本当は手を振りほどいてわたしの世界に戻りたかっただけなのに。どうしようもない感情が阻止してくる
ホブゴブリンの部屋に着いたと同時、ミリアは嫌そうな顔で自身の鼻を摘んだ。
入りたくなさそうな顔のミリアをわたしは強引に中へと引きずり込んだ。
ミリアは眉を中心に寄せて明らか不機嫌そうな顔でわたしを見てくる。
ここでようやくわたしはミリアの手首を放した。
「何するのよ!」
ミリアが突っかかってくる。
当然だよね、いきなりこんな場所まで引きずってきたのだから。
……分からない。
分からない分からない分からない。
脳がぐちゃぐちゃになる変な気分。
目に見えない得体のしれない化け物に頭を締め付けられている感じがして。
どうしようもないほど、身体から欲求を奪っていく。
わたしはただ視線を彷徨わせて、牢獄で動くターメリックへと目を向ける。
ミリアもわたしの目線を追いかけて息を大きく吐いた。
「そう、あんたも勘づいていたってわけね」
勘づいていた?
ミリアはわたしを置いて鉄格子に掴み掛かる。
目線は奥にいるうどんまみれのターメリックに向けて。
「あんた、ガーリックと視覚共有をしていたんじゃ」
「うどん……もう入らない。うどん……いやぁ……」
「答えて!!」
沈黙が訪れる。
ターメリックからの返答はない。
酷いうどんのトラウマを作られてしまったようね。
わたしはミリアに問いかける。
「視覚共有って?」
「その名の通り相手と自分の視覚を共有することよ。やり方は自分の魔力を相手の魔力器に合うよう調整して流し込む。それからお互いに目と肌を一分ほど合わせ、魔力を同調させる」
「共有するのは視覚だけ?」
「そうって言いたいところだけど、相手はガーリック。多分、あんたの神装が万全じゃないことに気づいているわ」
ミリアは悔しそうに歯噛みする。
いきなりそんな魔法みたいなこと言われてもってここ異世界だったわ。
確定はしていない。
けど答えを知っているターメリックは何も話してくれない。
それにしてもとミリアは続ける。
「魔力を同調させるって自分の身体に相手が入っているかのような感覚を得るのよ。それってつまり、自分の心を全て相手に曝け出しているようなもの」
それを出来てしまうほどターメリックはガーリックを思っていたのかもしれないと。
わたしはそんな話をしに来たわけじゃない。
自尊心を傷つけられた。
なら取り戻すための活躍をすれば良いのに。
なのにわたしはこんな場所にミリアを連れ出して、思い付きで至った考えに巻き込んで。
……自分で自分が分からなくなりそう。
ミリアがニヤニヤと顔で声を掛けてくる。
「にしてもあんた、今回は随分と自分勝手に行動したんじゃない?」
ミリアはわたしと手を繋いでくる。
順調とでも言いたげな瞳でわたしの額を指で突いてきた。
昨日の夜の出来事が頭を過ぎり、わたしは顔を逸らす。
わたしがこうなったのはミリアがいた影響?
そんなはずはない。
「わたしはただ……ただ……」
二の句を継げない。
わたしはただ、何をしたかったのだろう。
「もう一押しってところね」
ミリアは燻るわたしの手を掴んで走り出す。
今この手を振り払えばわたしは元のわたしに戻れるだろうか。
けれど、それをしたらもっと取り返しのつかないことになりそうで。
大人が子どもにやるような態度には全然思えなくて。
複雑な心境を抱えたままわたしはミリアに引っ張られてこの場を後にする。