引き篭もり生活、再び。
朝日もまだ昇っていない、まだ起きるには早い時間にふと目を覚まし、身体に走る痛みに今の状況を思い出す。
「俺、家に帰って来てたんだった。」
検証班にいた頃は、陽も出てないこんな時間から準備を始めて、モンスターの動きが鈍くなり始める早朝に討伐を行なっていた。
たった数日とはいえ、それなりの緊張感を持って過ごしていたので、すでに身体が覚えていた。
「うしっ、二度寝しよ。」
意気込みベッドに潜ってみても、ばっちり目覚めてしまったせいで眠れない。
仕方ないな、と起き上がりテレビの電源を入れ、パソコンを立ち上げる。
流れてくるニュースを聞き流しながら、ネットに書き込まれている情報に目を通していく。
昨日までカケルを筆頭とした検証班が書き込んでいた、某匿名掲示板では更新が無くなった事で検証班死亡説や全てガセだった等の憶測が飛び交っていた。
カチカチ、とダンジョン対策本部の存在を書き込もうとした所で、契約書の内容を思い出しその手を止める。
もう自分には関係ない。
そう思いつつ、そっとジャージを手に取り外へと向かう。
途中で会った母に、ランニング行ってくる、と伝え返事を聞かずに家を飛び出す。
ついこの間までは、少し動いただけで息切れを起こしていたとは思えない程に軽快な足取りで、ぐんぐんと進んで行く。
三十分位走っただろうか、それなりに切れた息を整えつつ目的の場所を探す。
小さな展望台。
これといった観光名所があるわけではないが、
元々は小高い山々に囲まれていたこの辺りには、その山の斜面を利用した展望台がいくつかある。
展望台に備え付けられた観光望遠鏡を覗き込む。
真っ暗で何も見えない。
そりゃそうだ、とポケットから小銭を取り出し投入口へ入れる。
カチャン、という音を合図に景色を映し出す望遠鏡を動かして隣町との境界辺りを見る。
建物や標識といった人工物が無事なのを確認してひとまず安堵する。
スタンピードで発生したモンスターは、人類の次に人工物を優先して破壊して行く。
それは検証班の頃に目にした光景から分かっていた。
スタンピードが過ぎた後に残るのは瓦礫の山。
ビルは倒壊し、家は住めなくなるほどに崩され、標識や街灯なんかはなぎ倒される。
モンスター達は人類を、人類の築いた文明を消し去ろうと行動するのだ。
もう少し遠くを覗いてみれば、朝日が昇るのを嫌がるようにゴブリン達が住処へ戻る姿を見ることが出来た。
隣町との境界まで一キロもない距離までスタンピードが迫って来ている事を知り、残された時間の少なさを知る。
ガチャ、という音と共に閉ざされた視界にため息を零しつつ、自宅への帰り道に足を向ける。
「さて帰ろうかな。」
そう独り呟きながら、帰宅への一歩踏み出した。
何事も無く家に帰れば、リビングでは両親が揃って朝食を食べていた。
「おかえり〜ハジメ、すぐにご飯食べるの〜?」
相変わらず間延びした口調の母に安心しながら、先にシャワー浴びてくるよ、と返し風呂場に向かう。
汗に濡れたジャージとシャツを脱げば現れる。たっぷりの贅肉を付けた醜い身体。
三年もの期間溜め込んだ贅肉は、そう易々と落ちてはくれず、幾らか落ちた体重も一般平均と比べてしまえば圧倒的な肥満体。
はぁ、とため息を吐きながら火照った身体をシャワーで冷ましながら、これからのことを考えていく。
迫るスタンピード、頼りにならないダンジョン対策本部、別れを告げた検証班。
頭に浮かぶのはどれも良い情報とはいえないものばかりで気が滅入る。
バサバサと濡れた髪を乱暴に拭きあげて、朝食を食べようとリビングへ向かえば、すでに用意された朝食に笑みを浮かべる。
「母さんありがと、いただきます。」
ぱくぱくと箸を進めていけば、僅かに感じる違和感にふと気付く。
(なんか味濃ゆい?)
普段の母さんの料理と比べると味の濃い朝食に疑問を抱きながらも、それを口にする事無く朝食を食べ終えてしまえば、にこにこと笑う母がいて首をかしげる。
「どうしたの母さん、何かいいことでもあった?」
「ハジメもお父さんと一緒でね〜、私が作った物とそうじゃない物をきちんと分かってくれるのが嬉しくって〜」
そんな言葉にようやく合点がいく。
味の濃い料理は母のお手製では無く、非常食を使ったものだったのだろう。
「やっぱり母さんの手作りじゃなかったんだ、どうりで味が濃ゆいと思ったよ。ん?父さんも気付いたんだ、って当然か。」
当たり前だ、とぶっきらぼうに返す父に視線を向ければ、テレビから流れるのはダンジョン関連のニュースばかり。
母が淹れてくれたコーヒーを受け取り、テレビから流れるニュースを聞けば悪いニュースばかり。
「ハジメ、カケル君達は順調なのかな?」
そんな父の問いに言葉が詰まる。
それでもどうにか言葉を絞り出し、不自然に見えないように会話を続ける。
「んー、支援してくれる企業が付いたみたいでさ、規模も大きくなって順調みたいだよ。」
俺は入団試験に落ちちゃったけど、と小さな嘘を吐いて自分の心を誤魔化す。
「...そうか。まぁ、ハジメが無事帰ってきて良かったよ。」
両親にダンジョン対策本部の事を告げる事も出来ず、また逃げ出した事も伝えていない。
基準を満たせなかったために、参加を許されなかったと適当な嘘を吐いて両親を騙した。
多分だけど二人は嘘に気が付いていて、それでも俺に気を遣い優しくしてくれる。
今はそんな優しさがツラい。
コーヒーを持ち、二人から逃げるように二階にある自室へと戻る。
立ち上げたままだったPCの画面を更新して某匿名掲示板に目を通す。
下らない事ばかりが画面に連なっていくなか、気になる書き込みがあった。
合衆国で起きたスタンピードが猛烈なスピードで侵攻を開始し、いくつかの州を飲み込んだ結果、農耕地域が多大な被害を受けたために輸入品のほとんどが絶たれたという話だ。
加速する人類滅亡のカウントダウン。
そんな先の話よりも今は迫るスタンピードの方が問題だけどな、と苦笑い浮かべながら画面をスクロールしていく。
その後はまた下らない内容ばかりの掲示板に見切りをつけ、PCの電源を落とす。
何してんだろ、と唯一手元に残った杖を弄っていれば先端に付けた魔石がポロリと落ちる。
元々、接着剤と針金で引っ付けていただけのなんちゃって魔法の杖だ。
床に転がった魔石を拾い、手の中で転がしながら残された時間を無為に過ごす。
心の折れたハジメがもう一度立ち上がるのには時間が必要だが、ハジメに残された時間は余りにも短かった。
ニートのダンジョン攻略記。立ち止まったハジメに残されたのは、折れた杖と魔石だけ。
迫るスタンピードにどう立ち向かうのか、果たして立ち上がれるのか、物語は続いていく。