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おや? 彼の能力は全裸にならないと発動しないようだぞ。  作者: 安藤 兎六羽
第一章 おや? 彼は奴隷になるようだぞ。
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11、クァルカス・カイト・レインフォート――ある《戦士》の悔恨

今回は久しぶりにクァルカス視点です。



「それで? どうなったんだよ?! クァル!!」


 アイツは私にせがむように顔を寄せる。

 十歳に満たない私は少し誇らしく思った。私の語りが、彼の好奇心を惹いているのだ、と。



……懐かしい夢だ。そう、これは夢。

 黄金色の夢。曙は誰にだって輝かしい。



「まあ、落ち着きなよ。……そこで《冥府の女王ディース》は、アルスに向かって言ったのさ。『お前の半身、アレクを救いたいのならば、お前の魂を差し出せ』って」

「……まじかよっ! 責め苦を味わったアルスにそいつを言うとは、《慈愛の女神》もなにもあったもんじゃねえな!」

「ところがどっこい。アルスは即座に自分の胸をその剣で切り開いた!」

「まじかっ!!」

「……だけど、そこで《慈愛の女神》であらせられる《冥府の女王ディース》は言ったんだ。『かくも麗しき愛はこの千年、見た覚えがない』と。そして、《半神》たるアルスとアレク、ふたりの魂の人間の部分だけを焼いて、ふたりを神々へと迎えられた」


 アイツは私の顔をまじまじと見てからこう言った。


「……イキだな!」

「え?」

「もちろん、アルスをかばって死んだアレクも、死んだアレクを取り戻そうと《深潭カルヴァロス》くんだりまで行ったアルスもイキだが、《ディース》はさらにイキだ!」


 幼かった私でさえ苦笑した。どこに感心してんだよ。


 子供に人気の《双生神アルキス》――アレクとアルスの物語。

 ふたりはひとつの神だ。《半神》の互いの魂を合わせて初めてひとつの神。ふたつ合わさって完全なひとつだけの魂となったそれを、ふたつの身体で支える双子。

 同じ魂をふたりで共有しながら生きている。


 それぞれに《神火》をまとった、かつての白装の英雄の姿で現れるという。

 《航海の守護者》、そして、海ゆく者らを導く神。

 常にふたりで現れて、常に航海の成功と人間の勝利をもたらす神々。


 だから、《双生神アルキス》。ふたりで生きるからこその《双生》という言葉。

 そして、子供だった私たちはそれに強く憧れた。


「なあ、クァル! おれは決めたぜ!」

「なにをさ?」

「おれたちは、《双生神アルキス》になろう!」


 ああ、そうだった。アイツは私に向かってそう言ったんだった。

 少しの曇りもない瞳で。

 私が焦がれた、最高の意志を宿した瞳で。


「えー? ふたりは神様だよ? ぼくらより小さい子でもそんなことは言わないだろ?」

「かまうもんか! ……なあ、クァルカス? おれたちは兄弟フラーテルだ。しかもただの兄弟フラーテルなんかじゃねえ! 最高の兄弟だ!!」

「……恥ずかしいヤツだな」

「かまうもんかっ!!」


 短い両腕を広げてアイツは言う。外聞なんて関係ないさ、と。


「なあ、クァル。クァルカス・カイト! おれたちの身分は違えど、魂はおんなじだ!!」

「うん」

「おれはお前のためにぜんぶを賭ける! だから、お前はおれのために知恵をしぼれ!! おれたちは一緒に《冒険者アルゴノーツ》になるんだ!!!」

「うん!」


 私は頷いて、私へと差し出されたアイツの手を握った。



…………子供は愚かしい生き物だ。

 自分が何にでもなれると思ってる。それこそ神様にだってなれると思ってる。


 その時の私もそうだった。

 少しも疑ってはいなかった。自分がアイツとともに一端いっぱしの《冒険者アルゴノーツ》になるんだということを。


 だけど、アイツは私とは違ったんだ。いや、私がアイツとは違ったんだと言うべきだろう。

 アイツはアイツの言葉を裏切らなかった。

 だけど、私はアイツと自分の言葉を裏切った。


 たったそれだけの、でも絶望的な違い。



「約束だ! おれはお前をどんな時でも助ける!」

「ぼくはお前をどんなになっても助けるさ!!」



…………子供はほんとうに愚かしい生き物だ。

 アイツ、私の『アレク』はその言葉通りに、私のためにその魂を差し出した。

 そして、アイツの『アルス』であったはずの私は今もこうして《大地ゲーア》と、彼を殺したはずの《共和国》にしがみついている。



「なあ、クァル! おれたちは《冒険者》になるんだ!」



 その言葉が、今でも、夢を叶えたはずの私の胸を刺し貫く。

 ひとりだけ《冒険者》になった私の胸を。



 〓〓〓



 ゆっくりと追憶から浮上する感覚。

 口の中に広がる苦り切った思い。

 あの黄金色は今も色褪いろあせることはない。


 だからこそ、今の私には眩しすぎる。

 私は、同じく私の目を焼く朝焼けに目蓋を開いた。


「…………」


 久しぶりにあの夢を見た。そう思いながら、土が盛られた重い身体を寝床の中から起こした。


 最後の焚火の番をしていたらしいルドニスと目が合う。

 彼の饒舌な目が、私を気遣っていることを訴えていた。


「うなされてたか?」


 頷くルドニスに、思わず自嘲の笑みを浮かべた。

 死線をいくつも越えて来た《冒険者》《クァルカス・カイト・レインフォート》の見る悪夢の内容がこんなものだとは、ほかの者には口が裂けても言えない。


 上体だけを起こしたまま、焚火の周囲を窺う。

 盛大ないびきを上げて寝ているロス。

 窮屈そうに小さな穴にすっぽり入っているハギル。

 まるで死者のように白目を剥いて安らかな寝顔を見せるリシル。……慣れるまでは頻繁に呼吸を確認しに行ったものだ。

 レシルはレシルで死んだように眠っている。レシルには昨夜の早い時間に、ルドニスが睡眠効果のある『ミツバチ草』の煙を嗅がせていたので、そのためだろうか。


「デモニアクス殿は生きているよな?」


 ルドニスの目は、「自分がそんなヘマをするものか」と雄弁に語っていた。


「すまん、そう怒るな」


 ふと、残りの寝床に目をやると空っぽの穴がふたつある。

 ルドニスのぶんと、オルレイウスが寝ているはずの寝床。


「……ルドニス。オルレイウスは?」


 少しだけ声が強張った。

 ルドニスが目で「向こうへ行った」と簡単に指す。

 短剣グラディウスを握って、ルドニスが指し示した茂みのほうへ歩き出した。



……オルレイウス。

 これまでの冒険者生活で出遭った中でも、屈指の警戒を必要とする少年。


 剣の師匠だった《剣聖ソード・プリンシパル保持者ドルギアス・ゴーグ

 姉弟子の同じく《剣聖》保持者だった、あの《戦豹パンテラ》の異名を持つ剣士。

 彼らの実力をもってしても二百体の《スノウ・ハーピー》はそれなりの難敵だろう。

 《剣師ソード・マスター》止まりの私ではできない芸当を、明らかに私の半分以下の年齢のオルレイウスはやってのけた。


 加えてオルレイウスは《魔法》を使用するという。

 ありえるのだろうか? 彼が葬った《スノウ・ハーピー》の死体には、《魔法》の痕跡がなかったというのに?


 焼かれた十数体の死体はすべてロスの《魔法》によるもの。

 ほかにももちろん、レシルの鈍器や私の短剣、ハギルの短刀やルドニスの矢に落とされたものがあった。合計して数十体。


 それ以外はすべて、あの成年にも満たない少年の手によるもの。

 光の下であの切り口を見て、私は絶句した。

 おそらくは《剣師》である私だからわかったその《技能スキル》の異常さ。


 すべて、一刀で仕留められた魔鳥。二撃目を必要としない太刀傷。私のものとは明らかに違う、それ。

 切り離された首。断ち割られた胴。縦に真っ二つにされたものまであった。


 《魔獣種モンストゥルム》の体は強靭だ。

 硬い骨。しなやかな肉。特に魔鳥ハルピュイアイは宙を飛んで襲って来る。

 横薙ぎに斬ったと思っても、柔らかい羽に刃が入らず、衝撃を空中へと逃がされることが多い。

 だからこそ経験豊かな《剣士》ほど魔鳥に対しては、突きか、上段からの切り下げを多用する。

 それでも、一撃で仕留めることは熟達した《剣士》にも難しい。


 それも、あの闇夜と吹雪の中だ。

 急所を狙うことは《暗視ナイト・サイト》を持った私でも難しかった。

 にもかかわらずオルレイウスは、私が死体を確認した限りすべての魔鳥を一刀でほふっている。


 しかも、《魔法》を使える?

 ありえない!

 あのレベルの剣の使い手が、魔法を使いこなすなど、聞いたこともない!

 そもそも彼に伍する剣の使い手が、今の冒険者ギルドにどれだけいるだろうか?


 加えて、オルレイウスは魔鳥に攻撃魔法を使った形跡がない。

 おかしなことだらけだ!


 ロスはオルレイウスが魔法を使えると知った夜に「おそらくは付与エンチャント系、上昇バフ系の魔法をあらかじめ己にかけておったのじゃろう」と私に耳打ちした。


 それもおかしい。

 《技能スキル》を一時的にでも向上させるような魔法は無いはず。

 筋力や肉体の強度を短時間上げる魔法や、剣に《鋭利》の効果を付与させるような魔法は私も良く知っている。


 だが、そういった魔法は身体に染みついた《技能スキル》とは少々相性が悪い。

 具体的には個々の技のキレが悪くなる。能力が上昇した身体や武器に、《技能スキル》が追いつかない。

 ふだんよりも余分な力が入って、攻撃が粗くなったり、過剰攻撃オーバーキル気味になったりすることがよくある。


 あの《スノウ・ハーピー》の死体に残された断面には、そういう不自然さが無かった。

 能力が上昇した身体や効果を付与された武器に慣れている? それもまたおかしな話だ。

 鍛錬時から上昇系魔法を使用しているのでもない限り、そんなことはありえないのではないか?


 ロスに《筋力上昇魔法》をかけてもらう機会の多い私でも、あの感覚には慣れることがない。

 なぜならその一回の効果時間が短いからだ。それでもロスはそれなりの《魔力オド》を消費しているらしい。

 あの状態に慣れるためにはどれだけ《魔力オド》があっても足りないだろう。


 だから、たぶん、あの《スノウ・ハーピー》と交戦した夜、オルレイウスは魔法を使っていない。

 魔法を使えるのに、使わなかったのか? それとも何か使えないわけがあったのか?

 そこまではわからない。


……しかしながら、それでもあの少年は二百体の《スノウ・ハーピー》を斬り捨てた。

 しかも、どの程度の使い手かは知らないが、《魔法》さえ使える。


 ロスが《ヴォルカリウスの瞳》に《暗褐色ダーク・レッド》を見た少年。

 なぜか涜神的な姿で現れた少年。

 そして、《アプィレスス大神殿》の神託。


『ルエルヴァに破滅をもたらす恐れのある曲がつ力の持ち主が《ロクトノ平原》に在る』


 私の考えすぎなのだろうか?

 レシルの考えに同調するわけではないが、あの少年こそが神託にあった『曲がつ力の持ち主』だ、という考えは?



 そっと私は茂みへと手をかける。

 確かこの向こう側は小川になっていたはずだ、と思いながら。


 小川のほとりにローブを半分脱いで、上半身だけ裸になって震えるオルレイウスがいた。

 どうやら身体を冷たい小川の水に浸した布で洗っているようだが、問題はそこではない。


 少年の体をびっしりと覆うような何か。それは汚れなどではなさそうだ。

 何かの模様? 皮膚に直接刻まれているのか? 手首までそれは刻まれているようだ。

 彼の身体は最初の夜以来、丈の長いローブに隠されていたから今まで気がつかなかった。


 いや、待て。最初の夜、全裸で現れた彼の体にあんな模様はあっただろうか?


 ぱきり、と私の足が小枝を折る音。


「ひゃいっ!」


 奇声とともにびくりとひとつ大きく身震いをした少年が、ローブに腕を通しながらおそるおそるといった様子でこちらを振り返る。

 視線が合った。剣呑な眼差し。


「…………クァルカスには、そちらのご趣味があったのですか……?」

「……? ……っ! 待て、誤解だ! オルレイウス!」

「いえ。そのあたりについては、僕にも多少理解があります。……しかしながら、僕自身はノーマルで、スタンダードで、ストレートですのでご期待にはえませんよ」


 少年はどこまで本気なのか、そう言い、小刻みに震える体をローブの上からさすりながら立ち上がった。

 その言葉と立ち姿にはどこか冗談めかした様子が窺えた。

 私よりも頭ひとつは小さい背丈のあどけない少年。改めてその姿を見ていると、さきほどまでの自分の懸念がただの妄想だったのではないかと思えてくる。

 ふだんの行動を見ていても、少しばかり大人びた少年にしか見えない。特にハギルに対しては懐いているようにも思える。

 だが、それを単なる妄想と片づけるにはオルレイウスは少しばかり危険な存在だ。実力が未知数すぎる。


「……まあ、いい。それよりも昨日はロスが迷惑をかけたな」

「いいえ。僕も多少は得るところがありましたから」

「ロスとの取引については私が引き継ごう。……何か聴きたいことはあるか?」


 念頭にあったのは、彼が何者かということ。彼の情報のほぼすべては今のところ彼からしか手に入らない。

 レシルとリシルやロス、ハギルとの会話を聞いている限りでは、彼がウソをついているようにはどうも思えなかった。長い間の冒険者生活で身についた勘のようなものだ。

 オルレイウスは私たちに正直に情報を明かしていると思う。

 だが、ハギルのやり方もロスのやり方も適切なものとは思えない。


 まあ、ハギルにはそんな意図はなかったのだろうけれど。当人が知らない《魔法》の情報がかかわった時のロスも基本的にダメだ。


「なんでも訊いてくれ。その代わりに私の質問にも答えてくれないだろうか? ……もちろん、《義侠神ヴォルカリウス》に誓言を立ててもいい」


 オルレイウスには今のところ、《義侠神ヴォルカリウス》の名に誓われた約束を破るような素振りはない。

 だから、とりあえず私たちの身の安全は保証されていると思っていいだろう。

 しかし、それは決して《ルエルヴァ共和国》の安全ではない。


 知る必要があった。全裸の時には無かったはずなのに、さきほど見えた皮膚の模様についても、少年の実力についても。

 そしてこの少年が、どのような意図を持って動いているのかを見定める必要があった。


 私の思惑を知らない少年は、無邪気な笑顔を浮かべた。


「助かります、クァルカス! それでは最初の疑問なのですが、全裸になること以外に《ルエルヴァ共和国》で嫌悪されるような振る舞いはありますか?」


 なんとも漠然とした、しかもおかしな質問だ。


「そうだな。もちろん、殺人や窃盗、傷害なんかは罪になるし、嫌悪される行為ではあるが。日常的・・・な振る舞いという意味では、オルレイウスに大きな問題はないように思える。……ああ、ただし屋外で半裸になることはお勧めできない。半裸のギレヌミア人がルエルヴァ内の泉で身体を洗っているところを、警吏にしょっぴかれたなんて笑い話もあるから」

「なるほど! ためになります!」

「……では、私からの質問だが、オルレイウスは《共和国》に行こうと思っているのか?」

「いえ? 特に今はそういうわけではありませんが。これから先のことについては、なんとも。……なぜですか?」

「昨日、ロスに《共和国》の政治なんかについて質問しているようだったからな。……それでは次の質問だが、オルレイウスが故郷を追放された件には、《共和国》の関与があったのか?」

「? ……いえ、しかし……なるほど。考えてみれば間接的にはあったのかもしれません。……伯父から聞いた話では《グリア諸王国連合》主幹国からの要請だったという話でしたが」


 とりあえず、当人には《共和国》に対する恨みのような悪感情や因縁はなさそうだ。

 やはり杞憂だったのだろうか? いや、待て。《グリア諸王国連合》主幹国が一国の追放者の人選にまで口を出すだろうか?

……いや、彼の実力ならば、まったく無い話ではない。それに、彼はハギルの推測通りならば貴種の血族だ。その推測を聴いていた時の彼の反応を見てもそれは正解から遠くなさそうに思えた。

 実力のある貴族は敵を作りやすい。周辺諸国か、それとも自国の王統あたりに睨まれたと考えるべきだろう。

 それらが《グリア諸王国連合》の主幹国にまで訴え出たか、彼の耳にその情報を入れた伯父とやらがウソをついている可能性もある。……その場合は、その伯父もまた疑わしいが。


「それでは僕の番ですね。僕のような異邦人が《共和国》で職を求めた場合、どのような選択肢がありますか?」

「そうだな。……第一に挙げられるのはやはり《冒険者》だろう。ほかにも生産系の《技能スキル》保有者なら《商会ギルド》や《工業ギルド》なんかに登録することもできる。ただし、どの職業にしても名を売らねば共和国籍は与えられないから厳しいと言うべきだろう。……私の次の質問だが、オルレイウスの剣の師は誰だ?」

「母です。……一般的に、《共和国》では異邦人が差別されるような風潮はありますか?」

「無いとは言い切れないが、他国よそほどではないと思うな。確かに奴隷になっている異邦人は多いが、同様に国籍を獲得して《下級ロウワー民会・エクレシア》や《歩兵インファントリー民会・エクレシア》、《冒険者アルゴノーツ民会・エクレシア》に所属している元異邦人も少なくはない。……その母親、いや、両親は反共和国主義者だったということは?」

「? ……無いですが? 両親はともに《共和国》の冒険者ギルドに所属していたこともあるようですし。……《共和国》とその属領、そして文化圏において《礼拝》や《鑑定》を受ける義務はありますか?」


 変わった質問だな。まあ、彼からすれば私のほうがよほど変わった質問をしているのだろうが。


「いや、特にあるわけではないが? 各種ギルドの登録希望者の中でも実力に自信のある者はギルド側からの《鑑定》を望むことが多い」

「なるほど……」


 何か考え込んでいるようだが、とりあえず彼の両親や師も《共和国》に反感を持っているわけではなさそうだ。

 あとは、それらとは関係なく、彼自身の意志が問題か。ウソをつくことはないだろうし、つかれてもおおよそウソだとわかるだろうが、言わないということは十分に考えられる。


「……次の質問だが、オルレイウス自身はこの先どうするつもりなんだ? 私たちと共に《ノクトゥム》に行ったあと、どうする? 故国を追われたと言っても《グリア諸王国連合》全体から追放処分を受けているわけじゃないだろうし、そのまま《ノクトゥム》に滞在することもできるだろう。……きみの意望はどこにある?」


 私は目を凝らした。どんな些細な兆候も見逃したりはしない。

 沈黙しているところを見ると、やはり何か後ろめたいことがあるのか?


 ふと、眼前の少年が、わずかに口を開いてぽつりとこぼす。



「……ふつうに着れる服が欲しい……」

「は?」


 聞き間違いだろうか? 今、服がどうとか言っていたように聞こえたが?


「いえ、……意望というほどのものではありませんが、できれば平穏に、誰かの役に立ちながら生きることができれば。……そう、思っています」

「そう、か……」


 ウソをついている様子は無い。

 やはり、服がどうこうという言葉は私の聞き間違いだったのだろう。……しかし、この年ごろの少年にしては無欲なものだ。なんだかその表情は、日常に疲れ切った大人のようにも見える。

 少しだけ、それとは違った自分の子供の頃を思い出す。今朝がた見ていた夢のせいだろうか?


「では、僕の次の質問ですが、他種族の習慣などで嫌悪されている事柄はありますか?」

「そうだな。私が知る限りのグリア人の習慣に関して言えば、すぐに思い当たるようなものはないな。ギレヌミア人の習慣については辟易へきえきさせられるものも少なくはないが。それでも、彼らも次第にルエルヴァに慣れていく。すぐさま問題になるようなことは少ないな。……さて、ハギルによれば今日の午後には《ノクトゥム》に着く。私たちは二、三日滞在して装備を整えてからルエルヴァに戻ろうと思うが、きみはどうする?」

「そうですね。……クァルカスの言葉通り、少し《ノクトゥム》に滞在して身の振り方を考えてみようと思います。《ノクトゥム》はハギルから聞いた地理情報を鑑みる限りでは祖国からもかなり遠いようですし、大人しくしていれば両親や伯父に迷惑をかけることもないでしょうから」

「そうか。それではそろそろ出立の準備にとりかかろう。……ルドニスがみなを起こす頃合いだ」


 夜空が西へと追われ、その欠片も見えなくなっていた。既に曙の時間は過ぎたのだ。

 オルレイウスの実力は依然として未知数のままだったが、彼の思想や意望に特に危険性は無いように思えた。


 歩き出した私の背に少年の若々しい声がかけられる。


「そうだ! クァルカス! 最後にひとつだけ聞かせてもらえませんか?」


 振り返り、好奇心に満たされた彼の眼差しを受ける。

 やはり、年相応、という印象だな。思わず笑みがこぼれた。


「サービスだ。いいぞ。私が知る限り、言える範囲のことなら答えよう」

「感謝します! ……ひとつ気になっていたのですが、《双生神アルキス》は《共和国》では忌避される傾向にでもあるのですか?」


 思いもよらなかった質問。

 顔の筋肉が凍りついていくのがわかった。


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