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テトとピオニのお散歩




 最初に結界を出たのはテトとピオニの2人組だった。


「子供は冒険したがる生き物なのだ」


 と、リコは分かっていたが、まさか最年少とは。いや、最年少組故の無謀さか。

 生粋の精霊テトが一緒にいるせいか、なぜかピオニは森でモンスターに襲われないナニカがあるようで、偽装が解けた今、他の子供達に輪をかけて、モンスターに対する危機感が薄かった事を大人組も自覚していた。


「どうする? すぐ追って連れ戻す?」


 ゴーレムなど、分かりやすい方法で監視するのは容易いだろう。だが、それでは自立の訓練にはならない。あくまで子供の自主性を尊重したいリコが、パハンにお伺いをたてると、パハンは困ったように眉間にシワをよせた。


「結界の周辺を巡るぐらいなら少し様子をみましょうか?」


 今は昼間、結界近くにあまりモンスターは寄ってこないようだし、「リコは、遠隔で2人やその周辺を認知する方法があるのですよね?」パハンがリコの〈索敵〉魔法について質問する。


「うん。2人の位置はバッチリ捕捉してるよ。周辺にモンスターはいないし、距離もまぁ十分声も届くだろうし」


 リコが、皆には見えない何かを見ながら「大丈夫だとは思うけど」と何やら操作している。


「一応、何をしているのか目視しておきましょうか」


 それより奥へ行くようだったら止めます。そう言ってリュコスが立ち上がった。

 リコが驚いた顔をして、リュコスを見る。


「?」


 リュコスは、そんなリコの様子に、なんだろうか? と言葉を待った。


「・・・・・」

「・・・・・」


 2人でしばし見合った後「・・・いや、なんでも無い。気をつけて」スンと表情を戻し、リコが目線を外すと「?」首を捻りながら、リュコスはそう離れていない2人の気配を追って家から出て行った。


「・・・リコも、見たかったですか?」

「いや、リュコスが、自らあんなこと言うなんて、なんか、意外で」


 パハンは「行かないのですか?」と言葉を続けたが「リュコスの自主性も大事にしたい、かも」と、初めてのお使いさながら〈探索〉マップに意識を向ける。

 パハンは フフッ と笑って「では俺は他の子供達から話を聞いてきます」と居間を後にした。



 結界を出たり入ったりしながら、鼻歌を歌いテトとピオニは森の中のシャボの実の採取を、

マグカップ片手にしていただけだった。


「この結界は不思議だね? リコはどうやってこれを管理維持してるんだろう?」


 テトが、結界の膜に手を入れたり出したりしながらピオニに話しかける。


「リコはシャボン玉と言っていたのよぉ」


 ピオニは、手に持っていたシャボの実をひとつ潰して、グニグニと揉み込むと、指で輪っかを作り、そこに張った膜に フーっ と息を吹きかける。

 膜はシャボン玉に代わり、フワリ と空に舞い上がった。


「「わぁ!」」


 2人でそれを見上げると、集まってきた小さな妖精達がそれに群がる。

 するとシャボン玉は パチン! と直ぐに弾けて消えた。


「ね? リコはどうやってるんだろうね? ね?」


 ピョンピョン飛び跳ねながらピオニはさらに一個また一個とシャボン玉を飛ばしてゆく。


「吐く息に風の魔力を込めてみたらどうだろう?」


 テトが、ピオニの作る小さな指に張った幕に、ゆっくりと息を吐きながらシャボン玉を作っていく。

 一際大きく出来上がったシャボン玉は、それまでより高く空に飛んだ。


「わぁぁぁっテトすごーい!」


 2人で上を見上げてシャボン玉を追っていくと、ドスンっ 急に目の前に現れたリュコスにぶつかった。


「見ろ」


 鼻を抑えるピオニに、リュコスがそう言って少し離れた木々の隙間を指さすと、目が合ったウルフが木の影に隠れた。


「おぉ、食べられちゃうとこだった」


 テトが笑いながら、リュコスに縋りついたピオニを揶揄うと


「丸呑みだ」


 そう言って、リュコスがピオニの頭を撫でた。

 ピオニはキラキラと目を輝かせてリュコスを見ると


「ひとのみか!?」


 と聞いてきた。

 リュコスは眉間にシワをよせて、何を言っているんだ? と、ピオニを見返した。


「それじゃ美味しく無い。リコも言ってたろ。よく噛まないと味わえない。僕の言った通りだ」


 テトが目を瞑ってウンウンと頷きながらそう言うと


「それは痛そうだ」


 ピオニがなぜかしょんぼりと首を傾けた。


「ひとのみにしてくれたら、僕がその腑をモグモグしながら出てこられるのに。その前にモグモグされたらお腹には何が入っているのかわからないでしょぉ」


 ピオニはモグモグと口を動かしながら何かを考え込むようにリュコスの手を握った。

 リュコスは、2人が何を言っているかわからなかったが、その手を繋いだまましばらく好きなように歩くテトとピオニに付き合った。


 しばらく歩いて、浜辺につくと、あ、と思い出したようにリュコスは言った。


「子供だけで、勝手に結界の外に出てはいけませんと、リコ様に言われているはずですが?」


 リュコスの言葉に、ピオニは「あ」と言う顔をしたが、テトは「勝手に出てないよ? リコは僕たちがどこにいてもわかるでしょ?」と、不思議そうに答える。

 リュコスは首を振って「いいえ。リコ様にはわかりません。リコ様は、皆の事を常に監視しているわけでは無いのです」と答える。


「なんで?」

「おそらく、テトもピオニも奴隷では無いからです」


 テトの疑問にリュコスは澱みなく答えた。


「おぉそうだった。もう自由だった」


 そう言ってテトはクルクルと円を描きながら舞い上がってゆく。が、直ぐに足をリュコスに掴まれた。


「なので、手の届かないところには行かないでください。リコ様が泣いてしまいます」

「泣くの!?」

「泣きます」


 不安げに見上げるピオニに、リュコスは「男子は女性を泣かせていけませんとパハン先輩達に言われていませんか?」と聞きかえした。


「そうだった」


 ピオニがキリっとした顔で頷いた。


「そうなのか」


 テトが地に降りピオニの空いている手を握る。


「でも、僕ね、いつかね、テトの国に行くんだ。僕を待ってる人がいるんだって。でも、そおしたらリコは泣いちゃう?」


 見上げるピオニにリュコスは眉を下げて「泣きます」と答えた。


「そっか、どうしよう」

「一緒に来ればいいんじゃんか? リコなら歓迎だ。大歓迎」


 テトが笑ってそう言うと、ピオニはリュコスの顔を見た。


「リュコスも来るか?」


 リュコスは「俺は・・・多分そこにはいけません」と、首輪を指さして答えた。


「でもそれじゃぁリコはきっと泣く」


 再びしょんぼりと項垂れると、3人でまた歩き出す。

 浜辺にサクサクと砂を踏み締める音だけが響く。


「呼んであげようか?」


 テトは、ピオニの手を離すと、2人の前に回り込んでリュコスの首に手を伸ばす。

 リュコスは無言でテトをみつめる。

 ピオニが何やら歌い出し、テトのかざした両の手に光が集まり出す。

 周りの妖精達が集まり、光の玉がより一層輝きを増すと、そこから手のひらサイズで人型の、背に黄金の翼を生やした精霊が現れ出た。


「願いを叶える代わりに魂を差し出す用意ができたか」


「俺には魂が無い。差し出せるものがない」


 リュコスがその精霊に答えると


「では代わりにお前の愛しい者の魂を頂く」


 目の前の美しい精霊の口端が、薄く切れ上がっていく。


 しまった。


 リュコスがそう思った瞬間、ピオニが、ピョン! と飛んで、バクリ! その精霊を口に入れ、くるり! と宙返りして着地のポーズを決める。

 リュコスが驚愕も露わに目を見開いてピオニを見ると、「またハズレ。悪い精霊。お(しお)味」と、ピオニはモグモグと口を動かしながら言った。


「またハズレ」


 テトはかざしていた手を下ろし「残念」と浜辺を歩き出した。






「・・・と、言うような事がありました」


 無事に家に帰り着いたリュコスの報告に、パハンとリコがもんどり打ってテトとピオニに駆け寄る。


「テト!? テトは精霊召喚ができるのか!?」

「ピオニ! どこもなんとも無い? お腹は大丈夫!?」


 アワアワと、リコがピオニの身体中を撫でさする。


「しょっぱかった。リコのプリンの方がずっと美味しい」


 ピオニが あ と中を見せるように口を開ける。


「だ、だ、大丈夫なの? 問題ないの?」


 リコはパハンに聞くが、パハンは「わかりません」 ブブブ と首を横に振る。


「ど、どうしよう?」

「わかり、ま、せん・・・ギルド長に、相談、して、みます」


 そう言ってパハンは慌てて街に戻った。


「テトはよく精霊を呼んでるの?」

「呼ぶのはピオニ。僕は“開く”だけ」


 開く? リコの問いに、妖精や精霊が使う小径につながる穴を開けることができる。とテトが答える。


「それでどうして、ピオニが精霊を食べ、食べちゃうの?」

「呼べば誰か来るけど、帰ってくれないの。だからテトが食べても良いよって言うんだけど、いつもハズレばかり。シオツチは美味しそうだった」

「え? アレも食べれちゃうの!?」


 ハズレ? どゆこと? リコはピオニの頬を モニモニ と撫で揉みながら確認すると「精霊は小さくなるから今でもなんでも食べれる。大きくなったらお口も大きくなるかぁら、そおしたらリュコスも、リコも、食べちゃうぞ!」そう言って、キャハハと笑いながらリコの手に食いつき、モグモグと甘噛みするが、「・・・やっぱりまあだ無理みたい」と残念そうな顔をした。リュコスが眉間にシワを寄せる。リコはハッと表情を整え、ピオニの前に座り直す。


「・・・痛いのは嫌だなぁ。どうしよう。あ、そうだ、私が食べられちゃうと、もうプリン食べられなくなるよ?」

「あ! そうだった!」

「ピオニ! リコは食べちゃダメだかんな!」


 テトとピオニが ウンウン と頷き合う。


「リュコスは?」


 ピオニが、リュコスに向かって あ と口を開けた。


「どうして食べるの? お腹空いてる?」


 リコが慌ててコチラを向かせると、ピオニが答えた。


「食べると強くなるよ。だからたくさん食べなさいってお母さんが言ってた」


 リコは嫌な予感がして、腹に力を込める。


「ピオニは、今までに誰か、どこかで、人を、食べた?」

「森で、お母さんを、食べた」


 ヒュ とリコの喉が鳴る。


「違うよ。食ったのはピオニじゃ無いよ。森にいたのは赤ちゃんの時だろ? 赤ちゃんは歯が生えてないし、肉なんて食えないよ」

「でも僕、お母さんのおっぱいをモグモグしてたよ?」


 間髪入れず否定してくれたテトを、リコは眉尻を下げて祈るように見る。テトは見ていたことの様に「本当の事だよ」とリコに優しく笑いかけた。それを聞いてリコが両手で顔を覆い唸る。


「ピオニ、赤ちゃんはね、お母さんのおっぱいから出るミルクを飲んで大きくなるの。お母さんのおっぱいを食べてたわけじゃ無いんだ。だから、ピオニはお母さんを食べてない」

「そうなの?」

「人なんか食べちゃダメ。お腹壊すよ。他に美味しい食べ物はいっぱいあるんだから、ピオニには人なんか食べないでほしいなぁ」


 人を食べると死に至る病気になるの。と、リコは言った。


「そうなの?」

「本で読んだ。怖い病気だよやめといた方が良いよ」

「そっかぁ。じゃぁリコのおっぱいくれる? 僕、また飲みたいの。甘くて、美味しかったんだと思うんだけどぉ、お母さんじゃなかったみたい。忘れちゃったの」

「あぁ〜おっぱいは赤ちゃんがいる『お母さん』しか出ないんだよねぇ」

「そうなの?」

「そうそう。でもって赤ちゃんが大きくなると出なくなるから、みんな忘れちゃうんだよ」


 だってみんな大きくなるでしょう? リコはそう言ってピオニの手を握る。


「その代わり、たくさん出て困ってるお母さん牛に分けてもらったミルクがあるんだけど、それ飲んでみる? 美味しいと思うよ」


 どうする? リコはそう言って握っていたピオニの手を持ち上げてじっと目を見つめた。


「うん。僕、それ飲んでみる」


 ピオニがピョンピョンと飛び跳ねた。

 リコはピオニの手をひいてソファーに座らせ「ちょっと待っててね」と台所に向かい、流し台に両手をつくと、ザーと水を流しながら、フハー と大きく息を吐いた。


「子供ムズイ」


 何にもわかんない。どうして良いかも。

 モヤモヤしながら、鍋に牛乳を注ぎ、弱火で クツクツ と煮立たせ、火を止めたら、しばらく鍋をクルクルと回し、60℃まで冷ましてから、温めたマグカップにそそぐ。


「リュコス、みんなにオヤツにしようって声かけてきて」


 手を洗ってね。と言い添えて、【買付】で、ミスドのドーナツを買おうとして、ふと手を止める。ドーナツは、オヤツに食べるにはちょっと重いのよね。


 準備を手伝ってくれていたサラから「ピオニは昔から精霊の国に行く」と言っていた。と聞いて、どうしたものか。とリコが唸っていると、サラも、一緒に考えてくれた。


「精霊の国に行けるのに、どうしてこちらにいるのかしら?」


 精霊の国ってどんなところか知ってる? と聞くリコに、サラは、知らない。と答えるが、少し迷ったあと、こう答えた。


「獣人が死ぬと『精霊の国に還った』って言う事があるんだけど、その国とは違うと思うの。テトの元いた国って言ってるし、死んだ後に行く国は、行ったらもう2度と戻れないって、みんな知っているわ」


 なるほど。常世と現世の様なものだろうか? さしずめピオニは“神隠しにあいやすい子供”と言うところだろうか。


「でもね、向こうのほうがいいんじゃ無いか? って思っちゃう時もあったの」


 サラの言葉に、引き戻されて、リコは「じゃ何でテトはここにいる?」と、考えた。

 向こうには多分料理という概念が無い。なんならマナがあれば食べなくても平気だろ。

 もしかしてテトは、ピオニに付き合って食べているのでは無いか。ピオニがここにいたいと思っているから、向こうへ行かないだけなのではないか?


「でもね、今はここにいたいなって、みんなと一緒にいたいなって思うの」


 サラの「ピオニも一緒に」と言う素直な答えが、リコの中で腑に落ちた。

 なるべくこちら側の(よすが)を強くしておかないと、あちらを選んでしまうのだろう。

 別にそれは、どちらが良いかと言う話ではないのだ。

 子供には、何がどうあっても、行きたいところに行く自由がある。それならば、一緒にいたいと思うこちら側にしかいられない者がすべき事は決まっているのだ。

 リコとサラは、見合って頷きあう。


「「これから毎日、美味しいものをいっぱい作る事にしよう」」



「優しい王様のお話してくださーい」


 そんな2人の心配を知ってか知らずか、ピオニは、ミャギ王国 初代国王 ロウエス・キングス・トールキン 賢王の話をパハンにせがんでいた。

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