サラの血 1
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週に2度ほど、リコとリュコスは店に出かける。パハン先輩は、週1はギルドの報告に。その他にも、急に出かけたりするけど、リコかパハン先輩のどちらかは必ず家にいる。
パハン先輩は午前中いっぱいで帰ってくるが、リコ達は、夕飯後に出かけ次の日の朝まで帰らないことが稀にあり、初めは心配していたが、朝になると必ず戻っているし、パハン先輩となんらかの連絡を取れる方法があるらしく、心配いらない。と説明されていた。
今夜もそんな夜らしい。
サラはヤツノの寝所を訪ね、自分の血を抜いて保存できるようにして欲しいとお願いした。
「自分の血が役に立つなら、リコにも持っていてもらいたいの」
ヤツノは、自分が鱗を剥いだ時の事を思い出し、一応、助言する。
「リコは、嫌がるかも知れませんよ?」
「うん。でも、リコは言ったの『私の身体は私だけのもの』だって。だから私の身体を好きにして良いのは私だけだって。私、私の血をリコにあげたい」
「・・・怒られる時は、一緒に怒られてくださいよ?」
どうしても。と、引き下がらないサラに、ヤツノはため息をついてガラス瓶を受け取った。
「さて、何かで見たな」
ヤツノは考えた。
どうせなら、なるべく痛みの少ない方法で採血したい。
確か、リコの用意してくれた本の中に、薬を入れたり、血をとったりする道具があったな。と図鑑から『注射器』のページを見つけ出した。
写真とイラストを参考に、スキルを使って、ガラス瓶をガラスの棒にして、中が空洞になるように加工する。
先を細い針のように管状に尖らせた。
ヤツノは、想った通りにガラスが形を変えたので、誇らし気にサラに手渡す。
「コレを斜めに血管に刺してください」
サラは迷い無くそれを右腕に刺した。
今まで何度も神殿で切り付けられていたので、どこに血が流れているのか知っていた。
ヤツノがその有様に、眉間にシワを寄せると「この後どうするの?」とサラはニッコリ笑って顔を上げた。
「ではいきますよ」
そう言ってガラス管に手をかざすと、ガラス管はポワッと光った。
「あ、血が入ってきた!」
「管に穴を開けました。想った通り、血が流れてきますね」
瓶の3/4まで血が溜まるのを待って「刺し傷を押さえてゆっくり抜いてください」とヤツノが促すと、それに従ってゆっくりと手を動かす。
ヤツノは、その動きに合わせて、ガラスをポワッと光らせ、管を塞ぐと、フゥ と小さく息を吐いた。
「凄い! 最初にビリッとしただけで、後は痛くなかったよ! ありがとうヤツノ!」
あっという間に傷も塞がった! と何事もなかったように元に戻った腕をみせた。
「緊張しました。上手くいって良かったです」
ヤツノは、嬉しそうに笑うサラに微笑み返すと、サラは目をキラキラを輝かせてヤツノの目を見返し言った。
「コレを毎晩、お別れの日が来るまで続けたいの? お願いできる?」
あぁ、なんて事だ。
サラの様子に、ヤツノはすぐに後悔した。
「いいえ、コレはコレきりです。明日の朝、コレをわたして2人で謝りましょう」
「なぜ?」
「僕ですら悲しくなりました。リコならきっと泣いて僕らのした事を悲しむ。サラはリコを泣かせたいですか?」
「でもっ!」
「自分はそうしたい。と、相手のことを想って行動した選択が、相手に辛い思いをさせる事もあるんですよ」
サラが自分の事を大事にしていないと、リコは怒り狂うだろうなと、ヤツノは想ったが、それとは別に、サラが、たった11才の女の子が「自分が人の為にできる事はコレだけだ」と、本気で思っている現実が、胸を締め付けるほど辛く悲しくなった。
「神殿では、治るたびに腕を斬りつけられながら採血したんだよ。それに比べたら全然たいした事じゃないよ! だから気にしないで?」
ニコニコと笑いながら、ヤツノを気遣うサラに、ヤツノはさらに後悔を募らせる。
「すぐ治るから、たいした事じゃないからと、自分の身体を傷つけてはいけないよ、サラ。それを見るのは、とても辛い。僕も、知らなかったんだ」
今わかったよ。と、ヤツノは眉を寄せてサラに伝える。
「ごめんサラ、僕は、決してやっちゃいけない事をやってしまった」
朝になって、朝食の後食器を洗っていると、手伝ってくれていたヤツノが「話があります。お時間いただけますか?」とリコに言う。
その顔はどこか緊張していて、何か思い詰めているようだ。
やっぱり・・・どうしても殺したい人でもいるんだろうか。
リコは「うん、この後すぐでも良いよ?」と、布巾で手を拭きながらいそいそと作業室にむかう。と、サラも一緒についてきた。
なんだろう? と、思うも、一応、部屋の扉は閉める。
当然リュコスも一緒だったが、2人は何も言わなかった。
「リコ。私、どうしてもリコに渡したいものがあるの」
サラは、神妙な顔つきのヤツノと違い、どこか嬉し気にそれを差し出した。
「え、なになに〜?」
リコは、ホッとして受け取ると、それは真っ赤な液体の入った綺麗なガラス管だった。
鑑定解析
[サラの血 蜥蜴種獣人の血液 強力な再生ポーションの材料になる]
「私、リコにあげられるものがコレしかないから、これ受け取って欲しい。リコに役に立ててもらいたいの! リコならきっと、コレで神官達より凄いものを作れるでしょう?」
そう言ってニコニコ笑うサラの目は、新たらしいお菓子を一緒に作る時のようにキラキラと期待に満ち溢れていた。
周囲のマナがグラグラと揺れる。
サラが動揺して、ヤツノとリュコスをみると、ヤツノは目を固くつぶってうつむき、リュコスはため息をついて顔を右手で覆っていた。
「コレはどうやって?」
右手のガラス管から目を離さず、リコが採取の方法を聞く。
「僕が、ガラス瓶を、加工して、注射器を作り、サラの、腕にガラス管を刺して採取しました」
ヤツノの答えにリコは「そっか。凄いね」と応えると腕を差し出した。
「私の腕からも同じように採血してみて?」
「ダメです」
「できません」
リュコスが止め、ヤツノが答える。
「どうして?」
リコがヤツノを見ると、ヤツノは吐き出すように声を出す。
「後悔しています。するべきではなかった」
「違うのっ、私が無理を言ってお願いしたのっ、どうしても、どうしてもリコに何かしてあげたくて! 腕だし、全然痛くなかったし、ほら、傷跡も何もない!」
サラは、ヤツノを庇うように前に立ち、袖を捲って腕を見せた。
誰だ?
こんな子供にそんな価値観を植えつけたのは。
どこの誰がなんの権利があって、自分の体を傷つける事で誰かが喜ぶとクソみたいな価値観を植えつけた?
そうする事が当たり前だと、そうする事が正しいと、そうする事が喜びになると、どこの誰がこの小さな女の子を唆したのだ?
そいつの腑を引き摺り出して、そいつの崇める神の祭壇に捧げてやるっ!!
リコは、その白く細い腕に両手を添え、祈るように額をつけた。
「リュコス、部屋から出てってくれない?」
「・・・・・」
「お願い」
「ダメです」
「じゃ命令。部屋から出て行って」
「・・・嫌ですっ」
一縷の望みをかけて、リュコスが声をあげ駆け寄るが、目の前に要塞外壁材が現れ行手を阻む。
「リコ様っ!!」
リュコスは壁を叩き、ブロックの隙間に爪を立てる。
何度も試した。何度も何度も。もうすでに何度も試していた事だった。
「サラ、ごめんね、嬉しくない。私、サラが自分を傷つけた事が悲しくて仕方ない。あぁ、イヤだイヤダっ私って、コレをもらって喜ぶような人間だと思われているんだ」
ヤツノは目を瞑って口を固くつぐんでいる。まるで殴られる前みたいに。
あ、私も殴られるのかもしれない。リコが嫌がる事しちゃったから、怒られてるんだ。
サラは、ハッとした顔をして、両手を前に組み跪くと、歯を食いしばる。
それを見たリコの瞳から光が消えた。
「・・・あぁ、サラ、ごめんね、人間でごめんなさい。本当にクソみたい。あぁサラごめん」
リコは【収納】から[穿]を取り出し更に細く杭を分け、鋭く尖らせると、その一本を天井から自分の腕に向かって落とした。
「っっ痛っったぁぁぁぁぁ!!」
「リコ!? 何してるの!? やめて!!」
「大丈夫よ。ほら、すぐ治るっ! んぐっ痛ってぇ」
痛みで跪いたリコはそう言って、杭を雑に抜き取り床に投げ捨てると、同じく出し並べた治療薬を傷口にかけた。
傷はみるみる塞がっていく。
「あぁ〜こんな感じなのねぇ魔法スゲェ〜」
そう言いながらも、手を上に向け腕を出し、今度は無数の杭を天井から落とす。
両腕はズタズタに切りちぎり割かれ、鮮血が飛び散るが、すぐに治療薬をぶっかけて治る様子を観察する。
「あ゙あ゙〜っでもやっぱ痛ってぇぇなぁっ!」
リコが叫ぶ。
「イヤッ!! リコ!! やめて! やめて!! ヤツノ! リコを止めて!」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ」
サラはヤツノに縋るが、ヤツノは涙を流してその罰を受け入れていた。
「!? やめて! どうしてっ! リコは違う! リコには再生能力がないでしょ!?」
サラがリコに近づこうとするのを、ヤツノが掴んで引き止める。
天井から、無数の刃物が落ち、リコの手足を容赦なく傷つけ、治療薬で治しを繰り返す。
「あぁぁ〜子供舐めてた〜甘かった〜私馬鹿だ〜真空採血管作っちゃうとかマジ凄いなぁヤツノは」
リコはそう言って、空になった無数のガラス瓶全てをガラス管に加工した。
「サラ? よくみて? こんな事いつまでも続けていると、いつか死ぬよ?」
一本、また一本と、ガラス管に自分の血を採血していくが、そのガラス管は床に落ちて割れ、血溜まりが足元に広がっていく。
「リコ!? やめて! ヤツノっリコを止めて!?」
サラが泣いて縋るが、ヤツノは目を瞑って歯を食いしばる。
「あー凄く痛いぃっ目を開けなよヤツノ、なんてことない。どうせすぐ治る。そうでしょ?」
そう言って、リコ自分への攻撃を繰り返す。
「やめて! リコ! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
あぁなんて事、サラもヤツノも泣いてる。きっとリュコスも泣いてるだろうな。
でも、私も知らなかったの。
こんな方法でしか伝えられなくてごめんね?
サラ、ヤツノ。お願い。もう、こんな事しないで? お願いよ。
意識が遠くなってきた。血を失いすぎたかもしれない。と、
「もう良いよ、リコ」
いつのまにか、壁の中に入ってきたシロに、両腕を乗っ取られ、治療薬をバシャバシャかけられる。
ヤツノは、ヘナヘナと座り込むサラを抱きしめ、ガラガラと崩れる壁の先にいるリュコスに助けを求めるるように目線を向けるが、リュコスは無言で2人を通り過ぎ、血まみれのリコを抱き締め、やっと顔を上げてヤツノを見た。
「待って!」
シロの声が遠くに響く。
あ、殺される。
薄く開いたリュコスの口元、鈍く光る犬歯の隙間から、何か黒いモヤが吐き出されたのが見えた。
ヤツノが ヒュ と息を飲み、サラを庇うように抱きかかえ、死を覚悟した瞬間、リュコス達は目の前から姿を消した。
リュコスは、正しく結界の外に弾き出された。




