ナカツのダンジョン修行
「パハン先輩。俺、もっと強くなりたいんだ」
午後になって、パハンと探索に出掛けていたナカツが、やけに真剣な面持ちで口を開く。
ここ何日か、ただ黙って後をついてくるだけだったナカツが急に何を? とパハンは足を止めた。
「皆んなは、リコに、目を頂戴って言うけど、俺、俺は、リコの目になりたい」
ここ数日、パハンは子供達を連れて海の拠点の周りを探索するのに連れ出してくれるが、積極的にモンスターと戦闘させることはなかった。
単騎の鳥獣を狩りながらも、群れや少しでも子供が対処できないような魔獣に遭遇する場合は、戦闘を避けてその場を後にする。
今まで通りのダンジョン内で過ごす為の訓練方法を実行していた。
いつまで経っても戦闘訓練に積極的に参加させないパハンに、ナカツはとうとう業を煮やしもっと実践的な戦闘訓練をして欲しいと訴えた。
リコとリュコスと3人で沼地にいた時のように。
「リコだけじゃないっ、アマルや、ピオニや、パハン先輩も、俺、俺、もっと広い範囲に届く大きくて長い手足が欲しいんだよ!」
目に涙を溜めて、ナカツは言った。
「俺、わかったんだ。ここでリコとリュコスに守られてわかったんだっこのままじゃいけないって。俺が、リコやリュコスみたいにならなきゃいけないんだっ」
「あぁ、すまないっ! ナカツっ!」
パハンが立ち上がり、腿のホルスターから抜き出したカランビットナイフを薙ぐ。
いつのまにか襲いかかってきたタイガーを撃ち落とし、その首を刈る。
タイガーがドロップ品に変わった。
ナカツの手には、しっかりと[痴漢撃退棒(麻痺)]が握られていた。
強くなるには自分の命を餌に、向かいくる困難に立ち向かうしか、失敗したら死ぬ。残酷だが、それしかない世の中なのだ。
そんな事言えるわけがない。
「ナカツ。少しずつだ。急いでも直ぐには強くならない」
「でもっ」
こんな風に、何匹タイガーを倒しても、次から次に湧いてくる全てのタイガーをたった1人で殲滅させることはできない。ここは、その身が尽きるまで、襲ってくるモンスターと戦い続けなければいけない世の中なのだ。それをどう説明する?
パハンは小さく息を吐いた。
「ナカツ、タイガーは自分のテリトリーがあり、その中で単独で生活している。だから、対処できる。だが、襲ってくるのがウルフの群れだった時はどうする?」
俺達はリコのような魔法が使えるわけではない。パハンの言葉に、ナカツは、ガマの群れに殺されかけた時のことを思い出し、グッと奥歯を噛み締めた。
「5匹のウルフが襲ってきたとする。ナカツはその麻痺棒で何匹行動不能にする事ができそうだ?」
「3・・・2匹・・・」
「そうか。俺がやってみよう。手を出さずに見ていられるか?」
約束できるか? パハンは、俯き目を伏せるナカツの顔を覗き込むように確認した。
ナカツはこくりと頷いた。
パハンは、あたりをぐるりと見回すと、目を閉じて耳を澄ます。
「向こうに3頭ほどの群れがいる。わかるか?」
ナカツは うん。 と頷いた。2人で風下から移動して、十分に距離を取り【隠密】スキルを発動させて、木の枝の上から観察するように言いつけると、パハンは態と3頭のウルフの前に姿を現す。
ウルフ達は、最初驚いたようなそぶりを見せるが、直ぐに左右に広がり攻撃の陣形を取る。
パハンは、ナイフを構え、ググと身を縮め相手の初動に備える。
1頭目が身を低くしてパハンに迫る。牙を剥くウルフを交わしながら、パハンは巧みに相手に完璧な陣形をとらせる。
その間、思惑通りに2頭目と3頭目は、ゆっくりと左右に広がりながら距離を詰める。
背後に逃げ道を残しつつ、1頭目の攻撃をいなしていく。
2頭目の攻撃の兆しを感じ取った瞬間に、それまで防御に徹していた体勢を崩し、握っていたカランビットナイフで1頭目の首を刈る。飛びかかってきた2頭目を左手のナイフで刺し倒しながら、抑え込み、顔を上げるが、3頭目を見失う。
離れて見ていたナカツには見えていたが、背後に回り込んでいた3頭目は、完全に死角から音も無くパハンに飛びついた。
パハンは身を屈めてそれをやり過ごすが、前足で押さえ込まれつつも、腹側から喉元にナイフを引き上げた。
返り血を浴びつつ、フ と息を吐いて身を起こし、体勢を整える。
辺りにさらに襲ってくる敵がいない事を確認して、やっとナカツを呼び寄せ
「どうだ?」
と、聞いた。
3頭の死体が消え、ドロップ品に変わる。浴びていた返り血も一緒に霧散する。
「俺、俺には、無理だと思う」
ナカツは俯いて答えた。
「俺も、3頭が限界だと思う。しかもこれはかなり上手くいった方だ」
4頭以上いて、最初から死角を取られ、矢継ぎ早に攻撃されたら対処しきれない。とパハンは言った。
「だからまず1頭づつだ」
相手をよく見てよく知り、どう行動するのか予想する。まずはそれからだ。とパハンはキョロキョロとあたりを見渡し、その間も警戒を解かない。
「広く浅くで良い。よく見る事。だが、相手に知恵があると、それすらも裏をかいてくる。幸い俺達にはよく見える眼がある。よく聞こえる耳も。素早く動く事ができる肉体も。先ずは不利になる戦いにならないようにする事を覚えよう。俺達にはその知恵がある。相手を倒す事はその後だ」
ナイフをしまいながら、パハンはそう言ってナカツの頭に手を置いた。
「先ずは、狩られる側から逃れる事を身につけよう」
パハンの言葉に、ナカツは歯を食いしばって頷いた。
そこから何度か、単騎のモンスター探して狩っていく。
角ラビットから、ブル、ウルフを2人で倒して行く。
エイプの群れには近づかない。
そうして何日か過ぎた頃、今度はリュコスと2人で出かける事になった。リュコスは結界の側からあまり奥には行かない。いつも結界を囲むように移動するだけだった。
モンスターともあまり遭遇しないので、ポーションの材料や木の実の採取だけしていて、ナカツは、パハンとの訓練の内容を一方的にリュコスに話していた。
いつもはそれを黙って聞いていたるだけのリュコスだったが、その日は「・・・角ラビットすら数が多くなると対処が難しいからな」そう言って、リュコスがナカツの背に手を置いて指差した方向をナカツが見ると、遠くに3頭のブルが地面に落ちた木の実を食んでいるのが木々の隙間から見え隠れした。
「どうする?」
ナカツが顔を上げると、リュコスはブルから目を逸らさず問いかける。
「・・・良いの?」
「試してみたいのだろう?」
ブルは、ナカツの3倍ほどの大きさで、いずれも立派な牙がある成獣だったが、ナカツは迷わず[痴漢撃退棒(麻痺)]を握って【隠密】スキルを発動させた。
少し離れていた1頭目に[痴漢撃退棒]を突き立てる。四肢を伸ばし倒れ込んだと同時に、突然目の前に現れたナカツに、ブル達が臨戦体勢に入る。
突進してきた2頭目を、紙一重に身を交わし横殴りに[痴漢撃退棒]を突き立てると、3頭目は距離をとって嘶いた。ナカツはジリジリと間合いを詰める。
来る。
ナカツは身を屈め、突進してきた3頭目を跳び箱の様に飛び越えると同時に[痴漢撃退棒]を穿ち、くるりと回転して着地し体勢を整えるも、木の影から飛びかかってきたタイガーに押さえ込まれた下から顎に向かって両手で握った[痴漢撃退棒]を突き立てた。
「ヤッタ!!」
初めて1人でタイガーを倒した。喜びもあらわに直ぐに立ち上がり、膝立ちで身を翻すと、いつの間にか背後にいたリュコスが「まだだ」と、2頭目のタイガーが、痺れて動かないブルを前足で押さえつけている様を指差した。
タイガーは、グルグルと威嚇音を出し鼻に皺を寄せ、こちらを睨み見ると、押さえつけていたブルを咥え、引きずって森の中に消えて行った。
「・・・っ」
ナカツは2頭目のタイガーの存在を感知する事ができなかった。
「止めを刺せ」
リュコスの声に我に帰ると、サバイバルナイフで、ブル2頭とタイガーの喉元を掻き切る。
「なんでわかんなかったんだろう」
ドロップ品を拾いながら、ナカツが力無く項垂れる。
「あのタイガーは最初からブルを奪う事が目的だった。ずっと見ていたのだろう」
肉が出たな。リュコスはそう言ってナカツの頭に手を置いた。
いつから?
ナカツは下唇を噛んで「リュコスは最初から気づいていたの?」と聞く。
「いや。だが、ナカツはわからないだろうなと思った」
と答えた。
「だから、今日の事は内緒だ」
そう言って手をグリグリと動かした。
ナカツは、リコの様に鼻の頭にシワを寄せ、リュコスを半目で睨み見た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「・・・と、いう様な事がありました」
ナカツには「内緒だ」と言ったリュコスだったが、子供達が寝ついた後、その日あった事を報告し合う事が定番化した夜のミーティングで、正しく今日あった事を報告した。
「・・・やはり、無理だったか」
どんなに諭しても、自分にどれだけ力があるのか試したくなるのはわかる。パハンは普段自分が言含めている事がやはり無駄だった事に落胆した。
「子供は冒険したがる生き物だからねぇ」
リコは「ナカツめぇ」と表面上は怒っているが、その事自体にはあまり腹を立てている様子はなかった。リュコスもホッと息を吐いて
「だがやはり、知恵をつけている個体が出ている様です」
そう付け加えたリュコスの言葉に、さらにパハンが言い添える。
ダンジョンに知恵ある者が長く止まると、その状況に合わせるモンスターが出てくるのは自然の摂理なのだろう。
件のタイガーは【霧(極)】と言う、【隠密】の上位に当たるスキルを持っている可能性がある。とパハンは言った。主に野生の獣が持っている気配を消す能力だ。
「しかし武器を持たすことには反対です」
訓練の必要性を説いていたパハンではあったが、戦う術があるという事は、結界から弾き出される結果も同時に招きかねないのだ。
このダンジョンに居続ける事を前提にするには、矛盾している事と分かっているだけに悩ましい。
「やっぱダンジョンの中に長くいるのは良い事じゃないのかなぁ」
とは言え外での訓練には付き合う事ができない。壁で囲まれた街にいる方が安全な事はわかりきっている事なのだ。ただし、モンスター以外の問題が多すぎる。それらに対応する事が、この世界に無知な自分では手も足も出ないだろう。リコが唸る様に言い漏らす。
「う〜ん・・・どうしようかぁ?」
「他と同じく、様子見するよりないでしょう。今日の件でナカツも自分の実力を思い知ったでしょうし」
リュコスの応えにリコは半目で「子供に厳しいなぁ」と不満を漏らす。
「戦ったり、逃げたり? そうゆう事は教えられるけど、私らじゃやっぱ、子供に対するメンタル面でのケアがポンコツなんだよねぇ」
大学に行けていればそうゆう事も、あるいは学べていたのかもしれないけど。と、リコはまたしても歯噛みする。
一見、常識があるパハンですらまだ17才の子供なのだ。とリコは「親」の偉大さを思い知った。
「親がいないって、やっぱマイナスなんだなぁ」




