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イナバとシロのドレス作り




 イナバに大量の生地と、裁縫の道具を渡してからというもの、イナバは服作りに夢中になっていて、それはそれは恐ろしいほど集中し、それこそ寝食を忘れて服を作り続けるので、観ているだけで楽しい手の速さになっていた。


 でも、これはいけない。と、リコはタイマーをかけ、必ず作業を中断させることにした。


「シロ! なんでイナバに無理させるのよ!」

「だって、こんなに楽しそうなのに途中で止めるんてできないよ」


 でもこのままじゃいつか体を壊しちゃう。

 わかる。わかるよ。

 リコはその身を持って、クラフトに夢中になる気持ちに理解を示した。

 でもそうやって体調を崩しちゃなんの意味もないんだ。


 イナバはまず、自分がもらった水色のワンピースと、全く同じものを試行錯誤の末、1人で作ってみせた。

 それをバラして型紙をおこす。

 次に、その型紙を直して、大きさの違う型紙を用意した。

 そうして、レト、アマル、サラ、リコの分もお揃いのワンピースを作り上げた。


 これにはレトが思いのほか喜こんだ。

 はにかみながらそのワンピースを着てクルクル回りながら喜びを露わにする少女の姿に、イナバの心に電撃が走る事になった。


「ありがとうイナバ。凄く、嬉しい。エヘヘ」


 レトがお礼を言うと、イナバはカッと目を見開き、刺繍の施されたリボンを引っ掴むと、やおら立ち上がり、その感激を、バタバタと音を立てて、走ってリコに伝えにきた。


「リコ! わかった! キタ! 私も電気を感じた! 凄い! バリっときた! アレは凄い! 素敵! ワタシ、作らなきゃいけない! 服をたくさん! 女の子に服を着せるのが私の使命! ワタシ作れる! 次々にいろんな服や装備のアイデアが頭に浮かぶ! 女の子に服を着せるのって凄い!」


 このリボンにも、何か魔法を付与する刺繍をすれば、それだけで低コストな装備になる! と、それまでのイナバとは思えないほど勢いよく捲し立てる様に、「お、おぅ・・・」リコはドン引きしつつ、落ち着け。落ち着け。と、耳を撫でながら「同志よ」とその手を握った。


「凄いよイナバ。どれもこれも立派な売り物になるよ。それも相当価値ある物だ。だって今までに無い物なのだから」


 これはみんなが欲しがるよ。こんな短期間でイナバはすごいなぁ。と、リコは大袈裟なほどイナバを褒め称えた。


「でも」

「ハァハァ、ごめんなさいリコ。これでお金を稼ぐ事ができれば、私でもみんなの役に立てる! これは“素晴らしいことです”でしょ?」


 イナバはこれまで、生きることに意義を感じる事ができなかった。

 言われるがまま日々が過ぎていくのを、ただ流れに身を任せてされるがままでいた。

 自分の人生なのに、選択できることなど何も無く、何かを諦観する様にただぼんやりと眺めていただけの自分の人生が、にわかに自分の手に握られているその艶やかなリボンが、何かを掴み引き寄せるのを実感すると、これからの日々が急に色付き輝きを増して意味あることの様に素直に思えた。


「これが《祝福》?」


 イナバはその手を開いてじっとその手のひらを見つめた。


「人はね、自分のためだけに生きるのには限界がある。だから、誰かの為に何かできる事があると気づけた者だけが、この先の人生に色が付くんだって」


 リコは「私はそれを、あなた達に教えてもらった」と、ニッコリ微笑みをむけた。

 この瞬間を、焼き付けるように目を見開いたイナバは、その艶やかなリボンを胸の前で握りしめ頷いた。




 まずは模倣。そこからイナバは寝ずに何枚も同じ服を作り、それにフリルを足し、ひだを寄せ、刺繍を施し、デザインを次々変え、ロッドで与えられた様々な生地を使い切るまで服を作った。

 そして、気絶する様に倒れ込むと、そのまま起き上がる事なく二晩寝倒した。

 リコの心配をよそに、その寝顔は微笑みを湛え、健やかだった。

 そして冒頭に戻る。


「んもう!」


 リコは「ゴメンゴメン」と笑うシロに、次からは気をつけてあげてよ! とお願いして、新たな生地を【買付】け出すと、「次またこんな事になったら、もう材料出してあげないからね!」よ、言いつつも、倍の量の生地や縫製についての本を並べ積み上げた。


「この子も、これからはきちんと自分の人生を生きる事ができるね」


 シロはそう言って、その柔らかい笑顔を眠る妹に向ける。


「こりゃまだまだしばらく妹からは離れられないかもね」


 リコはそう言ってシロに手を出し「触る?」と聞いた。

 シロは首を横に振って「ありがとう。リコ」笑い返した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「レイスの討伐の仕方って『成仏』なのかな?」


 リコは、通常のモンスターとしてのレイスの倒し方をリュコスに聞いた。


「レイスはアンデット系モンスターの中でも上位の種で、そう遭遇するモンスターではないのですが」


 物理攻撃は一切効かず、神官が祝詞をあげて光魔法で吹き飛ばすのが一般的です。ドロップもないでしょうし、深追いはしません。と答えた。


「・・・それって念仏?」


 リコは、自国では、迷える魂に神仏の言葉を唱えて輪廻の輪に返す方法がある。と『一般的な除霊の仕方』を伝えてみた。


「リコ様の国には魔法が無い。と聞いていましたが、レイスに似たモンスターがいるのですか?」


 リュコスの疑問は最もだ。


「う〜ん、なんて言うか、気休めなんだよ。霊魂って概念はあって、その多くは生きてる人間に問題があるの。霊障って言って、何か悪い事があると、恨みを持って亡くなった魂のせいにするって言うか」


 そうなんだよ。魔法はない。無いんだけど、いわばオカルト的な現象を、マナが無い世界“現実”ではどう説明すればいいかわからない。

 それは確かにあって、誰かの単なる妄想では無いのだ。


「無い事なんだけど、在るのよ。人の心は向こうの世界でもコチラと変わらないの」


 なんでも魔法として処理できる分、こちらの方が明確な対処方法があり、むしろ具現化しやすいのだ。


「そう、便利なのよ。魔法は」


 なんでも魔法で片付けられる。マナの溢れるダンジョンの中にいる今の方が、考え方も対処法もシンプルなのだと、リコは眉を寄せて説明を試みる。が、随分乱暴な考えだと自覚はあった。


「昔は日本も魔法や神秘に溢れていたって言われてるんだけど、科学が発展するに従ってその知識も常識も失われたんだと思う。わかんないけど〜」

「リコ様のいた世界は複雑なのですね」


 リュコスはそう言うが、科学の進歩は人類の進化に直結するはずはずなのに、魔法を失う代わりに得たものがアレなのかと思うと、それは到底進化と喜べる気がしない。と、残念な気持ちになった。

 暴力が無い世界とは言い難い。

 なぜ自分がこちらに来ることになったのか鑑みると、こちらに比べて平和だと、言い切る事なんてできやしないんじゃないか。と、リコはため息を吐いた。


「神官しか、レイスの退治ができないなら、神殿との接触を避けていれば、シロが無理やり消滅させられちゃったりしないって事かな?」

「リコ様は、あのレイスが討伐されるのが嫌なのですか?」

「シロとイナバがそれを望んでいないなら嫌だよ」


 あのレイスって呼ばないで。とリコは言った。

 この世界は、魂がある者が個々で選択できるシステムが働いている。

 なんて説明していいか難しいんだけど。とリコは話を続けた。

 それを書き換える事は容易いが、すでに正しく動いている独自のシステムを、外から無理やり変えたく無いのだとリコは言った。


「その力が有るか無いかって話じゃ無いの。人は生まれた瞬間から自分の人生を自分で自由に選択する権利がある」


 誰でも。と、リコはリュコスをみた。


「自分で考え、自分で選択できる生き物は、その全てが独自のシステムで見事に動いている」


 それらが絶妙なバランを保ちあって、この世界は回っているのだ。


「私たちの世界では、それを奇跡って言うのだけど、こっちにきて実感してる。そんな世界で私ができる事ってなんなんだろうなぁ」


 これが神の所業というなら、なるほど、神が敬われる存在になるのも頷けるというものだ。




 朝になって、いつもの様に朝食の支度に部屋を出ると、


「みて! リコ! 戦闘服も作れた! ズボン! 正しく縫えた! これにヤツノに魔法付与を頼めば、私達の力でリュコスと同じ装備がたくさん作れる!? これも売り物になる!?」


 待ってました! とばかりに、徹夜明けのイナバが満面の笑みでリコに駆け寄った。


「なるほど。子供には、強制的に『ほどほど』を覚えてもらう必要があるのな?」


 リコは、興奮しながらその機構を説明するイナバの後ろで、笑っているシロをジト目でにらんで、仕方ないなぁ。とその出来上がりを褒め称えた。

 リコは、こちらにはまだない元いた世界のブラとショーツ作りを提案する。今みんなが喜んで使っている事を考えれば、市場調査の済んでいないドレスや衣類より、需要があるだろう。


「そうだね! これならみんな欲しがるし、布が少なくて済むから沢山作れる!」


 即座にコストのことまで言い出すあたり、イナバには縫製が向いていると思う。

 鼻息荒く肩を回して早速デザイン画を大量に書き出すイナバに、シロと顔を見合わせて苦笑いしつつ、これは街に出て、1番の即戦力になるだろうな。と、リコは「ほどほどにしてください」とイナバの耳を揉みしだいた。

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