後輩の誘導
短編に比べて、糖度が上がっております。
そして、後輩の変態度がますます上がっております。
今日も今日とて、先輩は可愛い。
「麻生くん、この書類不備があるんだけど」
いつもに増して目付きがフローズンでも、可愛さ100倍に見える俺のフィルターは、平常運転だ。
「わざとです」
そう言って書類と共に、先輩の手に触れる。
とたん、更に目付きが鋭くなった。
「そうでもしないと先輩、俺に話しかけてくれないじゃないですか」
先日、俺は先輩こと川崎朱美さんに告白をした。
だが、方法が遠回りすぎたのか、先輩はその事を忘れたかのように、普通に接する。
その後、数回改めて告白をしたのだが、先輩は表情を変えず「ゴメン、無理」だの「麻生くんは鑑賞用なの」だの「色々と対等な人が好みなの」と、訳のわからない断られ方をした。
大体、鑑賞用って何なんだ。
「普通に話してるつもりだけど?」
確かに、他の人と違いはなく平等に接している。だが、少なくとも彼氏に立候補してるんだ。多少は差別化してもいいんじゃないだろうか。
「平等は嫌です。 俺は先輩が好きなんですよ!?」
「だから、無理」
曖昧に濁すことなく、キッパリ切ってくれる。
そこが先輩のいい所なんだけど、もう少し考えてくれてもいいんじゃないだろうか。
「どこが無理なんですか? 至らない場所なら治します」
「イケメンは鑑賞用なの。 ほら、アイドルは触れられないものでしょう?」
「俺は、アイドルなんかじゃありません」
「スカウト名刺貰ってたって、横山くんが言ってたわ」
先輩の言葉を受けて、俺は同僚横山を睨み付ける
同僚は、してやったり、とばかりに笑った。
今度倍返ししてやる。
「それに、秘書課の若山さんと並んだ姿を見て感激したの。 これぞヒーローとヒロイン!脳内激写済みよ。 残念ながら携帯写真しかプリントアウト出来ないけど」
そういうと、先輩は携帯をうっとり眺める。
写真より本人を見てくださいよ。というか、いつの間に写真撮ったんですか。
「俺が好きなのは、先輩なんです! 他の人には見向きするつもりはありません!」
俺が語意を強めていうと、先輩は聞いていないように訂正書類を眺めている。
「今度からは、ふざけないで提出してね」
そして、用は終わったとばかりに、自席へ戻っていった。
何度も好きと言っても、はぐらかされるのは正直辛い。だが、やめてしまうと、やっぱりね、と笑って先輩は遠ざかっていくのだろう。
一気に詰めても、やんわり詰めても、先輩の鉄壁ガードは硬い。
今日もまた、俺の機嫌は低下中である。
●
そんなある日、休憩室で先輩の感極まる喜びの声が聞こえた。
何事かと覗いてみれば、同僚の中島が何かを先輩に手渡している。
中島は俺より断然に容姿が整っている。それこそレディースコミックに出てくる王子然と言ったヒーローだ。
容姿を理由に俺を拒否するのに、上を行く中島には甘い顔をするのか。
じわり、と心が染みる。
「それ、アイツには内緒で」
「ははっ、了解」
会釈をして立ち去る中島に、先輩は手を降る。無意識だろうか、顔の近くで振っている仕草が愛らしい。
「さーて、今日も頑張れるぞっ」
手元にあるのは写真だろうか。覗いては口元が緩んでいる。
「先輩、何してるんですか?」
極力嫉妬を出さないように、笑顔で声をかける。
すると、先輩は素早く写真を上着の腰ポケットに入れた。
「ん、休憩中だけど?」
何事もなかったように、先輩はカフェオレ缶のタブを開けて飲む。
本当に何もなかったようなそぶりに、どこか凹みそうだ。そこまで隠すのなら、「アイツ」とは俺のことなのだろう。
「中島と、何か楽しそうでしたね? 次は俺も仲間に入れて欲しいです」
「中島くんと麻生くんに囲まれて会話なんて、私ヒロインみたいだわ」
お局様と呼ばれているが、先輩は結構表情豊かだ。
堅苦しいと言う意味もあるが、実際は庶務課の砦的な意味の方が強いのだろう。
「俺にとって、先輩はいつもヒロインですよ」
「ははっ、嬉しい事言ってくれちゃうわね。 気分のいいお姉さんがコーヒー奢ってあげよう」
何がいい?と聞きながら、先輩が財布を開く。
カード入れにさりげなく刺さっているピンクのものは、確か『良縁』のお守りだったはずだ。
俺がいるのだから、お守りを外してもいいんじゃないだろうか。
「これがいいです」
そう言って、先輩の飲み差しの缶を取る。
飲み口に、微かに口紅がついていて、知らず喉がなった。
「カフェオレね、了解。 意外ねー。 本のお礼に今度お茶でもしない? 美味しいパフェがあるんだけど……て、逆セクハラか!」
ビシッ、とツッコミを入れるように、先輩は自販機のボタンを押した。
先輩は、可愛い上に面白い。表情といい、表現といい。
「先輩になら、逆セクハラされても構いませんけど?」
そう言って、俺はネクタイを指で緩める。瞬間、先輩がこちらをガン見した。
何この食い付きよう!?
そのまま第2ボタンまで開けると、先輩は口元を手で覆った。
「ご馳走さまです!」
そう言うなり、先輩は今さっき買ったばかりの缶を押し付けてきた。
何がご馳走さまなのかは分からないが、お気に召したなら俺も嬉しい。
「二人きりで何をしてるかと思えば……確かにご馳走さまだな」
「ですよねぇ!!」
「昼下がりに、イケメン後輩が寛ぐ…まさに眼福」
割って入ってきたのは、イケメン課長こと高橋課長だ。しかも意味が分かっているらしく、先輩のテンションも上がりっぱなしだ。
「川崎くんは、こういうのも好きとか?」
さりげなく課長もネクタイを緩め、俺の肩を抱き寄せた。
ふわりと、コロンの良い匂いがして、心境はかなり複雑である。
「だいっ好物です!!」
ヤバい、SDチップ買わなきゃ!と言いながら、先輩は俺たちを激写した。
もしかして……
「もしかして先輩って…BL好きなんですか?」
「いや?別にそこまで好きとかじゃないよ。読めるけど」
じゃあこの反応はなんなんだ。先輩のためなら何でもしたいが、さすがに課長とBLごっこはゴメンだ。
「あと中島くん呼んできて皆で撮影会やりたい。執事とか着物とか」
後輩麻生=行き付け書店元バイト麻生、と分かってからの先輩は、猫を被る事を忘れる。嬉しい事なのだが、男と見られてないみたいで、微妙だ。
はぁ、とため息をついて、俺は無意識に手にしていたカフェオレを飲んだ。
口を付けた瞬間、どこか甘い味がした。
「ん?」
指で口を拭うと、微かにオレンジの色。
「あ、ダメじゃない。人の飲んじゃあ」
「!!!!!」
思い出した。手にしていたのは先輩の飲みさしだ。と言うことは、これは先輩の口紅………。
カッ、と全身が熱くなる。もちろん、瞬時に、先輩と……したらこんな甘さなんだという想像も忘れない。
俺は、反射的にその場から走り去った。
その後、先輩の口紅は色付き薬用リップと分かり、ちゃっかり購入した俺は変態かもしれない。
別に変態でいいけどさ。
●
そして、初デート!
あの後、いつパフェ連れてってくれます?と詰めよって約束した土曜日。
パフェだけで終わらせるつもりもなく、買い物があれば付き合うつもりだ。これがデートといって何が悪い。
俺は、自前で一番気に入っている服を着ている。初デート前日の少女のように、選りすぐったのは言うまでもない。
「ねぇ、キミ1人?」
「一緒に遊ばない?」
「彼女待ってるんで」
興味なさげにスマホを見るが、可愛く着こなした女子は離れようとしない。
早く先輩来ないかな…と、周りを見渡した時。
いた!しかも嬉しそうに見物してる!人の陰から激写してる!!
「朱美さん!」
野次馬観客になんてさせるものか。とびきりの笑顔で女子を振り切ると、先輩に駆け寄る。
うん、先輩にオシャレは求めてなかったけど、多少はふるゆわとかあっていいんじゃないかな?
そんな先輩の服装は、シャツにパーカーにジーンズだ。
「あぁ」
先輩が残念そうな表情を見せる。一体、何を楽しんでたんですかね?
「パフェ食べるにはまだ早いですよね。先どこか行きますか?映画?買い物?」
「え?」
え?じゃないですよ。本当にパフェ食べるだけだったんですか?
「じゃあ、俺の買い物に付き合ってくれませんか?」
今のセリフのどこが良かったのか、先輩の目が輝く。
「了解!」
「じゃあ行きましょうか」
さっと先輩の手をとり、俺は前を進む。先輩は離したがったが、許さないとばかりに力を入れた。
●
それから色々見て回って、今日の目的であるパフェだ。
目の前には、すっかり俺チョイスのコーデに身を包んだふるゆわな先輩がいる。
水色ワンピースに、七分丈レギンス。レース地の白い羽織ものを着た先輩は可愛らしい。
正直レギンスは不要なんだが、膝小僧を見せるのに抵抗があるらしい。そして無駄毛剃りを購入してお手洗いに直行した。
色恋とか不要と思っていたけれど、彼女を自分色に染めるという背徳感が堪らない。
普段はストッキングやズボンに隠された生足は白く、さらに普段使い出来るよう選んだシャンパンゴールドのパンプス。もうお持ち帰りしてもいいですか?
「………だから似合わないって言ったのに」
じっと見ていたせいか、先輩が眉を寄せる。
ああ、首元にペンダントが欲しいな。花柄?オープンハート?いっそのことペア?
「可愛いですよ?」
素直な感想を述べると、先輩はさらに眉を寄せた。
「先輩が俺の選んだ服を着てくれてるって思うと、押し倒したくなる」
「やっぱり着替えてくるわ」
「先輩先輩」
スマホを先輩に向ける。服を買った時、店で撮った先輩の写真だ。その後、化粧室近くのベンチで先輩の髪をいじった後にもう一度。
その写真を見て、先輩は複雑な表情を浮かべた。
「ヘアセットも出来るのね」
「5つ下の妹がいるんですよ。小さい時からやってました」
俺が実家を出て一人暮らしするまで、朝寝坊する妹の髪をセットしていた。
なかなか可愛いのにだらしなく育ててしまった俺は、猛烈に反省している。
「あ、この超絶美少女だれ!?彼女?」
スマホの画面を切り替えしすぎたのか、先輩がこちらに返す。
「ああ、これが妹の佐奈ですよ。今は大学生」
「可愛いなぁ~」
「今度会います?」
「会いたい!」
先輩が返事し、タイミングよくパフェが来たので、俺は妹にメールを送る。もちろん「彼女が会いたがってる」と。嘘にはしない。
パフェを美味しそうに頬張る先輩に、撮っていいですか?と問いながらシャッターを押す。
じわじわと外堀を埋められているのに気づかない先輩を見て、俺は内心ほくそ笑んだ。
お読みいただきまして、ありがとうございます!
続編です!!そう、続編です!!
いや、本来なら続編とか書く予定はなかったのですが、たぶんまとめた方がいいんだろうなぁ、そしたら短編を持ってくるか?
でも、そうしたらせっかく頂いたコメントが消えちゃうじゃないか!
という事で、急きょ作りました。次の投稿で、後輩×先輩編は完結です。
もしよろしければ、このままお付き合いくださいませ。