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「ご結婚されてましたか」1

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「いやね、お嬢さん、こちらはボア肉1ブロック。5kg相当の肉を提供しているのに、トンカツとやらはおおよそ1人前250g、5人パーティのトンカツを購入したとして必要なのは1kgと250g。残りの肉はどうしているのかな。と、素朴な疑問が浮かびましてね?」


 ニヤニヤとゲスな笑いを浮かべながら、おおよそ冒険者とは言い難い体躯の小男がカンター越しに何やら賢しげな事を宣っている。

 その口元や胸元には、先ほど食べたのであろうトンカツのパン粉が付き散らかっていた。


 値段交渉はこの世界じゃ常識らしいから? 店側がどんなにウゼェと思ってもセーフルームのセキュリティは発動しないらしい。

 リコは大きくため息をついた。


「別に肉を何kg卸せとはどこにも明記しておりませんよ? 適切だと思う量をこちらにご提供ください。そうすればコインを買うことはできます」


 リコはそう言って、自販機前のメニュー表に目線を誘導した。


「ちなみに、一度受け取った生肉の返却は致しません。どうしても返却して欲しい場合は、加工賃として銀貨1枚いただきます」


 あ、もちろん、コインをご購入された方お一人様につき1枚です。と返答する。


「おいおいおいおい、お嬢さん。お嬢さん。あんたは知らないかもしれないが、街に持っていきゃその塊肉1つJ3000で売れるんだぜ?」

「うちのかかあだってもっとやりくり上手だぜ? 俺達はここを利用する冒険者全員の為に言ってやってるんだ。こんなもんJ300が良いとこだ! なぁみんなもそう思うだろ!?」


 後ろにいた男達が、他の冒険者を煽るように声をあげた。


 なるほど、原価厨クレーマーか。


「つまり、5人分のトンカツJ5000の代わりに、J3000の肉では足りない。と言うことになりますね?」

「んな!?」

「何言ってやがる! J5000は別で払っているだろう!?」


 これは異な事を。J5000は加工代金だ。貴様がこだわっているのは、材料費だろう?

 都合のいい引き合いだなぁ。


「はて? 何を言っているのですか? J1000は人件費です。様々な食材を集め管理し、特殊な調理法でお料理を作っているのですよ? お肉は持って来てもらっていましたし、加工賃だけいただいていたのですが、そうですか、そのお肉“たった“J3000しかしないのですね」


 リコの物言いに、クレーマー達がゴクリと唾を飲み込んだ。


 後ろの冒険者達から


「冗談じゃねぇぞ?」

「なに? これからトンカツが食べられなくなるの?」

「アイツら一体なんだ? 冒険者か? 何処のギルドのもんだ?」


 ヒソヒソと他の冒険者達にネガティブな視線を向けられ、旗色が悪くなったのを察したクレーマー達がとうとう言ってはならぬ言葉を口にした。


「なんでも良いから肉を返すか、金を出せ!」


「あぁ、お客様かと思って対応させていただいておりましたが、違ったようですね」


 リコの顔から笑みが消えた。


 セーフルームのマナがブワブワと揺れる。


「そこのあなた。かかあがJ300であなたのために食事を作るのは、あなたの稼ぎが悪いせいか、あなたを愛しているからよ? どちらだと思う?」


 リコは相手を〈挑発〉した。

 指をさして指摘された男は、顔を真っ赤にして「ふざけんな!」と叫び武器に手をかけると、正しくセーフルームから弾き出された。


「わぉ! そうなるのか」


 リコは、初めて目の当たりにしたその現象に感心して声をあげたあと、言葉を続ける。


「ねぇ、どうなんでしょう? 別に無理矢理お売りしているわけではないのですよ。明示されている値段が不満なら買わなかければいいのです。こちらは店名にぼったくりを掲げている“正直な”店ですから、元より騙す気も奪う気もないんですよ?」


 残されたじろぐクレーマー達は、それでも一食に銀貨1枚は高すぎると、譲らない。


「わ、私はズンダで長く商売をしている商人だ! 商売は対等な関係で成立するフェアなものでなければならない! 1人だけはみ出るものを許せば、他の商売まで立ちいかなくなる! 商人ギルドに所属して、指導を受けるべきだ!!」


 なるほど商人だったか。もっともらしいことを言ってはいるが、既得権益を奪われる事を危惧して嫌がらせをしに来たのが見え見えだ。


 リコは、仕方ありませんね。とカウンターに小さな皿をいくつも並べ、トンカツの材料を一つ一つ説明していく。


「ちなみにトンカツは、肉の他に、卵、胡椒に、ハーブ、その他異国の酒と調味料、あぁ、ころもに使われているのは、上質な小麦と、こちらの国では決して手に入らないイースト菌にベーキングパウダーに牛乳。添え付けのパンにはさらにバターと砂糖。あら、冷静に考えたら、到底1人前J1000じゃぁ足りないわ? 確かにフェアじゃないわね? ぼったくり店が聞いて呆れる。金貨1枚ぐらいに値上げした方が良いかしら?」


 胡椒は金と同じ値段なんでしたっけ? リコが、薄ら笑って男に聞き返す。


「まさか、そんな《神聖遺物》をたかが冒険者達に食わせる料理に使っているのか!?」


 みたこともない食材を次々並べられ、動揺した商人がカウンターに歩み寄る。

 色とりどりのパッケージに包まれ、ペットボトル入りの料理酒に手をかけようとしたその瞬間、商人の男はセーフルームの外に弾き出された。


「え? 盗む気だったの? 目の前で??」


 部屋の中には、リコどころか、他にも冒険者がいて、ただでさえ騒ぎを起こしていたのだ、一部始終を皆が見ていた。


「入れろ! 入れてくれ! 魔が刺したんだ!! 頼む! 言い値で買う! その《神聖遺物》を売ってくれ! 頼む!!」


 何やら叫びながら、何度も部屋に入ろうとして弾き飛ばされている。

 《神聖遺物》セーフルームのその中で盗みを働こうとする意味がわからない。


 残っていたクレーマー達も、後を追うように部屋の外に出て行った。

 残った他の冒険者達も、リコ同様に「なんだったんだ!?」と言う顔をしていたが、やがていつものセーフルームの雰囲気に戻っていった。

 後は「皆の見ている前で窃盗を働こうとして、部屋から出されたパーティがいる」と、正しく対処してくれるだろう。




「終わりましたか?」


 リュコスは『リコはカウンターから一切出ない』と言う条件で、作業場に引きこもらせていた。

 クレーマー相手とはいえ、人間相手に、獣人の奴隷が手を出すなんてことがあれば、問題がややこしくなることこの上ないだろうと、リコに説得され、仕方なく作業場から出ない事を承諾したのだった。


「なんか、街の商人ってもしかして馬鹿なのかな?」


 リコがポツリと言葉を漏らす。

 異世界人には理解できない愚かな価値観で、ズンダの商人の質が散々なものになっていることなど想像に容易かった。


「やっぱこっちのヒト種なんかよくわかんないわ」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 騒動の後、リコとリュコスは[認識阻害]が付与されたフードをかぶって、1階の闇市まで来ていた。

 他の、まともな、商売人がいるかどうか、著しく不安になったのだ。

 このままでは当初の計画が頓挫する。


「おじさん! また毛皮買ってくれますか?」


 リコは、初めてここに来た時に、丁寧に魔物素材の売り買いについて教えてくれたテント商店に、リュコスが鞣したボアの毛皮をもう一度売りに来た。


「お、来たな坊主。どれ」

「今日は30枚持ってきました」


 店頭に置かれているボアの毛皮は、ドロップした生のまま、剥ぎ取ってすぐの状態で並べられている。

 革製品として使用する場合は、腐ったり変質したりしないように加工する鞣しと呼ばれる作業を経て、皮は革製品として使える状態になるのだ。


 何度も水洗いしたり、薬品につけたりする手間なく、リコの〈浄化〉で難なくこなしている。

 原料皮の内側についた、余分な肉や脂肪などを取り除く作業を丁寧にするのだが、これもリコのスキルで一瞬で終わらせる。


 そうして〈浄化〉と【錬金錬成】[品質維持]付与によって皮組織を固定、安定化させることで皮に耐久性をもたせるまでが、一般的な鞣し作業だが、ここからさらに成形や厚みの調整など、使用時の条件によって細かな加工工程を、大きいままの方が需要があるということですっ飛ばし、リュコスがそのまま仕上げの作業に入る。

 リコ特製の魔法が付与されたブラシで、ブラッシングして毛皮を柔らかく、艶々に加工するのだ。

 リュコスはこの、やればやるほど艶めいていくブラッシングの作業をいたく気に入っていた。


「おぉ、がんばったな。銀貨30枚で良いか?」

「えっ良いの? もうすぐ鐘が鳴るよ?」

「次は1枚J1000で買うって言ったろ」

「・・・ありがとうおじさん」


 覚えていてくれたのか。と、リコがほっこりと笑う。

 まともな商売人もいるのだとわかって、あからさまにホッとした表情になってしまった。

 そんな奇妙な2人組を、店主はぶっきらぼうな口ぶりで、リコを足先から頭まで不躾に見た。


 なにか、他所の店で嫌な目にでもあったのだろう。

 かわいそうに。

 後ろの獣人がよっぽど腕がいいのか? いくら狩りが上手くても、売るところがないんじゃぁ苦労しているだろう。

 身なりは良いが、この子ももしかしたらフードの下には獣の耳がついているのか?


「おじさんじゃねぇロレンゾだ。また売りに来な」

 

 自分の名を告げ、やけに優しげな微笑みを向けるイケおじに、後ろでリュコスが眉間にシワを寄せるが、リコは瞳を輝かせてロレンゾに質問を続けた。


「毛皮の他にも、魔石の買取もしていますか?」

「・・・坊主、魔石はダンジョンから出てそれなりの商人ギルドか、宝飾ギルドに持って行ったほうがいいぞ?」


 リコはその助言に嬉しくなって「ロレンゾさんに買ってもらいたいのです」と、ニコリと笑みを返す。


「・・・まぁ良いけどよ」


 ステキ!リコが期待に満ちた目で真っ直ぐと言葉を返すので、ロレンゾは照れくさそうに頭をかいて会話を続けた。


「魔石分は売掛になるがいいか?」

「うりかけ?」

「後払いってこった」

「あぁ、なるほど全然良いよ」

「本当に意味わかってるのか? 変わったやつだなぁ?」


 リコは、魔力をパンパンに詰めた、大きくて型の良い魔石を50ほど じゃらっ とその場に出してみせた。


「なっ!? ばっ!!」


 ロレンゾは慌てて、その魔石を毛皮で隠した。


「あのなぁこんなおっさんに魔石売るやつだっていないのに、こんな上等な魔石、金無いって言ったろ!?」


 コソコソと、でも叱るように言いながら、ロレンゾは毛皮の下でゴソゴソと魔石を袋に戻す。


「でも、何処でも売掛なんでしょ?」

「オマエなぁ。俺がバックれるかもしれないだろう?」


 一体何からドロップしたんだ? ぶつぶつ言いながらも、ロレンゾは袋の中の魔石を品定めする。


「そんな事したら、もう次からここで商売できないじゃん。次にまた儲けられるかもしれないのに、ロレンゾさんはそんなバカなことしないよ!」

「う、まぁ、それはそうだが、獣じ、子供相手にゃそうゆう輩もいるって事だ」

「うん。気をつけるよ。ありがとう!」


 ロレンゾは頭をガリガリかきながら、その辺にあった板状の木端を探すと、魔石の種類と、大きさを4種類にわけ数を書き出し、それぞれの買取価格も記入した。


「ほら、大雑把な概算だが、こんなもんで良いか?」

「なるほど、こうやって売り買いするんですねぇ」

「・・・坊主がこれで良いって言ったら、俺はこの金額だけ払えば良い。それよりよそに高く売って、その差額が俺の儲けになるんだ」

「なるほど! で、この提示した金額だけでも、ロレンゾさんの十分な儲けになる? 大丈夫?」

「よくわかってるじゃねぇか。損にはならん」

「どのぐらい差額を出すかが商人の腕の見せ所って事ですね!」


 感心して板を眺めるリコに、ロレンゾは呆れたような顔をした。


「その分坊主は損したってことになるんだぞ?」


 リコは目を輝かせて笑顔を向ける。


「それは違う。損にはならない。こっちはこれで良いってもう売ったんだ。その後の値付けはロレンゾさんの能力で儲けたり損したりもするのだから、こちらの損得とは関係ないでしょう?」


 転売屋みたいに、相場を考えない値付けなら、そもそも最初の商売自体が成り立たない。リコはその辺は元いた世界と変わらないのだと、感心した。

 性善説ではない。なるべくして正しく機能するよう組まれたシステム。だからこそ悪意は人の生活に邪魔になる。

 実に美しい。

 これは異世界から来たからこその気づきだなと、感動していた。


 ニコニコしながら話を続けるリコに、ロレンゾは少しだけ強い口調で咎める。


「坊主、そんなに簡単に大人の言う事を信じちゃダメだ! 後ろのあんちゃんも、ちっとぁ ご主人を諌めないと」


 リュコスは目をつむってフルフルと首を振ってみせた。


「まぁ、オマエさんも大変だな」


 魔石のぞんざいな扱いに対して、なぜか板と木炭に夢中なリコを見てロレンゾはため息をついた。

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