて、冗談はここまでにして――トルビネよ」


 リッカルド王が軽く咳払いをしながら口を開くと、場の空気が引き締まる。

 トルビネ様の軽口が冗談だと分かっていたのだろう。緊張していた皆も、どこか安堵したように肩を落とした。


 けれど――


 ただ一人、アルベルト様だけはその場に溶け込めていないようだった。

 表情は冷静に整えているが、あの“出来事”を目の当たりにした彼だけは、まだどこか腑に落ちない様子を隠せていない。


 王様はそんな空気にも気づかないまま、話を続ける。


「何か理由があって、南の森からわざわざ王都まで来たのじゃろ?」


“……実はの”


 トルビネ様の顔から笑みがすっと消え、低い声音に変わる。

 その瞬間、部屋の空気がぴたりと張り詰めるのを感じた。彼の放つ魔力の気配に呼応するように、皆が静かに耳を傾ける。




―――――




 彼の語る内容はこうだった。


 南方には「フォルトナの森」と呼ばれる広大な森があり、トルビネ様はそこを守る風の精霊王・エアリーナ様の代理として、森の均衡を保つ役目を担っている。


 ある日、森の中央にある「フォルトナの泉」の水位が、急激に下がり変色していることに気づいた。

 ただの干ばつや雨不足では説明のつかない速さで、泉の水が失われ暗く濁り始めたと言う。


“そのことに、エルフの民が相当焦っておっての”


 その言葉に、使用人の列に並ぶコルティアナさんがわずかに肩を震わせる。

 顔が青ざめているが、まだ体調が悪いのかそれとも恐ろしい話に怯えているのだろうか。


“フォルトナの森に住むエルフは、あの泉の水しか口にできぬのじゃ。

 身体の性質が人とは異なり、他の水を受け付けん。魔力を多く持つ、繊細な種族ゆえな”


 エルフたちは姿こそ人とほとんど変わらないが、生まれつき風の魔法に長け、高い感受性をもっている。

 森を守るために、魔法で雨雲を呼び寄せることもできるが、それでもせいぜい小雨を数か月に一度降らせるのがやっとだという。


“加えて、彼らは森だけでなく、国境も守っておる。

 もしエルフたちが力尽きれば、あの森は他国の手に落ちる可能性も高い”


 トルビネ様の言葉に、リッカルド王の眉がぴくりと動いた。

 普段は温厚で気さくな王様だが、今は明らかにその表情を引き締めている。


 この国を内乱もなく保っているのは、王の人徳と、平和への強い意志によるもの。

 そのためにも、他国に隙を見せるわけにはいかないのだろう。


 そして、私の心にもある考えが浮かぶ。

 もしかしたら、私にできることかもしれない。


「……私が、その泉に水を注げばいいのではありませんか?」


“おぉ、その言葉を、待っておった!”


 トルビネ様がぱっと明るい顔になり、勢いよく私の手を取る。


“マリは雨を降らせることができ、水も操れるようじゃな。期待しておるぞ!“


 周囲の皆も、うなずくように視線を交わしている。

 けれど、隣のアルベルト様だけは、どこか納得がいかない様子で私を見る。


「……トルビネ様、彼女はまだ一度しか雨を降らせておりません。その一度は風の大精霊エアリーナ様の助けがあってこそでした」


 アルベルト様の声には、焦りとも不安ともつかぬ色がにじんでいた。

 それでも、トルビネ様は悪びれることもなく、あっけらかんとした声で返す。


“問題ない。これでエルフたちも納得するじゃろう。リックよ、それで良いな?”


「うむ、今はそれしか手がない。……ちょうど次の派遣先を考えておったところじゃ。頼むぞ、マリ」


「はいっ。 精一杯、がんばります!」


 胸を張ってそう言いながら、私はそっと隣を盗み見る。


 そう答えた私を、誰もが励ますように見てくれた。けれど――


 隣に座るアルベルト様だけは、違った。


 彼は目を伏せたまま、私と視線を交わそうともしない。その横顔は硬く、どこか険しさを湛えていた。


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