第012話 七鍵会議
七鍵会議は、王城の奥ではなく旧議事堂の地下で開かれた。
それだけで、どれほど後ろ暗い話かが分かる。地上の絢爛な大広間ではなく、壁の厚い石室。窓もなく、長机を円環状に並べただけの無骨な部屋。入室時には武器を預けるのが慣例らしかったが、リゼだけは王女の特例で大剣の携行を許された。つまり、それほどまでに警戒されている。
円卓にはすでに十数人が着席していた。
第一王女クラウディア。
宰相ハルヴァルト。
王立兵学庁長。
財務卿。
宮廷魔導長。
そして教会からは、監察使ヴェルムに代わって枢機補代理の老人が一人。顔中に皺を刻んでいるのに、その目だけはひどく澄んでいて、蛇みたいだった。
レンとセフィリアには席すら用意されていない。証人か証拠物件の扱いだ。
「始めましょう」
クラウディアの一声で、石室のざわめきが消えた。年若い王女だが、この場の主導権は彼女が握っているらしい。
「本会議は王国法の表には存在しません。記録は残さず、発言権は招集者が認めた者に限る。議題は、カルミナ砦で発生した断章案件、および第七保守都市ネムロスの再起動について」
『第七保守都市』という単語を、王家が最初から知っている。
その時点で、レンは内心で舌打ちした。知らなかったのは辺境の兵と民だけだ。
クラウディアが続ける。
「まず確認します。レン・アーヴェル、あなたはネムロス中枢へ到達し、記録を持ち帰った。事実ですね」
「事実です」
「中枢断章も?」
「持ってます」
「提示を」
レンは懐から中枢断章を出した。円卓の上に置いた瞬間、何人かの貴族があからさまに身を引く。逆に、ヴェルムの代理老人だけは食い入るように見つめていた。
「記録板も」
数枚を卓へ並べる。リゼが補足説明を加え、セフィリアが祈導による感知結果を述べた。最初のうちは半信半疑だった連中も、観測室の再演映像が浮かぶたびに顔色を変えていく。
だが、驚きはしても、誰一人として『知らなかった』反応ではなかった。
宰相ハルヴァルトが指を組み、低い声で言う。
「つまり、カルミナ砦直下のネムロスはまだ一部機能している。そして断章持ちの少年が、中枢断章を起動した」
「起動したんじゃない、取り戻したんだ」レンは訂正した。「あそこはずっと生きてた。教会も王家も、それを見て見ぬふりしてただけだろ」
「言葉に気をつけよ、小僧」財務卿が鼻で笑う。「国家は民を守るために、知られぬ方がよい知識を管理する」
「その結果が辺境の焼却か」
「必要な犠牲だ」
言い放ったのは、教会の代理老人だった。静かな声なのに、石室の空気がぞくりと冷える。
「私は枢機補代理エドガル。ネムロスの記録が真実であれ半真実であれ、天蓋維持のために供給が要るという事実は古来より知られております。戦争、飢饉、魔物災害――それら全てを完全に無くせば、外界から世界を守る天蓋が脆くなる。ならば為政者は、被害を制御し、総量を管理せねばならない」
「管理ってのは、辺境を犠牲にすることか」
レンの問いに、エドガルは少しも躊躇わない。
「中心を守るために周縁を切るのは、国家の当然の論理です」
殴りたくなった。
その瞬間、セフィリアが小さく息を呑む。彼女の指先が震えていた。祈導で本音を聞いているのだろう。この老人は本気でそう信じている。だからこそ救いがない。
クラウディアが机を指で叩く。
「論理の話をする前に、もう一つ確認しましょう。七鍵について」
石室の一角の壁が開き、大型の地図板がせり出してきた。ネムロスで見た円環世界図より簡易化されているが、構造は似ている。大陸の要所に七つの光点が打たれていた。
「王国と教会の上層だけが共有する機密です」クラウディアはレンを見た。「天蓋を維持し、再起動周期を調整するための中枢断章――それを我々は便宜上『七鍵』と呼んでいます。王都、聖都、北辺、東海、西嶺、空都、そして最下層。ネムロスはその一つ」
「王家は何本持ってる」
「実効支配は二。教会が二。行方不明が二。最下層の一本は未到達」
つまり世界の命綱を、少数が握っている。
レンが吐き捨てるように言う。「で、足りない供給量を埋めるために、魔物暴走や戦争を調整してるわけだ」
「調整しているのは教会だけではありませんよ」ハルヴァルトが薄く笑った。「王家も、貴族も、商会も、みな多かれ少なかれ恩恵を受けている」
ずいぶん正直だな、とレンは思った。もうこの場では隠す必要がないのだろう。知ってしまった者は、同じ泥の中に引きずり込めばいいだけだから。
リゼが硬い声で問う。
「では、カルミナ砦をどうする」
「封鎖です」エドガルが即答した。「ネムロスが再起動した以上、周辺一帯は汚染域となる。住民を避難させる時間はない」
「避難させる気がそもそもないだろ」
レンの怒声に、石室の何人かが顔をしかめる。だがクラウディアだけは逸らさなかった。
「私は避難を支持します」
王女の一言で空気が止まる。
「ただし、現実的には時間が足りない。教会は今夜にも浄火認可を通そうとしている。王権単独でそれを止めるには、正式な軍令が要る。その発令には……」
「父王の裁可が必要、か」ハルヴァルトが言う。
クラウディアは無表情のまま頷いた。
なるほど、とレンは理解した。王が病で表に出られない隙に、王女と教会、宰相派が綱引きをしているのだ。その間に辺境は焼かれる。
その時、石室の扉が荒々しく開いた。近衛の伝令が駆け込んでくる。
「殿下! 北辺より急報! カルミナ砦周辺の街道橋三本が同時爆破されました! 避難路が断たれています!」
リゼの目が鋭く細まる。「誰がやった」
「不明です! ただ、現地では王都工兵の印が出たと――」
ハルヴァルトが即座に怒鳴る。「虚報だ! 北辺の混乱に乗じた賊だろう!」
だが言い切りの速さが、逆に臭かった。
レンは気づく。カルミナ砦の浄火は、もう準備段階を越えている。誰かが意図的に逃げ道を潰している。
「会議してる場合かよ」
誰も答えない。答えられないのだ。
クラウディアは数秒だけ沈黙し、やがて決断した。
「レン・アーヴェル、リゼ・ヴァルトハイム。王命代行として命じます。カルミナ砦へ戻り、住民避難を最優先に行ってください。私は王都で軍令をもぎ取ります」
ハルヴァルトが立ち上がる。「越権だ、殿下!」
「なら止めてみなさい、宰相」
王女の声は静かだったが、刃より冷たかった。「北辺を切ってまで守る王都に、どれほどの価値があるのか。私は見極める」
セフィリアがレンの袖を掴む。彼女の顔は青ざめていた。
「急いだ方がいい。カルミナ砦、もうすごく嫌な祈りが増えてる」
レンは頷いた。答えは一つしかない。
世界の嘘を暴く前に、まずは故郷になりかけたあの砦を、焼かせない。




