女王と宰相は笑いながら世界を変える
ご都合主義な後日談になります。この話の為にサラリアのその後の設定を変えています。コメントで書いた洗脳を記憶喪失へ。新聞にあった静かな目を「これは取引よ?」と言っていた意志の強さがあったに変えています。
モンフィスは今日も鼻歌を歌いながら顔に濃すぎる化粧を施していく。口紅にした後は、んぱっと、口を一度すぼめて、前に出す。
「あらぁ~、今日は化粧のノリがいいわぁ。いいこと、ありそう」
弾むような声を出して、モンフィスは部屋を出ていく。そして、唯一の主の元へ向かった。
コンコンコン
モンフィスはサラリアの部屋を訪ね、部屋をノックした。そして、すぐに金の装飾がされた、レバー式のドアノブを下ろす。
「姫様。おはようございます」
挨拶をして一礼する。顔を上げると車椅子に乗って眉を吊り上げたサラリアがいた。
「モンフィス、遅いわよ!」
いつもと同じ時刻に来たのだが、いつも彼女はそう言うので、この言葉は彼女のなりの挨拶だ。だから、モンフィスは気にすることなく微笑む。
「姫様、すみません。次からは早く来ますね」
そう言うと、サラリアはふんっと腕組みをした。
朝の挨拶を終え、モンフィスはサラリアに今日の予定をつたえる。
「今日は魔物との通信会談が入っていますよ」
「あぁ、例のやつね。ふふっ。ついに泣きついてきたわね」
「そうですね。先の大規模な戦闘が引き金でしょうね」
それはバルバロスが千の魔物に打ち勝った戦闘のことだった。魔物たちは約束が違うと最初にこちらに文句を言ってきたが、モンフィスが突っぱねた。当時、サラリアも含め判断のできる王族は全て重体で生死をさ迷っていた。王宮大破という混乱の中、次期、宰相の地位を約束され、唯一動けるモンフィスに判断が委ねられたのだ。
王宮内でも、魔物との密約を知っているものはごく少数だった。だから、余計、モンフィスに周りはすがった。
魔物の一部は人間と同じ言語を使い、知性もあった。上位魔物と呼ばれる彼らは、怒号を飛ばしながらモンフィスと通信会談をしていた。
「我々との約束を破棄するのか! 人間風情が!」
「あら。申し訳ありません。選出した勇者が強すぎました。こちらの落ち度です。モウシワケアリマセン」
棒読みでそう言うと魔物の血管がブツブツっと切れるような音がしたような気がした。ちっと、舌打ちすると魔物は憎々しげにモンフィスを見据える。
「そちらの落ち度と言うわりには、王宮大破を我らのせいにしたではないか。魔王殺害の報復などと最もらしい理由をつけて」
「あら。魔王討伐の契約は隠されたもののはずです。公にするのは双方にメリットがないと危惧した結果ですが、御不満でしょうか?」
モンフィスの言葉に魔物はブルブル震えて、近くにあった机を殴り粉砕する。
「人間どもめ……滅ぼしてやろうか」
その一言にモンフィスは笑みをやめ、鋭く魔物を見据える。
「破壊しか能のない愚鈍共め、全面戦争もする気か。我々の力を見くびるな。我らの魔法は貴様ら滅ぼす為に発展してきたのだぞ。その全てを叩き込んでやろうか」
魔物が憎々しげに表情を歪めると、モンフィスはいつもの笑顔を見せる。
「ここで言い争っていても仕方ありませんわ。勇者を探したらどうですか? 私たちではお手上げの人ですけど、そちらならなんとかなるんじゃないんですか?」
そう言うと魔物は激情して何か喚いていたが、モンフィスは素知らぬ顔をして、意見を曲げなかった。
通信を終えて、モンフィスはふぅと息を吐き出す。
――ちょっと感情的になっちゃったわ。大丈夫かしら、バルちゃん。
共謀した元パーティーメンバーを思い出す。しかし、彼ならきっと不敵に笑って、こう言うだろう。
”――魔物は全部俺が潰すと言っただろう?”
それがどれだけ困難だとしても、モンフィスの前で彼はもう弱音を吐かないだろう。
「うまく生き残りなさいよ。二人とも」
そう呟き、モンフィスはその場を去った。
そんな経緯をサラリアは知っていた。だから、彼女は次に魔物が交渉することも分かっていた。
「どうせ、勇者を捕獲するのを手伝えって言ってくるんでしょ? 自分の無能を棚に上げてどの口が言うんだか」
「あら。それなら、アタシたちも無能ってことになってますわよ?」
「無能じゃないわよ。わざと、逃がしてあげたんだから」
ふんっとサラリアは口をへの字にする。それにモンフィスはふふっと笑った。
「写真で見ただけだけど、強いならせいぜい暴れてくれればいいわ」
サラリアは大して興味なさげに言う。それにモンフィスは一抹の切なさを感じた。サラリアはバルバロスとラヴィの記憶がない。旅の記憶も。それは、モンフィスの喪失の術によるものだった。
サラリアは目覚めた時、ラヴィ、ラヴィと泣いて手が付けられなかった。だから、モンフィスはうっとりと微笑んで彼女に術をかけた。
「姫様……ラヴィのことは忘れましょうね……」と言って。
サラリアにとってラヴィは初恋の相手と言ってもよかったのかもしれない。淡く凶暴な恋心をラヴィに抱いていた。それを奪うことに罪悪感があった。
それでも、モンフィスはサラリアが側に居てくれることを願ってしまった。
モンフィスにとって、サラリアは唯一であり、絶対だから。
そんなドロッとした黒い思いを抱えながら、モンフィスはサラリアを見つめた。
「はぁ、それにしても、魔物だけが本当に邪魔ね。他の邪魔者は全部、消えたというのにね?」
ふふっと笑いながら、サラリアはモンフィスを見つめる。
「ねぇ、モンフィス」
「なんですか?」
「おじいさまも、お兄様たちも殺したのはあなたでしょ?」
三人は重体となって命はとりとめていた。フルポーションがあれば、生きているはずだ。しかし、彼らが居るのは土の中だ。モンフィスは何も言わないが、サラリアには分かっていた。
モンフィスは慈愛に満ちた眼差しを送り、主に膝をつく。
「姫様が望みはアタシの望みですから」
うっとりと愛を捧げるとサラリアは頬を高揚させてモンフィスに抱きつく。
「あぁ! モンフィス。あなただけよ。わたくしを理解してくれるのは!」
サラリアは無邪気な子供みたいにモンフィスに小さい声で言う。
「ずっと側にいなさい……わたくしの可愛いモンフィス……」
その言葉にモンフィスは幸せそうに微笑んだ。
車椅子を押そうとモンフィスは立ち上がる。その時、ふと、ずっと聞きたかったことを聞いた。
「姫様、この体では不便ではないですか?」
その言葉にサラリアは目を細めて、からっと言う。
「いいえ、全然」
キッパリ言われたことにモンフィスは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。サラリアはにたりと笑って言う。
「この体だと、何かと都合がいいのよね。王族の唯一の生き残り。車椅子の女王なんて国民の同情を引きやすいわ。民意を心酔させるには、悲劇という劇薬も必要よ? それに、この体なら婚姻を結ぼうという不埒ものもそう出てこないでしょう」
ふふっと笑いながらサラリアは笑みを歪めた。
クスクス笑うサラリアに、モンフィスは笑って話しかける。
「あら、でも。素敵な王子様が現れるかもしれませんよ?」
そう言うとサラリアは心底、嫌そうにぶるりと震える。
「嫌よ。男なんて、みんな死ねばいいんだわ。わたくしが、男嫌いなの知ってるでしょ?」
「あら、アタシも一応、生物的には男ですよ?」
そう言うと、サラリアはモンフィスの股間のあたりをじっと見る。
「あなたは無いじゃない」
「姫様。言葉が直接的すぎます!」
「あらそう? 無いものは無いんだもの。それに、モンフィスはモンフィスでしょ? 男とか女とか関係ないわ」
さらっと言われた事にモンフィスは破顔する。
――その一言がどれほど嬉しいか……姫様は分かってないんでしょうね……
だが、それでもいい。自分の愛は捧げる愛だ。骨一本まで捧げられたらモンフィスは満足だった。
魔物との通信会談はサラリアの予想通りだった。勇者の捕獲に協力を求めてきた。
「魔族と王家の密約はまだ破棄されていないはずだ。種と母体の捕獲に協力を」
千の魔物を投入しても奪えなかったのは魔物たちにとって痛手だったらしい。最初の会談よりは、随分と下手にでていた。
それでも、サラリアは意思を曲げることはなかった。
「勇者を捕まえることは無理ですわ。諦めましょう」
「それでは、王が誕生できないではないか! 貴様は王を我々から奪うのか!」
「贄という名のお飾りの王でしょ? 魔王が最後にそう言ってたわ」
「なに?」
サラリアは口元に弧を描き、魔王の最後の言葉を語った。
「欲深き人間共よ。我、贄なり。我、繋ぐものなり。貴様らの欲がある限り、我は何度も生まれようぞ」
魔物が息を飲む。サラリアはふふっと美しい金色の目を見開く。
「この密約は人間からの提案かしら? こちらの文献には載ってないようだけど、魔王の言葉でそう察せられるわ。魔王の言う欲が、偽物の栄光ならば、わたくしはそんなもの要りません。わたくし、美しいものしか手に入れたくありませんから」
「では、我々に王をがないまま生きよというのか」
「あら。王なんてそんなに必要? 少なくとも私はそう思えませんわ」
「貴様も王ではないか!」
「そうですね。だけど、王はわたくしで最後ですよ。わたくしが死ねば王家は滅びます」
サラリアはこれからの国の在り方を語った。
「王家という血筋で縛られた男系の冠など古いですわ。わたくしは王という仕組みをなくし、国民からの選出という仕組みに変えたいのです」
「何を馬鹿な……」
「ふふっ。ご理解頂かなくて結構です。しかし、勇者は捕獲しません。この考えをわたくしは死んでも曲げません」
「貴様っ!」
「まぁまぁ、落ち着いてください」
一触即発の雰囲気にモンフィスが穏やかな顔で言う。
「私たちは相容れない存在です。なので、不可侵条約を結びましょう」
「不可侵条約だと?」
「はい。捕まるかどうか分からない勇者にこだわるより、お互いに手出しをしないと言う条件を付けて、種族の発展の為に尽力した方が建設的でしょう」
魔物は考えるところがあったようで黙った。条約はその場では結ばれなかったが、一年の交渉を経て、結ばれることとなる。
サラリアは冒険者という職業をなくし、ギルドも解体させた。
「国内の作物不良の低下が著しいわ。剣より鍬を持たせなさい。元々、力はありあまっているんだから、いい労働力になるわ」
冒険者から農家への転向を推奨し、補助金を付けて支援し続けた。
しかし、条約が結ばれたからと言ってすぐに全てがうまくいくとは限らない。一部の魔物は人間の前に現れた。サラリアは冒険者の一部を討伐部隊とし、元ギルド職員たちにその補佐をさせた。
サラリアは潔癖なまでに汚泥を嫌い。一切の妥協を許さなかった。そして、生涯、独身を貫いた彼女は純潔の女王と呼ばれ、国を変えた一人として名を残すのだった。
女装した異色の宰相モンフィスの名と共に。
変わりゆく国を遠い辺境の地でバルバロスは知り、口角を上げた。
「やるじゃないか。本当に人の反感を……世界ごと潰すつもりか?」
くつくつ喉を震わし、サラリアたちの載った新聞を魔法で燃やした。そして、かつてのメンバーの勇姿をバルバロスは思った。
そして、妻の元へ戻っていく。
辺境の地では小さなお店がオープンしようとしていた。ラヴィがいつか思い描いた料理屋さんだ。
「あ、バル。どこ行ってたんだよ」
お店に入ると、オープン準備に奔走しているラヴィがいた。ラヴィはバルバロスを見ると、目をつり上げる。
バルバロスはくすりと笑い、へそを曲げている愛しい妻のこめかみにキスをする。
「悪い。新聞を読んでいた」
ラヴィは口をへの字にしながらも、頬を赤くする。そして、準備を進める。
「しかし、こんな場所に客なんか来るのかな?」
「別に来なくてもいいだろ?」
ラヴィを後ろから抱きしめながらバルバロスはごろごろとすり寄る。
「それじゃあ、お店じゃないじゃん」
「安心しろ。俺が全部食う」
「全部って……」
バルバロスは口笛を吹きそうなくらいご機嫌な顔で言った。
「前菜、ラヴィ。メインディッシュ、ラヴィ。デザート、ラヴィ。なら食べれる」
「……それじゃあ、バルしか食べてもらえないじゃんか」
うんざりした顔をしていると、バルバロスに歯を見せて笑う。
「あぁ、俺のための食事だ。食べさせてくれるか? 奥さん」
甘い声で言われて、ラヴィは顔を林檎のように赤くする。そして、バルバロスの耳に向かってこそっと言う。
「夜な。夜ならいいから」
だから今は準備をさせて?とラヴィは言っているのだが、妻を愛しすぎる夫に待ては効かなかった。
「今ので物凄く腹がへった」
「は? え? ちょっと!」
バルバロスは子供のように笑ってラヴィを抱きかかえた。ラヴィはむくれながらもダメとは言わなかった。
辺境の地には誰も来ない料理屋がある。
しかし、仲睦まじく過ごす夫婦がいた。
ようやく訪れた安寧の日々は、二人に幸福を与え続けるのだった。




