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ロレンゾとジェシカ 2

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ロレンゾが仕えるイェーリング家は、代々金貸し業で財を成し、大層裕福ではあったが、魔力に恵まれず、本来貴族なら持っているはずの【魔術操作】のスキルを持つものが長く産まれなかった。


「卑しい生業で身を建てる成金の俗物が、女神様の加護を受けられるはずがない」


金を借りている貴族達からそう蔑まれていたが、先代の伯爵の命令で、息子のシャイロックが成人して間もなく、15も年上の魔術に特化した子爵家の令嬢を妻に娶る事で、念願叶って【魔術操作】持ちのジェシカが生まれる事になった。


だが、そうしてまで手に入れた実の娘は、その母親と同じく、燃えるような赤毛で、生まれながらに顔に小さくまばらな痣があり、痩せて小さく貧相で、とても可愛らしい赤子とは言われなかった。

すると貴族達は、陰でも日向でも面白おかしく謗り始める。

しかも、ジェシカを産んだ母親は、産後の肥立が悪く、そのままあっけなく死んでしまった。


「卑しい金貸しが、恐ろしい魔女を金で娶り、その腹から正しく魔女が産まれた」


先代イェーリング伯爵とシャイロックは、産まれたばかりの孫娘を抱くこともなく「家名に傷がつかない様、徹底的に淑女教育しろ」と従僕達に言いつけると、その存在を無視し続けた。

娘自身もまた人目を避けるように生活していたためか、世話係と教師以外とは会う事もなく、同じ屋敷内にいるはずの使用人の1人であるロレンゾも「過度に厳格な淑女教育を受けている」と噂で聞きながらも、実在するかしないのか、その気配すら感じることもなかったが、伯爵令嬢の暮らしなどそんなものか。と、やがて気にすることもなくなって日々は過ぎていった。


そんなある日、家令に連れられて、地下のワイン蔵のワインリストの更新をする手伝いをさせられる事になったロレンゾは、1人黙々とリストとラベルを見比べワインの名前を記入していく作業に没頭してしまった。


特色を出すためか宣伝も兼ねているためか、ワインラベルに書かれた名前が面白かったのだ。

元々読書好きだったが、丁稚の使用人にそんな暇はなく、久々に接する面白い文章についつい夢中になってしまっただけだったが、金を稼ぐことに余念のない勤勉な伯爵の、唯一の趣味と言っても過言ではないワイン収集の結果であるその膨大な量に、初日こそ5人ほどで取り組んでいた作業だったが、ロレンゾの手際の良さと集中力に、家令は「もうリスト作りはロレンゾ1人で十分だ」と、3日もすると1人で地下に降りる事になった。


元々人の来ることのない、パーティや舞踏会などひらくこともない家のワイン蔵だ。そうそうボトルの数が動くこともないその仕事は、誰の目から見ても無駄な仕事以外のなにものでもなかった。


とはいえ、ワインは毎日の様に追加されるのに、高価な品々を無管理と言うわけにもいかない。

ロレンゾ1人でのリスト作成にあたり、午前中だけ地下に降り、午後は通常業務に戻る。

これが毎日の仕事になったロレンゾは、専門の仕事を与えられ、また一歩スチュワードに近づいたかと、ほくそ笑んでいた。


その日も、たった1人でワインの瓶の名前と数をつらつらとリストに書き込み、昼食用に食堂のおばさんが持たせてくれたパンとチーズを手に、このままここですませてしまおうと、階段を上がった蔵の扉の横に腰掛けると、どこからか微かに歌声が聞こえてきた。

その歌は、昔から母がよく歌っていた神を讃える歌で、ロレンゾは、故郷を懐かしんで思わずハミングした。


リストの作成をしながら誰かの美しい歌声に合わせて鼻歌を歌う。いつしかそんな事が毎日のささやかな楽しみになっていった。


そんな事がしばらく続いたある日、先代伯爵にも「生涯の幕引き」の日が訪れていた。




息子である現当主のシャイロックは、寝所で呼吸の浅い父親に何か語りかける。

一瞬その目が見開かれ、家令を呼ぶと、当主は「孫娘を連れて来い」と命じた。


「病を打ち払う〈ホーリー〉を歌え」


滅多にくることのない母屋で、大勢の人間に囲まれ、ジェシカは、わけもわからず言われるがままに歌ったが、その声はか細く、なんの力も感じない。


「恵みを授ける〈ブレス〉を歌え!」


何も起こらないが、それでも一晩中、命令は続く。


明け方、ジェシカの声はかすれ、もはや何を歌っているのか誰にも聞き取れず、「慈悲を・・・できるはずだ・・・知っているはずだ・・・」そう言い残して呼吸を止めた先代の手首をおさえ、医師が首を振ると、怯え音を発しなくなったジェシカの頭にシャイロックは手をのせ「良くやった」そう言って初めて満面の笑みを向け、高らかに宣言した。


「一晩中浴びせた魔女の歌をしても、命を繋ぎ止めることはできず、父は寿命だった!」


盛大な葬式をさっさと済ませると、元々恋仲だった後妻と、その間にできたジェシカよりも年上の息子と娘を家に引き入れる事にしたシャイロック新伯爵は、それを機に実の娘のジェシカを寄宿学校に入学させる事にした。


「ジェシカは魔法学校に通う事になった。貴族の学生は、従僕とメイドを1人づつ伴う事になっている。その間、供の者も生徒として学ぶ事ができるが、その役目、ロレンゾに任せる」


仕えた日からコツコツ真面目に、誰にでも好かれるよう心がけて、やがてこの家のスチュワードにまで成り上がってやる。と努力していたが、令嬢が連れて行けるのは、シャイロックの手駒では無い年若い従僕のみ。

蓋を開けてみれは、最初から娘のお守りをするために自分は雇われたのだと、ロレンゾは納得した。


「・・・ありがとうございます。誠心誠意勤めさせて頂きます」


よもや自分よりもクソみたいな生活を送っている貴族がいるとは思わなかった。

見栄のために無理やり作った自分の子供を、10年も無視し続けた挙句、いざという時、役に立たなかったと汚名を被せて、厄介払いをするシャイロック伯爵を、ロレンゾは心底軽蔑したが、念願の学校に通えるならば、雇い主の人格など些細な問題だ。卒業したら別の雇い主を探せばいい。それだけの事だとロレンゾは考え直した。


葬式が終わると、遺体の埋葬中だと言うのに、学園へ向かう馬車が到着した。

葬儀にも参加せず、屋敷のどこかで待機させられていた伯爵令嬢は、そこで初めて会った、ロレンゾと、メイドのメアリーの挨拶にも一声も言葉を発さず、誰の見送りもないまま馬車に乗り込む。

その姿は、喪服姿の黒に映えて赤い髪がより濃くみえ、ロレンゾの印象に強く残った。


馬車の中で、ジェシカは解毒の歌を小さく口づさみながら、離れゆく屋敷に別れを告げた。




はたして厳しい教育の賜物か、生まれながらの本人の気質か、学園でのジェシカはすべての学業をそつなくこなし、とはいえ目立たず、ひっそりと、常に隠れて人目につかないように無難に過ごすことに成功し、なんの問題もなく地味にコツコツと卒業まで走り抜いた。


常に一緒にいただけあって、学園にいる間にそれなりの親交を深めてはいたが、従僕、メイド、令嬢のそれぞれが、それぞれの確固とした思惑があり、三者三様にお互いを好ましく思っていても、主従の関係以上のものは育たなかったが、魔法研究に夢中な手のかからないご令嬢のおかげで、ロレンゾも思う存分学業に専念でき、形式上の役割以上の仕事も無いまま、普通の学生とそう変わらない5年間を過ごさせてもらった。


入学してから1度も実家に帰る事も無く、学園で他の貴族との強い繋がりも得られなかったジェシカは、そのまま神殿に入れられるか、廃嫡され放逐されると思っていたのに、卒業後は屋敷に戻ってくるように言い渡された。


それに伴い、ジェシカが嫁に出るまで。とロレンゾもメアリーもそのままジェシカ付きとしてイェーリング家に仕える事となった。

条件の良い引取り手が現れるまで面倒を見てやる。と、敷地の隅に新たに作った離れで、再び軟禁に近い扱いをされたが、容姿に難があり、なんの能力もないジェシカに見合いの話などあるわけもなく、ますます栄えるイェーリング伯爵家当主シャイロックの、家に魔力持ちがいる事への執着が、それほどまでに強かった事に気づけなかったのはジェシカの誤算だった。


ただただこのまま飼い殺されるのだな。と、ジェシカが気付き始めた頃、事件は起こった。


母屋で暮らしているはずの長男が、外で子供を作ったのだ。

しかも、人間との間に生まれたはずのその子供は、獣人の耳をつけ産まれてきた。

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