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第一話

 第一志望の大学に落ちた。



 目が覚めると、俺は小学生の姿となっていた。

 ベットから降り、あたりを見渡すと、昨日とは家具の配置が変わっており、本棚に置かれた本は大学受験用の参考書や赤本などではなく、小学校の教科書や絵本になっていた。

 顔を洗うために洗面台に移動すると、顔が明らかに幼いことに気がついた。はじめは、夢でも見てるんじゃないかと思ったが、あまりに意識が明瞭で頬を抓ると確かに痛みを感じることから、これは紛れもない現実であると実感した。

 勉強机を見てみると、教科書や予定帳が置かれていた。名前の欄に書かれた学年を確認すると、そこには「1年1組 宮町クロ」と記載されていた。どうやら自分は、小学一年生の頃にタイムスリップしているのだと判明した。

 タイムスリップではなく、単純に若返ってしまっただけなんじゃないかと疑ったものの、街の風景が小学生の頃に見たそれに戻っていることや、家族の反応をうかがう限り、それはあり得ないことが理解できた。しかし、自分を除いた世界のすべてが12年前に逆行し、ただ自分の意識だけが大学受験の頃のまま保たれているとはいったいどういう原理なんだ?と思考を張り巡らせたものの、一向に答えが出ないため考えるのをやめることにした。


 家族と会話をして分かったことがあるが、今は小学校1年生の1学期が終了した頃であるらしい。この世界線における俺は、(今日転生するまでは)どこにでもいる普通の子供であったらしい。小学校に入学したての頃は、学校の勉強についていけるか不安だ、などとなんともかわいらしい不安をこぼしていたらしいが、対する今の俺は大学受験で培ってきたスキルや知識を豊富に身に着けている。ここで、ふとこんな風に思ったのである。


「このままいったら今後の学校生活無双できるんじゃね...??」


 朝食を済ませると、俺は6年ぶりの通学路を懐かしみながら歩いていた。稲刈りが終わった田んぼを背に友人と手押し相撲をしながら下校したり、路上に咲いているサルビアの花の蜜を吸ったりなど、小学生の頃は、純粋無垢で一切の悩みも持たずに生きていた。だが中学、高校と上がるにつれ、周囲と比較し競争を強いられる環境に置かれ、俺の精神はジリジリと疲弊していった。



 俺の前世は散々たるものであった。中学では一個上の先輩が一人しかいないことからすぐにレギュラーになれると思いバレーボール部に入部し、案の定すぐレギュラーになれたものの、初めて触れる球技で右も左もわからない状態でいきなり公式戦で戦うことになったため、監督に怒られっぱなしであった。同機は15人ほどいて、確かにその中からレギュラーに選ばれたことに優越感はあったものの、大会直前の、勝たなければいけないというプレッシャーはこれまでの人生で感じたことのない感覚であった。加えて、レギュラーとして選ばれた6人の中で、俺は明らかに技術的に劣っていた。周囲がどう思っていたのかは結局わからなかったが、チームの足を引っ張っていたことは確かであったため、きっと腫物扱いされているに違いないと悲観していた。事実、俺は中学2年の春にセッターからアタッカーにポジション変更を余儀なくされた。上からは、アタッカーのほうが向いているといわれたものの、セッターに抜擢された同期は明らかに優遇されており、一方の俺は隅に追いやられている気がした。

 それからというものの、相変わらず試合ではレギュラーとして出場できていたが、試合における俺の役割は激減していた。守備範囲は狭く、ボールに触る機会は減り、本来スパイクを打って得点を稼ぐべきアタッカーという役割で、俺に課せられた使命はセッターがファーストタッチした際のトス係であった。セッター経験のある人間が適任のポジションであると言えば聞こえは良いものの、実質的には雑用の押し付けに等しかった。バレー部の保護者が書く大会結果報告の記事に、俺の名前が載ったのは1年のうちたった1回であった。これは俺が試合において全く注目されていないことの証左である。何も注目されていないならまだマシだったかもしれない。最悪だったのは、レギュラーで出ていたほか5人の、俺がミスをした際の責任の追及具合が明らかに激しかったのである。これはつまり、「重要な役割でもないお前がつまらないミスをするんじゃねぇ」と暗に非難しているに等しいのである。こんな最悪な役目を負っているのであれば、とっととレギュラーから降りてしまえばよかったが、それは俺の自尊心が許さなかった。結局俺は、くだらない承認欲求の板挟みで中学三年間苦しむこととなったのである。


 高校に進むと、こういった類の苦しみからは解放されたものの、もっと最悪な出来事が待っていた。高校に入学するとすぐに、学力診断テストなるものが行われた。科目は国数英の三教科のみであったが、俺はこの三科目で合計280点をたたき出し、いきなりクラスで注目の的となったのだ。特に数学の成績が突出して優れていた。同級生からはしきりに数学について質問されることが増え、挙句には『数学の貴公子』などと俺のことを称賛することが増えた。だがしかし、高校二年生になったあたりから様子がおかしくなってきたのだ。得意教科であった数学で、テストの点数が60点より上に上がらなくなってしまったのである。なぜ高得点をとれなくなってしまったのかは、転生した今でもわかっていない。三角関数や指数関数などの概念や基本的な計算方法は簡単に理解できるのに、それがいざ問題形式となって出てくると途端に分からなくなってしまうのである。俺は当時、問題の相性が悪かったと片付けていたが、この傾向は日を重ねるごとに悪化していったのだ。

 高校三年生で、俺は東北帝国大学を第一志望として受験勉強を続けていった。だが模試での成績はいつもD判定であり、センター模試の結果も630点前後をさまよっていた。成績はいつまでたっても上がる気配がなく、迎えたセンター試験当日は数学で時間が足りず解ききれず、稼ぎどころであった物理と化学では空欄が目立ってしまった。結果、得点は650点にとどまり、当然判定はD判定となってしまった。担任からは志望校の変更を勧められたが、二次試験で一発逆転することに懸けて東北帝国大学を受験することに決定した。だが結局、その試みは無残にも失敗した。

 合格発表の当日、俺は自宅のパソコンで合否を確認した。該当する学科で自分の受験番号を探したが、俺の受験番号は大学のホームページに載っていなかった。参照している学科が間違っているんじゃないかと思ったものの、何度確認しても俺が受験した電気工学科に間違いなかったのだ。

 さらに最悪なのは、併願していた私立の大学の全落ちしていたということだ。センター試験の結果が明らかになった時点で、俺は受験する大学のレベルを一段階下げることを考えたが、それは俺の自尊心が許さなかったのだ。かつて『数学の貴公子』と呼ばれた男が受験する大学のレベルを落とせば、周囲からどう思われるのかなど火を見るより明らかだったからだ。もうあの中学校の時のような目には遭いたくないという一心で、大学のレベルを下げることを拒否し、東北帝国大学受験に突入していた。だが、これが失敗であった。俺は東北帝国大学の受験対策に気を取られすぎてしまい、明治大学や東京理科大学といった私立大学の試験対策をおろそかにしていたのだ。この結果、第一志望とは形式の全く異なる試験に困惑し、一つも合格を勝ち取ることができずに東北帝国大学の受験に臨むことになってしまったのだった。


 俺はあまりのショックで、合格発表のウェブページを閲覧した前後の記憶があいまいになっていた。全身から冷や汗が噴き出て、眩暈と吐き気に襲われてトイレに数十分ほど籠った。その後、俺はズボンの履き方を忘れてしまい、頭からズボンを被って視界を防がれ、10段近くある階段を一気に落ちていったのだ。そこで前世の記憶は完全に止まっている。



 もう俺は二度とあんな失敗はしない。この小学校生活から受験勉強を開始すれば、実質11年分周囲の学生と比べてアドバンテージがあることになる。俺に足りなかったのは、恐らく時間である。この12年間必死で受験勉強して、東北帝国大学に合格するんだ。そう心の中に誓った。


 記念すべき転生後初の授業は「算数」であった。もはやこの響き自体が懐かしい。受験数学という厳しい世界に身をおいていた俺にとって、きっと取るに足らない内容にあるのは間違いない。だが復習という意味も込めて、一応この教師の言うことに耳を傾けてやるか、と考えていた。


「は~い!! 今日から足し算をやっていきま~す!! みんな~!! 黒板にちゅうも~く!! 今から先生に続いて一緒に声に出してみましょ~!! 1+1=2(いちたすいちは~、に~!!)」


 あ、勝ったな。この人生。

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