「一回休み」
「完璧!」
リコは、そう呟いて、息を吐くと、やっとリュコスの方をみた。
「みんなそろそろ起きるんじゃないかな?」
ただただリコの暴走に見惚れていたリュコスは、声をかけられて、我に返り、「よっ、呼んできます」と、家の方に走り向かった。
リネンの布巾を持って、テーブルに並んだナイフとフォークの輝きを確認しながら「やっぱり魔法って超絶便利だな」とリコは独りごちる。
この世界は、一見エントロピーの法則を無視している仕様にみえるのに対し、ガチガチの物理法則とプログラミングで構築されているような気がしてならないのだ。
魔法は、何をするにも必ず、空中を満たしているマナを消費する事で何かしらの現象を起こし、常に膨大なエネルギー消費が行われている。
元いた世界の方が、あいまいで、訳のわからない力がはたらく現象が多かったようにさえ感じる。
意思を持つ者が、何か魔法を起動させるにあたり、すべての現象のエネルギーがマナで賄われる世界で、殊更このマナにあふれたダンジョン内では、【鑑定解析】を持つ錬金術師や魔法使いは相当なチートなんじゃないだろうか?
リコは、ぼんやりと考えを巡らせる。
「違う。今日は休日だ。のんびりするのが目的だった」
答えの出ない考えを巡らせるのをやめ、息を吐く。
辺りに、波の音だけが響く。
・・・これは、音楽もあったほうが良いかな?
お手頃価格の弦楽器を数種類【買付】し、ゴーレムのレシピを応用して、楽器自体が自動で演奏するように【魔法付与】すると、楽譜も【買付】て帯状に【錬金錬成】し、用意した楽譜に合わせて、楽器が音をかなでるように動くだけの魔法陣を魔石に付与して魔力を込めるだけで完成。楽譜がそもそも音を奏でるプログラミングのような物だからなせる技だ。
「魔法使うと、初めて触る楽器まで弾けちゃうじゃん」
見栄えがするように、譜面台と同じく楽器に足をつけて並べる。
リコは、嬉しくなって、指揮棒を握って、腕を振り上げ、クルクル回りながら、折本型に変えた楽譜を巡らせ踊るように楽器を操る。
「そうゆうものだ」と思うだけで良いのだ。当然それ以上のことはできないが、今はコレで十分。いや、他と交わる気の無い引きこもりのボッチには、過ぎる楽しみだ。
「魔法スゲ〜・・・」
ふとオーケストラもいけるんじゃないか? と頭をよぎるが、今はクララのお婆さんがデルフリ村でひらいたガーデンパーティのイメージだもの。
音楽もそれっぽいものを選んで調節すると、ボリュームを下げて、体を左右に揺らし、生前好きだったケルト音楽“風”の演奏に聞き入った。
「あぁ、1日中好きな音楽だけ聴いて、思う存分引き篭もりた〜い」
ダウンロードはできないだろうし、音楽聴くとしたらCDかレコード、あれ? ゼンマイ式の蓄音機なら、こっちでも使えるんじゃない?
【買付】てみると、ある。結構色々ある!
凄い! しかも中古じゃなく新品があるのは凄い!
リコは結構なお値段のする蓄音機(新品)を購入して、レコードも数十枚買っておく。
「これは、後で1人で聞こう」そっと胸に当てそれらを【収納】すると、久しぶりにできた“次の楽しみ”に、すっかり気分が良くなってきた。
料理を作って心を整え、音楽を聴いて気持ちを上げて、次の楽しみに思いを馳せる。
あと残っているのは、作った料理を「美味しい」って食べてもらうご褒美だ。
「リコ! お姫様みたい!」
リュコスに連れられて、全員が浜辺に集まってきた。
「お姫様になるのはみんなの方だよ」
リコはニヤニヤしながらテントまでみんなを連れて行くと、着替えて席に着くようにエスコートする。
全員が着替えて着席すると、サラとリュコスが手伝おうと椅子から立ちかけるが、リコはそれを制して、1人で給仕する。
まずは、飲み物で乾杯して、カルパッチョを「さあ食べて」と並べる。
みな「「「美味しい!」」」「「「何これ!?」」」とおおむね良好。
次に、テルミドールとアヒージョ風のパリヌル海老と、ガレットをドヤ顔でテーブルの上に並べる。
「「「信じられない」」」「「「こんな美味しいものがあるなんて」」」それぞれにあげられる感嘆と賞賛に、リコは満足げに「そうだろうそうだろう」とニコニコで自分も席に座り、海鮮料理に舌鼓をうつ。
「あぁ、シーフードうんまいわぁ」
最後に、水分を切ったヨーグルトに、甘くて味の濃いデコポンソースをかけたデザートでしめる。
「これは、いつもの食事とちょっと違って、おもてなしの料理だったの」
リコは「ちょっと、やらかしちゃって、リュコスに迷惑かけちゃったからそのお詫びと、反省と、同じ事を繰り返さないように戒めをこめて、食材から用意しました」そう言って立ち上がると神妙な顔つきで頭を下げた。
「リュコス心配かけてごめんなさい」
また何かやらかしたのだな。ナカツが眉間に皺を寄せリコをみる。
「・・・リコ様が、謝る事など」
リュコスはうつむいた。
リコ様が、本気を出して何かをやると、到底敵わない。と、途端に自分は役立たずの木偶の坊だ。と、見せつけられているようで胸が締め付けられる。
こちらが心配したふりをして、自重するように言っているのも、そんな自分を見られたくないからかと思われていやしないかと、卑屈な思いに駆られてしまう。
それなのにこの人は、至らない己の所業を謝罪し、自分には、できないことも知らない事もまだまだあるんだと、だから助けてほしいと笑う。
きっと、俺なんかいなくても、むしろ、お一人でいる方が、、、
リュコスはモヤモヤと考え込んでしまったが、リコは「それでね」と、手を叩いて話を続ける。
「ちょうど光の日だし、このまま浜辺で日光浴しない? 今日は一回休み」
リコの提案にみんな「「「賛成」」」と喜んだ。
とはいえ、年少組はいつものようにアスレチックやボール遊びをして、疲れたら年長組と一緒に、ゴロゴロしながらテントで本を読んだりクラフトしたりと、あまりやることは変わらないのだけど。
アマルも、歩く練習は相変わらずするようだ。
「あ゙〜毎日こうやってだらだらできたら良いのになぁ」
リュコスも含めた獣人の皆様は、海に入るのはお嫌いのようだ。
お風呂はあんなに楽しそうなのに。
太陽は無いが、抜ける様な青空。
浜辺の方からは、子供達の声がキャッキャと楽しそうに聞こえてくる中、しっかりと紐をつけられたサップの上に寝転び、波に揺られながら、リコは独りごちる。
子供に腹一杯飯を食わせ、たっぷり睡眠をとることができる生活は、街に出たとて成立しているんだろうか。
ここで15歳まで安心を与えたとして、すぐに社会に出すことは残酷な事だろうか?
あれ?
獣人の子供だけ贔屓する事に罪悪感はないけど、不公平である理由が、自分のためなのは、この世界では悪い事なのかな?
リコはふと、死に追いやった以前の環境に、未だ囚われている自分に気づく。
「・・・善悪の選別が、いまだに日本の義務教育基準なのって、こっちで思考の方向を定めるのに邪魔だな?」
世間の善悪と、自分の好き嫌いは、切り離して考えるべきなのはわかっているけど、このバーチャル空間にも似たダンジョンの中では、自分の選択を優先させても、立場によってその意味を変える善悪なんて、なんの意味もないのかもしれない。
そう考え直して、こちらの仕様で過去を振り返る。
戦わなくては食うことができない。
戦わなければ食われてしまう。
食われたく無いのならば抗わなくてはならない。
もしかして、教室という狭い水槽の中で、私に嫌がらせしてきたあの子供達は、突然外からやってきた私に、食われるとでも考えたことがあったのだろうか?
すでにヒエラルキーが出来上がってる空間に、突然入ってきた異物に、恐怖を感じたりでもしたのだろうか?
「あぁ、そうか、弱者を虐めることで貪っていた快楽を、私が理不尽に奪おうとしたのか」
そりゃ、あの水槽の中じゃ、私が“悪い”って事になるのかもな。
しかもあの時は何も考えていなかった。
いじめられていた子を助け続ける気なんてさらさらなくて、ただあの瞬間目につく暴力が不快だったからやめさせたかっただけ。
そんなの、単にアイツらの餌を奪ってしまっただけで、教室の中で無法な獣なのは私の方だったのか。
そう考えると、自分らが日頃行っている事を思えば、さぞ恐ろしかった事だろう。
そして大学に上がれば、異物は増える。
もう自分達が馴染んだ環境の中で、誰かに与えられる餌を貪るだけの水槽にはいられない。
本当の獣ならば、与えられた餌を食って仕舞えばそれで終いだが、現実の教室では単なる小悪党のイジメと暴力で、今後は自分も餌になるかもしれないと恐れていたから、最後にやり過ぎてしまったのか。
あの子達は、私を殺す事で晴れて獣になれたのだけど、上手く隠し通して人間社会に溶け込めたのかな。
「かわいそうに」
殺されてしまった側の自分は、せめてそれを他山の石にして、この世界では、ただの獣にならないように立ち回ろう。
それにはまず、この世界のルールを知らなくてはならない。
幸いこちらのシステムはシンプルで、万能なエネルギーが単一なおかげか、設計者がワンマンなおかげか、プログラミングがすごくクリアに視える。
「とりあえず今自分にできることは、お金と[錬金術師の手記]を集める事かな」
そう決めると、目の前の霧が晴れたような気持ちになる。
相変わらず、太陽らしきものがないのに空は明るく澄んで、ぬけるように青い。
「いい天気だなぁ〜」
お昼は、海老とブロッコリーのベーグルサンドを食べる。
オヤツは、「子供には今日だけ特別だよ」と大人組だけが普段飲んでいる紅茶と、以前からやってみたかった、クレープシュゼットを披露して歓声を浴び、みんなでモリモリ食べて笑い合う。
午後には、楽器に興味を持った子ども達に、アコーディオンやバイオリン、様々な楽器をあげて、楽譜を用意して簡単な弾き方を教えると、あっという間に弾きこなしてみせるテトと、支えが無くても立って歩いて、自分の足で目的地にたどり着いて見せたアマルに、皆で拍手喝采をおくる。
「楽しい音楽と、ヒラヒラするスカートは、足を一歩踏み出す練習にとても適している」
と、その日の締めにアマルは言った。
本当に素晴らしい休日だった。




