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レトの狩り 1

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「今日は肉を狩りに行きます」


 昼食の後、リュコスはリコにそう言って、1人で結界を出ていた。

 基本的にリュコスは、リコに“お願い”されないと子供を連れて結界を出ない。

 レトは、そんなリュコスにこっそりついて行く。


 リュコスもリコも、勿論パハンも、そんなレトの行動は把握していた。

 どうせリュコスはリコからそう離れることはできないのだ。リュコスから報告があったその日のうちに、レトのその選択は黙認される事になった。


「せっかくだからレトに気づいていないふりぐらいしてあげてよね。ただし十分に気をつけてあげて?」


 コレは命令じゃ無いからね。とリコに念を押されたリュコスは「面倒だな」と言う言葉を飲み込んだ。

 訓練の一環。とリコに言われれば、パハンも頷く他無い。


 レトの目的は、あくまでスキルの練度を上げる訓練であって、戦闘ではない。

 【偵察】と【追尾追跡】の訓練だ。

 レトは、そんな大人達の目論見を知ってか知らずか、アマルにだけ、リュコスについて出かける事をきちんと告げ、こっそりとリュコスを追う。


 レトら子供組には、リュコスの行動制限の本当の意味など知らせていないので、拠点からそう離れない事を訝しんではいたものの、当のリュコスからは“まだ”その気配を感じる事ができずにいた。

 リュコスはレトの追尾を感じながら、やや速度を落としつつも、首輪が許すギリギリまで結界から離れると、立ち止まって深呼吸するように気持ちを整える“素振り”を見せる。


(リュコス、今日はいつもより遠くに来た)

 レトは、いつものように木の上からその様子を刮目する。

 この後、リュコスが放つ【気配察知】の網にかからぬよう、自分の気配を周囲に馴染ませる。

 それは【隠密】のスキルが無くとも気配を感じさせないレベルにまで達していて、リュコスの報告を受けた大人組を驚かせた。

 狼種本来の能力か、レトのいずれかのスキルに付随する物かわからないが、鑑定にもかからないその力は、斥候職の大きなアドバンテージになるだろう。

 空気に混ざったレトの気配をリュコスも感じ取ると、リュコスは安心して、はぐれブルとの戦闘に入る。


 突進するブルの初攻を難なく避け、見られている事を意識して一撃では仕留めず、何度かその身を翻しブルに動きを“慣れ”させる。

 ブルは戦法を変え、フェイントを入れてきた。


 (面白い)

 レトは、ブルとリュコスの動きに夢中になりながらも、自分の気配を変えずにその動きから目を離さない。

 攻防を何度か繰り返した後、リュコスがその首にククリナイフ(大)を振り下ろすと、リュコスと ガチン! と目が合った。

 気付かれた!? と、自分の傍らに、フォレストタイガーがギュルルルと威嚇の声を上げ、同じ視線の先のリュコスに〈威圧〉を飛ばしている事に気がついた。

 レトは、瞬時に自分の状況を把握する。


 (隣のタイガーは自分には気づいていない)

 リュコスがククリナイフ(大)を投げ飛ばし、レトとタイガーが止まっている木の枝を切り落とす。

 冷静に他の木の枝に飛び移ったレトに反して、怒りも露わにタイガーがリュコスに踊り向かう。

 リュコスは勢いもそのままに、タイガーの背後に回り込むと、逆手で握っていたククリナイフ(小)をその首に突き立て、引き抜いた。


 レトは、タイガーの皮と爪と牙がドロップしたのを確認すると、ホッと息を吐いた。


 その瞬間、背を向けてドロップ品を拾うリュコスも眉をひそめて息を吐く。

 タイガーへの対応は十分だが、レトの今のターゲットはリュコスだ。詰めが甘い。

 やはりまだ子供。1人で狩りに出すにはまだまだだな。


 今日の事をリコ様に報告したら怒られるかな? その成長を喜ぶかな?


 リュコスが ふ と醸し出した空気に、レトが思わず赤面した。

 綻びから一気に崩れた警戒に、リュコスはハッキリと目を向けて、咎めるようにレトを睨んだ。


「バレちゃった」


 レトは、投げ飛ばされたナイフを手に取ると、木から降りてリュコスの元まで歩きよる。


「どこから気づいていたの?」


 レトの問いに「最初から」とは言わずに「止めを刺した後」と、リュコスは答えた。

 そんなリュコスを、じっとレトが見つめる。

 リュコスは「ではもう帰りますか?」と、用は済んだとばかりに帰宅を促した。

 レトは視線を逸らさず「帰ります」と答え、あぁコレは最初から気づかれていたなと、あからさまにがっかりとしたため息をついた。


 リュコスは、少しだけ申し訳ない気持ちになる自分の考えに戸惑った。すると「リュコスは悪く無い。私が未熟なだけ。でもリュコスも上手だったよ」と、レトが察してフォローした。

 リュコスは思わず、リコが普段するように、レトの耳と頭を撫でた。が、


「・・・? 何だこれは?」


 自分のしている事に驚いて口に出した。


 レトは顔から火が出るほどに赤面している事を自覚した。


「こっちのセリフだよ!!」


 叫びなが乱暴にその手を振り払う。


 リュコスは、いつもと同じく直ぐに他者への興味を失い、周囲を警戒しながら拠点に向かって歩き出した。

 逆にレトは、そのドキドキと高鳴る自分の胸に動揺しながら後をついて歩いた。


 レトは、今のリュコスが、何らかの偽装を施した姿をしていることは知っている。

 害はないが、リコ以外になんの興味が無い事も知っている。

 リコに頼まれない限り、子供に対して、いや、きっと全ての他者に対して無関心で、選択肢があるのならば、迷わず関わり合いにならない方を選択するのを知っている。

 それなのに、頭に手を置かれた瞬間に見たその表情が、息を呑むほど美しかった事に狼狽した。


 2人が、無言で結界まで戻る。

 そのギリギリにいたリコが「あれ? 一緒に帰ってきたの?」と2人を迎えると、能面の様なリュコスに並んで、トボトボと俯き加減のレトは、走ってリコに抱きついた。

 リコは、グリグリといつものようにレトの耳を揉みしだく。


「バレちゃったの?」

「いいえ。何か様子がおかしいのです。鑑定してください」


 頭上でヒソヒソと話す2人に、レトは「聞こえているよっ」と心の中で抗議して「何でも無いもん!」そう言って家の中に走り入ってしまった。


 リコがリュコスを咎めるように視線を向けると、リュコスはそれまでの事を説明した。


「まだまだ詰めは甘いですが、素晴らしい偵察能力です」


 褒めるリュコスに、リコは「んん?」と眉間にシワをよせ、じゃ何で怒ってるんだろう? と2人で首を捻るのだった。




 イナバをみつけて部屋に入るなり、レトは自分の動揺を吐露した。

 居間につながる空き部屋を、クラフトチームの作業部屋にしていたので、そこでトルソーに着せていたパニエの裾に、イナバとビジューを付けていたヤツノが、雪崩のように先ほどまでの出来事を話すレトの勢いに押されてつい口を挟む。


「美しい物を見て心が動く事に、不安を感じる必要は無いんですよ」


 そう言って、以前採取した美しい石を取り出すと、レトに手渡し窓の光に透かすように促した。

 レトは泣きそうな顔で石を受け取った。


「キレイ・・・」


 練習用につるりと丸くカボションカットされた黒曜石は、レトがその石を傾けるたびに、窓から差し込む陽の光を反射して美しく輝いた。

 夜空の様な黒い石は、まるでリュコスに見つめられその瞳に吸い込まれてしまいそうな色を・・・


 バチン!


 レトは、両手で自分の顔を覆った。


「レト!! 何しているの!?」


 イナバが驚いて駆け寄る。

 レトは「これ以上考えるのはダメな事な気がする」とポツリと言って、子供部屋に戻ると、ベットに引きこもり、カーテンを閉めてしまった。


 床に落ち、転がる黒曜石をヤツノが拾い上げていた。


「リコもリュコスも珍しい髪色をしていますものね。同郷でしょうか?」

「リュコスの耳と毛色は偽装です。本当は見事なプラチナブロンドですよ」


 イナバは小首をかしげて 続けてヤツノに疑問を投げかける。


「ヒトの気配とは違いますが、それも偽装でしょうか?」

「僕にはわかりませんが、彼はリコ以外に興味が無いだけで、害はないと思います。害はないとは思いますが、選択を迫られたら僕達のことなど歯牙にもかけず見捨てるでしょう。レトはなぜそんな彼に惹かれたのでしょうね?」


 確かに美しい容姿をしていますが、同種だと思ったのでしょうか? と、ヤツノはアゴに手を当てた。

 リュコスが子供達に見せる優しさは、リコの模倣で、わかりやすいただのポーズだ。何の意味もない。なのになぜレトの心が動いた?


「ヤツノ、レトに優しくしてあげてね?」

「なぜ?」

「だって・・・絶対辛くて悲しいでしょ?」

「・・・イナバは意外に冷酷ですね?」

「だって、もう番を決めてしまっている人に懸想するなんて・・・」

「・・・」


 2人、しんみりとうつむいてしまう。


「レトのは、ヤツノのそれとは違うかも知れないよ?」


 シロが出てきて、イナバを慰めた。

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