レトの狩り 3
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大人組の心配は、子供達が結界を通る瞬間、リコが感知できるように追加機能をつける事で、様子を見る事にした。
しばらくは家に篭り、他の子達と読書に耽っているレトだったが、自身のスキルが上手く使えなくなっている葛藤と人知れず静かに戦っていた。
そんな中、テトとピオニが誰にも告げずに結界から出た。
パハン先輩とナカツがこっそり後を追い、リコは、いつものようにマップを開いて追尾しておく。
色々ながら見していると、突然テトとピオニのマーカーが消えた。
パハン先輩にモバイル通信すると、「こちらも認知から急に消えた」と報告があった。
緊急事態発生。
「ヤバい。突然消えた。それまで何かと接触も、なんの兆しもなかったから、何かの攻撃があったとは思えないけど、旧にフッとマーカーが消えた」
こんな事、確か前にも。そうだ、リュコスに初めてあった時も、マーカーがマップに出てなかった。
まさか昏睡!? 2人同時に!?
マズイマズイマズイマズイ!
リコは、最後に認知できていた箇所に慌ててピンを刺す。
モンスターが周囲にいるマーカーも出てないが、そちらの方を探っても、テト達の気配も何にもかからない。
こうなると目視で確認するしか無い。
自分のバカさ加減に腹が立つ。
違う。反省は後だ。
リコは、とにかく動き出そうと藪に走りかけるが「レトなら探せるのでは?」と、リュコスが提案する。
リコはハッとして、家に戻るが、今度はレトがいないことに気づいた。
もちろんマップにマーカーも無い。結界の機能も無反応だった。はずだ。
落ち着け。落ち着け。
結界から出た事すら気が付かなかった。レトすごい! じゃない! やばい!!
レトまで見失った。
さっきリコ達が家の中にいた時は、レトも部屋にいたはずだ。
この話を聞いていたのかもしれない。
落ち着け。落ち着け。
キョトンとするアマルに話を聞くと、ピオニとテトの元に向かい森に入って行ったとわかった。
再びリコとリュコスも外に出て、戻ってきたパハン先輩と合流する。
未知の脅威に、リュコスはリコに残って欲しかったが、レトの本気のスキル発揮は、リコの〈探索〉にもかからない野生動物のそれ【霧(究極)】だ。
有無を言わさず、他の子供は絶対に家から出ない事を約束させている。そうしてくれないと安心して探せない。とリコが説得している。絶対に行く気なのだ。と悟った。
「絶対にみんな一緒に戻ってくるから!」
「俺、俺はパハン先輩と一緒に行く。戦わないよ。ただの荷物持ちだ。この中では俺が1番力が強いからっ」
ピオニを担いで運べる。そう言ってナカツが同行を申し出る。
そうだ。意識がないかもしれない子供が3人いる。手が足りない。私達だけでは、その場から速やかに移動できないかもしれないんだ。
リコは、歯を食いしばり逡巡する。落ち着け。落ち着け。考えがまとまらない。
リコには、今の自分が正常な状態では無いことがわかっていた。
怖い。恐ろしいことばかり考えてしまう。怖くて怖くて仕方がない。
「パハン先輩っナカツを連れて行って。お願い。途中までは一緒に向かおう。必ず、必ずみんな一緒に帰ってこようっ」
パハンとナカツは頷いた。
その頃、大人組の予想通り、レトは魔法の残滓とその匂いを辿って、いとも容易く2人にたどり着いていた。
少し窪んだ地形の茸溜まりで、胞子を放つキノコから不用意に近づいたピオニを守るために盾になり、仮死状態になったテトから離れることができずに、結局別の個体にやられて、2人とも昏倒してしまっていたのだ。
2人の傍に、胞子を排出し尽くし、そのまま宿主に寄生して繁殖する[腐食菌種茸 グールマッシュ]がその作業を終え佇んでいる。
レトも、2人を見つけたものの、近づくこともできず、1人では移動させることもできずに、更に自分を追ってきたフォレストタイガーに襲われそうな大ピンチに陥っていた。
レトは、物理的には勝てない事を瞬時に悟り、一身にタイガーのヘイトを稼ぐと【魔眼(捕獲)】で、睨み合ったはいいが、身動き取れなくなっている。
やっと狙っていた群れからはぐれた子供相手に、余裕で姿を現したタイガーだ、目を離したら動けるようになってしまうだろう。
背中を伝う脂汗がいやに冷たい。
気力が尽きそう。
レトは、浅く響く自分の呼吸の音が耳につく中、昔のことが思い出され、そのフラッシュバックとも戦っていた。
アレは、ズンダ街壁南門側のゴミ地区にいた時の私。
生まれた時から1人だったのだと気づいた。
母親だと思われる女は、冷たい視線を落とすと、そこに私を置き去りにした。
辛うじて雨が凌げるゴミ溜めのなか、他の生き物に見つからぬよう自分の身体の最小粒子に分解して、その隙間に周囲の空気を混ぜ込ませた。
さっきまで、隣で不快な音を響かせながら暴力を受けていた別の獣人の子供の死臭がする中で、その死肉に集るネズミを食べて飢えを凌いだ。
こんなふうに、どうせいつか自分より大きな何かに食べられてしまうんだろうと、ぼんやりと思っていた。
自分の順番が来るまで後いくばくか。
日々、そう思いながら過ごしていた小汚い子供の姿がフラッシュバックする。
それが今なのかな?
レトは、覚悟を決めて【偵察】を解除すると、もう一度発動させて速やかにその身を囮にその場から離れる。
目視されてしまったタイガーに気配遮断のスキルは効いていないことはわかっているけど、こうやって何度か点滅させれば、リコはきっと気づいてくれる。
後は、ここから少しでも離れておけば、私が食べられている間に、テトとピオニはきっとリコが見つけてくれる。
真っ直ぐ走る。ただ真っ直ぐ。足がもつれる。どうして上手く走れないの? もっと遠くへ行かなくちゃ。もっと、遠くへ!!
一方、そんなレトの期待を裏切って、マップにレトが現れ消えると、「あぁっあ、レトっダメダメ! それはダメっ!!」最大に〈身体強化〉したリコが狂ったようにレトの名を叫び、周りの木々を薙ぎ倒しながら、リュコスが遅れをとるほどの速さで近づいていた。
「レトっ! レトっ!!」
レトが振り返えると、目の前を青い閃光が走り、自分に飛びかかっていたタイガーがのけぞるように鼻を背けた。
リコの電弧だ!
そう思った瞬間、地面を舐めるような低い姿勢で、ふたつの影がレトの前に立ちはだかると、片方は勢いそのままにその身を抱き込んだ。
抱え込まれたその奥で、リュコスがフォレストタイガーをドロップ品に変えたのが見えた。
それまで鼻口を満たしていた死臭の記憶はウソのようにかき消え、甘い香りで満たされる。
あぁ、やっぱりリコは、古の魔女様はすごい。私の思った通りに、いやそれ以上。ちゃんと私達を見つけてくれた。
「すごいレト! 2人は無事よ! スゴイ! よくやった! スゴイ! かっこいいレト!!」
その身に取り込まんばかりにギュウギュウと抱きしめ、涙と鼻水で顔をべしょべしょにして、はちゃめちゃに私のことを褒め撫で揉みしだく。その身の何と大きな事か。
「どうせ食べられるのなら、やっぱり魔女様がいいなぁ・・・」
何度も何度も自分の名を呼び、褒めて撫でて、大声をあげて号泣するリコに、レトは気が遠くなるなか、幸せな気持ちのまま意識を手放したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レトが目を覚ますと、目の前のリコの顔がめちょめちょに濡れている。
涙か、鼻水か、はたまたよだれかわからないけれど、レトはその顔を拭おうと身を起こそうとするが、あの瞬間のまま、ガッチり身体を抱かれた状態で、ピクリとも身動きが取れない事に気づいた。
「リコ様は魔力切れでしばらく、いえ、朝まで目覚めないと思います。トイレですか?」
頭上から低く冷たい声がする。
目線だけ動かすとリュコスが2人を見下ろしていた。
その顔は僅かに嫉妬を孕んでいる。
「フハッ!」
レトはたまらず吹き出した。
すると、リコがさらに身を寄せ、自分の耳をハムハムとはみだした。
「フグゥッ」
リュコスが唸る。
「ンフフ・・・」
レトはそのままリコに頭を擦り寄せ身を預けると、再び目をつむって大きく息を吸う。
リコの甘い香りをその身に満たしていく。
「・・・死ぬなら今がいいな」
レトが呟くと、リュコスの手の中で何かが バキン と壊れる音がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「説教ですよ お説教です」
起きて早々、処置室でリコは言ったが、その後無言の時間が続いていた。
その間、テトとピオニとレトは、一応神妙な顔で並んで座る。
「ゔゔ〜、んーーー」
唸り声を上げるリコに、レトは「怒らないの?」と上目遣いでお伺いを立てる。
「怒っているよ! 凄くっ怒っているよ!!」
リコはそう叫ぶと、「でもっ」と、顔を伏せ震え出す。
みんなが無事で良かった。本当に良かった。と、ボロボロと、また涙をこぼし始めた。
「ごめん。ごめんなさい。みんなを守ると約束したのにっあんな、あんな怖い思いをさせて本当にごめんなさい。3人は悪く無い。悪いのは私っ! 本当にごめんなさい」
そう唸りながら、とうとう突っ伏して、おいおいと泣き出してしまった。
テトとピオニが慌てて駆け寄り背中をさする。
「リコ、言いつけを破ってごめんなさい。耳、触っていいよ」
レトが頭を差し出すと、ピオニもリコの手に頭を擦り付けた。
「フグゥッ! ダメでしょ! そんな謝り方っ! 良くないっ! 悪い事ですっ」
そう言ってリコは2人の頭をモフモフと撫でさする。
「良かった。みんなが無事で本当に良かった。ごめんね。ごめんっ、このままじゃダメだね。早く外に、ダンジョンの外に出よう。やっぱりみんなは街に帰らなくっちゃ」
リコは、泣きながら謝り続ける。ずっとずっと「ごめんね。ごめんね」と。
あの女ですら何も言わなかったのに、なぜリコはこんなに謝るんだろう。
レトは、ぼんやりとそんなことを考えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大人組は夜のミーティングで、子供のダンジョンダイブセットの使用と、キャンプの練習の必要性を検討する事になる。
いささか明後日な決断だが、地形や、場、タイミングなど、危険はモンスターだけではないのだと痛感した。
回収屋が正しかった。ダンジョンの中でいつまでも子供扱いするわけには行かないのだ。
今回の事でリコが後悔を募らせた結果だった。
自分も含め、少しずつダンジョンに慣れる訓練を開始する決断をした。そんなある日の朝のこと。
「ど、どうしたのそれ?」
リュコスに、子供たちがわちゃわちゃとまとわりついている。
テトとピオニ、レトにまで隠す事なくまとわりつかれているリュコスは、相変わらずの能面だが、それほど嫌がっているわけでは無いらしい。
リコは「尊死するわっ!」と叫んで床に倒れ込み、アマルに〈ヒール〉をかけられていた。
「僕の認識が間違っていました。狼種はスキンシップの多い個体に愛情を感じるのでしたっけ?」
ヤツノが、呆れた顔をして漏らした言葉に、シロは声をあげて笑うと言った。
「みんなまだまだ子供なのよ。それだけよ」




