ヤツノと金の指輪
覚悟を決めた休日からしばらく、アマルはゆっくりではあるが、家の中ではほぼ自由に歩き回れるようになっていた。
頃同じくして他の子供達も、それぞれ嗜好が顕になって、今後の生活の糧を得るために何を生業にしていこうかと言う目処が立ち始め、1人でもスキルで金属加工ができるように成長したヤツノが自作のレシピノートを手に聞いてきた。
「リコ、何度試してもわからない文字列があるのです」
ヤツノに言われた文字をみて、あ、と気づいたリコは、原子周期表を取り出した。
ヤツノに説明しようと、こちらの言葉に翻訳しているつもりで描きながら表を見せる。
ところが、アルファベットは、そのままアルファベットが書かれるが、魔法陣にすると絵としても文字としても認識されないようなのだ。
「これがどうゆうゆうことかわかる?」
「さっぱりわかりません。記号を真似ても魔力が繋がらないのです」
ヤツノは見たままを描いて魔法陣に魔力を流してみるが、アルファベットがある部分で途切れてしまい魔法陣全体に魔力が巡らない。
「あ〜なるほど、元素記号から実物のイメージがリンクできない、のか?」
何度か試してはみたが、結局リコの【魔法創造】のレシピはヤツノには再現ができないと言う結果になってしまった。
「ごめんヤツノ〜なんでも教えるって言ったのに〜」
日本語が母国語の日本人の全てが、外国人相手に日本語教師になれないのと同じ事なのだろう。
大学に通ってきちんとした知識を身につけ、さらに教鞭をとれるほどに学べていたら、もっと上手に翻訳できたんだろうか。
リコはまたしても進学できなかった事を悔やんだ。
いや、これは翻訳って能力じゃないのか?
そもそもこちらの魔法陣の文言は長すぎる。一物質をやたら形容詞で飾り立てているのだ。
これでは素材を余計に使うし、発動も遅いし、「金 Au」鉱物イメージってどうやって伝える? あぁ、だからいちいち「朽ちる事のない不老不死の太陽」なんて書くのか? 略して「金」じゃだめなの? 効率が悪い事極まりない。
一つ一つ取り出して見せて、性質や特徴、何に使われているかとか説明したて素材に慣れ親しんでもらうとか、、、あ、ダメだ、これも日本の知識が基準だ。
そんなことしたら、こちらの素材の扱いに影響が出てしまうかもしれない。
日本の知識に感覚を合わせるのは、二度手間になってしまいかねないじゃないか。
[錬金術師の手記]以外の魔法陣を教えるべきじゃなかったとリコは気づいた。
例えていうと、日本人は英国を「イギリス」と言うが、正しくは「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)」だ。
リコが描く魔法陣なら「イギリス」で成立するが、正式なレシピとしての魔法陣には「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」と書かないと「ブリティッシュ」や「スコティッシュ」の部分は反応しないだろう。
『魔法はイメージ』とはよく言ったものだ。
「んんんっ! 私、余計なことしちゃったかも!」
【翻訳】と言うスキルが、いかに特殊か思い知る。
そういえばコレも異世界人専用のスキルだった。
元いた世界と同じに考えること自体間違っていた。
ブツブツと独り言を発しながら、なんとか周期表を魔法で描きあらわせないかと、悔しがるリコに、ヤツノは胸が熱くなる。
「リコ、と、一緒にいると、自分が特別なんじゃないかって勘違いしちゃう。特別に愛されているんじゃないかって、嬉しくなる」
ヤツノはリコの手を取り自分の頬に当てる。
「僕、リコを塔に閉じ込めた貴族の気持ちがわかるみたい」
頬擦りしていた手に、もう片方の手が加わって、両手で顔をガシっと掴まれると、「あれ!? ねえ? ちょっと待って!? 原子と分子の概念がないのに、金から指輪の形に練り出したヤツノって超絶凄いんじゃないっ!?」ヤツノ凄い凄い! そう言って頭をガシガシ撫でられた。
「きっと【成形】がそうゆうスキルなのですよ。それでもリコの導きがなければこれほどのことはできなかったのかもしれません。リコには神以上の《福音》の力があるみたいだ」
されるがままのヤツノもクシャクシャに笑ってそう告げる。
「やだぁ私にそんな力はないけど、そもそも神殿にもそんな力は無いんだよ。スキルは多分みんな生まれた時には既に持ってて、神殿はそれを知る術があるから、管理するために鑑定しているだけだと思う。だから本当にすごいのはヤツノ。これは本当」
そう言って、髪型を直すように、ヤツノに頭を撫でる。
スキルや魔法は、自己形成が出来上がった後に覚えたほうが精度が高かくなるのか?
でも小さい時から反復練習していた子の方が熟練度は高そう、あぁでもそれはその子に良い師匠がいた場合ってことになるのか?
この世界の錬金術師や魔法師は、弟子にどうやって自分の技術を教えているんだろう?
「それはそのまま見て学ぶのですよ」
リコがブツブツ言いながら考えていると、ヤツノはさもありなんと答える。
「え?」
「錬金術師はレシピを教える事もあるでしょうが、魔法は見て学ぶのです。見せて、できない者はその実力が無いとみなされて終いです」
「へぇ。それはそれは」
何と非効率なことか。
まぁ、優れた職人が優れた先生になれるわけじゃないってのと同じなのかな。
「あれ? んじゃ、学校では何を教えてるの?」
「なんでしょうね?」
リコとヤツノがパハンをみる。
パハンは首を横にふって「知らない」とゼスチャーで答えた。
「こりゃ、普通の学校を作るより、職業訓練校を作った方が良いのかもなぁ」
「職業訓練校?」
「知る人が丁寧に教えた方が一度に多くの人を相手にできるのよ」
「それでは自分の仕事が滞るのでは?」
「講師。って教える事を仕事にする人を置くのよ」
その道のエキスパートがなるのが好ましいけど、講師、教師はその必要はない。と付け加える。
「錬金術なんて、特に知識の共有がより良いレシピの研さんに繋がると思うけどなぁ」
高い山ほど裾野が広いでしょう? とリコは言った。
「[モンジュ]の事と言い、随分と変わった価値観だと思います。優れたレシピは秘匿してこそ金になる。と、教えられていました」
パハンがリコの顔を見るとリコは間髪入れずに答える。
「だからそれ止まりなのよ」
同じ指輪を作るのでも、私とヤツノの使う【スキル】は違う。
これはどちらが優れているのか。という違いでは無く、同じ答えに辿り着くためには、そもそも同じやり方をする必要はない。と言う事の証明だ。
「なぜなら、同じ物質を手にしても、同じものが見えているとは限らないからだよ」
ヤツノの中にあるデザインはヤツノにしか具現化できない。
たとえ同じレシピを使っていても。
リコはニッコリ笑って言った。
「デザインでも付加価値をつけよう。ヤツノが美しいと思うものを形造って。思う存分」
周囲の魔力の高まりを感じる。
ヤツノは、一際真剣な面持ちで、テーブルの上に置いた両手の先にあるシンプルな[金の指輪]に集中した。
「ステキ」
リコはその仕上がりを見てホゥと息を吐いた。




