パハン先輩とアマル
その日は雨で、皆室内で過ごしていた。
リコは、ちょうど良い。と、ダンジョンの外、街での平均的な生活費を聞いてみる事にした。
素泊まりの宿泊費は1泊1000ジェン前後。
一晩の飲み代が1000ジェン前後。
屋台での一食は100ジェン前後。
コレが、冒険者の街・ズンダの街で、冒険者が1日に消費する生活費の相場だそうだ。シンプル。
勿論そのほかに、装備を整えたりなど諸々かかる事を考えると、一度のダンジョンダイブでどのぐらいの実入りが必要になるのか知りたかった。
光熱費は、宿屋暮らしには料金の内。ただし、お湯代は取られる。
たらい一杯100ジェンだ。高い気がするが、宿屋の外には必ず井戸があるので、その水を勝手に使うのはタダなのだそうだ。お湯を沸かし部屋まで運ぶ人件費と考えれば安いのか。
生活魔法の使える者が多いことを考えれば、用意してもらえるお湯は贅沢品か。なるほど。
「ちなみにブロート一本が銀貨1枚。J1000です」
「これがぁ!?」
光の日に、神殿に行って説教を聞くともらえる[ブロート]。店で買うと1000ジェンもする。
この一切ふんわりしていないもっさりパン一本が、大体6日分の食料なのだそうだ。
コレを12分割して、塩味の強い薄切りハムと、ありあわせの野菜が挟まっただけの、サンドイッチ的な食べ物が100ジェン。一般的な一食なのだそうだが、量的にも足りないし、栄養も足りてない。
しかも1日一食計算だとしても、なんで加工後の方が安くなるんだ?
ウインスター家の馬車から拝借した[ブロート]と違って、神殿の配る[ブロート]は、何やら他の雑穀や“加護”が入っていて、それだけ食べてりゃまぁ死なない。って便利な代物“らしい”。
それを基準にして、大人の6日分、1週間にちょい足りないぐらいの食費が1000ジェンぐらいが妥当って、どう考えても全然足りてないけど?
「それに合わせてズンダの街の最低賃金は週1000ジェン前後って事?」
「そう、なるのでしょうか?」
リコは、部屋で装備を磨いていたパハンに、ついでに街での一般常識を色々質問する。
「少なすぎるでしょ!?」
いや、本当にこの主食一本で生きていく事ができるなら、その値段に安いも高いも無いのかもしれないが、実際にはそれ以外の衣食住が必ずあるのだ。
薪代だって馬鹿にならないらしいけど、マナがこんなに豊富にあるのだから魔道具でなんとかすりゃ良いのに。
ヒトが生きていくためにはリアルパンのみにあらず。どんなに節約したとしても1000ジェンでは、生きるだけでマイナスになるのだ。つまり、稼ぐために生き、生きるために稼ぐ事が目的になっている。そんな現状では人類の発展も何もあった物じゃ無い。
最低賃金とは、それさえ払えば合法なのだからそれで良い。と言うわけではなく、それ以下は違法と言うボーダーラインなだけなのに、なぜその本質を無視できるのだ?
「・・・他者を・・・使役して己の腹を満たす立場の人間に、すでに都合が良い優れたシステムがあるのだとしたら、そのシステムを考え出した人間が、それを変える意味があるのでしょうか?」
リコが口に出さずとも、リュコスがリコの疑問の答えを出した。
リコが、ギリリと奥歯を噛む。
本当に馬鹿が上に立つと碌な事がない。
「全く未来を見ていない愚策だよ」
生きる上で困難はいくらでもあるだろう。しかし世の中を悪くしている現実の問題はそんな事ではない。1つの困難を乗り越えた後にもその現実は続くのだと言う事を全く考慮していないクソみたいなシステムだ。
どうなってんだ異世界。神がいる世界ですらこれかよ。
マナと言う万能なエネルギーがある世界だと言うのに、元いた世界と何も変わらない。それで人類は衰退するのだな。それもサイクルの一つなのか? いや、これは私が考える事じゃないか。
「・・・いや、ちゃんと考えなきゃ。だってこれはもう私の現実でもあるんだから」
リコは、質問を続ける。
「そんな低賃金で街の人はどうやって暮らしてんの? 家とかどうなってるのかな? 家賃が安いとか?」
「ウチは、母が、家を建てたので、家賃? とやらの支払いは、無いのです」
基本的に、住居に賃貸と言う概念は無いようだ。
街の住人が家に払う金額は、上物、家屋敷を建設した大工や工務店に支払い、領主に土地の使用税を払う。あくまで税金だ。
家を持たない人は、部屋を借りる大家と店子と言うより、管理人と下宿と言う関係性になるそうだ。
冒険者の出入壁激しいズンダの街は、住人はとうの昔から飽和状態で、半数以上の冒険者は[宿屋]に日銭を払って逗留するのが主流で、新たな住人になる事など、ほぼ無いのだそうだ。
税は、孫受けまである徴税官が一軒一軒回収して回る。
税の上限は無く、領主の裁量に丸投げ。
国から派遣される官吏官憲も、所詮そこに住む権力者に逆らえない状態なのも頷ける。
「税金、ねぇ」
基本的に、土地の所有は認められていないらしく、土地を拓いたその開拓者が領主になるのだが、王国の土地は全て王族の物だ。
「ただ、ズンダの街は少々事情が違う」
パハンが言う事には、通常、未開の土地に何らかの理由で住み着いた者がその土地を開拓し人が住める村になり、それに何らかの理由で住み着く者が増え、ただの集落から田畑ができて村になり、道ができて町になり、住居や店がふえて街になり、税収が見込めると目をつけられると領土と王国から認められて、領主が任命され、と徐々にその体裁を整えていく。
それに反して、ズンダはダンジョン目当てに流れ者が集まり、間をすっ飛ばして急激に増えた集団に対応するべく王国が外壁を作りインフラを整えた、いわばいきなりできた街で、領主も他の土地から指名されてきた法衣貴族が頭になっており、この土地に根付く本来の貴族や豪族などが元にはないのだ。
「じゃぁ、他の国から来た私みたいなのが、壁の中に土地を買ってその区画に住むとかは無理なの?」
「無理、と言うか、そう言った概念がそもそも無い。一部の豪商が広い家屋敷の所有を周りに示すために、契約上の税を貴族と同じく個人的に神殿を通して王国に一括で払う形で領主と同等の権利、『土地の所有権』を主張する事のできる『地図持ち』と言われる契約は存在するが、ズンダの街は王族の所有物なのは変わらないので、あくまでそれは『箔』に過ぎない」
パハンは目を逸らして言った。
「じゃぁまぁ、この街全部パハン先輩の物。って主張しても問題無いって感じ?」
「俺は廃嫡された身ですよ」
パハンは自虐的に笑い「自分には、王侯貴族に対抗するような力はありません」と項垂れた。
「でもさ、契約があると言う事は、何事もそれを踏まえて行動すれば、通る道理がある。って事だよね?」
リコはニヤリと笑うと、《神聖契約》の力の強さを逆手に取る方法を思いついた。とはっきりとそう言ってのけた。
法は弱者のためにあるのではあらず。それを知る者のためにあるのだ。
「良いね。ある意味金の力は平等。ってのは元いた世界と変わらない」
そして知は力。
リコが、ブツブツと自分の思考に入り込み始めたので、リュコスは、やれやれ。とリコを連れて部屋を出て行った。
パハンが、その途方もない企みにため息をつくと、リュコスたちと入れ替わりにアマルが部屋に入ってきた。
アマルが自分の足で歩いてこちらに歩いてくる。
この姿を見るたびに、ここで一緒に生活できてよかったと、自分の罪悪感が少しずつ洗い流されてゆくような、自分にしか見えていない光り輝く何かに、手を合わせて拝みたい気持ちになる。
アマルは、ニコニコしながらゆっくりと歩みを進めて隣に座ると、何も言わずに本を開き、そのまま本を読み出した。
「・・・何か用事があるのでは無いのか?」パハンがアマルに聞くと、「ここで本を読んじゃダメだった? 邪魔しちゃう?」と、アマルは、不思議そうにパハンの顔を見上げた。
邪魔でなどあるはずがない。
パハンはハッとして、アマルを抱き上げ膝に乗せた。
アマルは照れくさそうに顔を赤らめ、スリリと顔をすり寄せると、そのままの姿勢で本を読み始めた。
その仕草に、パハンの胸がジワリと熱くなる。
あぁ、コレが幸せと言うやつか。
守るべき妹の無垢な微笑み。
何の憂いもない時間。
人は何のために働き、日々の理不尽に抗うのか、リコのような力のあるものでさえ、守りたい物は、俺のような凡人と何も変わらないのだ。
そしてそれは、全ての生きとし生きる者の普遍的な要求でもあるのではないか?
ただ生き、ただ死ぬのではない。その死に価値を見出してこそ、その瞬間を迎えられるのではないか?
「アマル、にいちゃんはお前らのためなら何だってするよ。お前がいつまでも笑っていられるように何だってする。約束するよ。お前は俺の生きる希望なんだ」
兄の言葉に、アマルは顔を赤らめて応える。
「私も約束するよ。お兄ちゃんのことは私が守る。私もリコと同じぐらい強くなるからね」
アマルは、フンッ と鼻息を吐くと、グッグッと両手を握り込むと、真っ直ぐにその黒い瞳をパハンに向けた。
凄いな。
こんな小さな生き物が、俺を守ると言う。そんな事がこんなにこの胸を熱くするなんて。
こんな事が無敵の力を与えてくれるような、それまでの何倍も強くなったような錯覚と、あまりの幸福感に、涙が溢れそうになる。
パハンはアマルを抱きしめた。
この小さくか弱い温もりを守る事が、母の命を礎に自由を手に入れた俺の存在理由。
今までだって、変わらずここにあったはずなのに見逃していた。
自分が欲しかった物はもうここにあったのだと、リコが、教えてくれた。




