第一話 二人のお尋ね者
この世界は幾多の神によって護られている。
例えば火の神。極寒の時、寒さに震える人間に熱を与えたという。
例えば時の神。朝の神と夜の神が喧嘩した際に仲介として入ったかの神は、時を操り一日を半分にすることで両者の管轄を分け与えたという。
例えば死の神。かの神が住む冥府では生きとし生けるものが死してなお、苦しむことがないようにと楽園を作ったとされる。
そして、全知全能の神。一言で「神」と言い表すならこの神しかいない。空を創り、大地を創り、命を生み出し、概念を創りし者。神の中の神。神々の長。神々の母。その御姿を見ることができるのは、同じく神である存在と、一部の選ばれた天使だけだという。
神々と天使、それから選ばれた人間だけが都市部に住むことを許されている。僻地で生まれ育った俺は、いつか都市部に行って一目でも神々を見ることが夢だった。
しかし、その夢は打ち砕かれることとなる。
「ショウくーん、お茶もってきてー」
目の前に横たわる人影。肩肘で頭を支え、もう片手でガラ空きの太ももをボリボリと引っ掻いている。
テレビのつまらないコントを観てはゲラゲラと品の無い笑い声を上げている彼女こそ、自称「全知全能の神」だ。
ヨレヨレの白シャツにやわらかい素材の短パン。男の夢が詰まった服装とは相容れず、まるで実家の親父を見ているかのような失望感。
これが本当に神なのであれば世も末だろう。
「ショウくーん? お茶まだー?」
「自分で取りに来いよ……」
「だってわたし神様だもーん」
そう言ってまたテレビを見てゲラゲラ笑う。せいぜい堕落の神がいいところじゃないだろうか。
およそ二週間前、この神は突如として家に転がり込んできた。親父の知り合いだとか何とかで「追われてるから匿ってあげて」と親父直筆の手紙付き。ついでに手描きのテヘペロの顔文字も。
可愛い一人息子を置いて出ていきながらどこをほっつき歩いているのかと思えば、ボロボロのローブを羽織った金髪碧眼の美少女を連れて来てくれやがった。
なんとも悔しいことに俺の性癖どストライクの可憐な女の子。俺が守ってやらないと……! などと抜かしていたのはもはや懐かしい記憶と化している。
「ショウくんお茶ー!」
「あーはいはいわかったから!」
親父の使っていた湯呑みに緑茶を注ぎ、自称神の前にあるちゃぶ台に置いてやる。
自称神は「もーショウくんったら仕事が遅いんだからー。そんなんじゃ働いてもお荷物になるだダゾっ☆」なんて言って緑茶を啜り、その熱さに呻いている。
親父からの手紙がなければ、本当に外へ追い出しているところだ。
のたうち回っている少女を見下ろし鼻で笑い、俺も緑茶を口にする。火傷した。少女に笑われた。殴り合いになった。勝った。
この女、弱すぎる。
「わたしに名前はない……だから、好きに呼んで」
それが少女がこの家に来てからの、第一声だった。
だから俺はこの女を、モモと呼ぶことにした。というのも、コイツが最初に手を付けた食べ物が桃だったから、という安直な理由ではあるが。
しかし何だかんだこの名前を気に入っているようで、「モモ」と呼べば嬉しそうに返事をする。
それがどうも、俺は嬉しくて堪らないのだ。
……別に、名前が気に入られて喜んでいるわけじゃないけどな!
モモが来てから、更に二週間が経った。
最初は何もできなかったモモも、おにぎりくらいは握れるようになった。
コイツ本当に何もできない雑魚だから、感動しすぎて泣いた記憶がある。あと塩が多すぎて泣いた。その次は塩と砂糖を間違えた。俺はコイツに料理を覚えさせるのを辞めた。
そうして暮らすこと、暫く。
俺たちの仲も深まったと思う。
「ショウくーん」
この呼ばれ方は、いつものお茶だ。
「はいよ」
ちゃぶ台に緑茶を置き、俺もその隣に座る。
そうして昼のひとときを過ごす――はずだった。
うちの扉が、ノックされるまでは。
コンコンコン。
こんな僻地に客なんて珍しい。来るのは行商人か、モモのような迷い人……もとい、旅人だけだ。
俺はなんの警戒もせず、玄関の扉を開けた。
そこには、白銀の鎧をまとった複数人の騎士がいた。
ヤツらは、手に、一枚の紙を持っていた。
モモが描かれた、一枚の紙を。
「この御方を知っているか」
知らない。そう答えようとして、背後から音がした。ガタン、と物が落ちた音。
振り向けば、モモが、真っ青な顔でこちらを見ていた。厳密には、白銀の騎士たちを。
騎士のひとりが言う。
「ご無事でしたか、神よ!」
神?
あの、神?
神々の誰だ? それとも、俺らが思う、全知全能。神々の中の神。
あの、神?
モモの顔は青から土気色になっていた。今にも気を失ってしまいそうな、そんな顔色。
俺は反射的に扉を閉めた。
モモの顔は不安でいっぱいだ。何とか扉に鍵をかけて体で押さえているが、破られるのも時間のうちだろう。
俺は必死に、モモに向かって叫ぶ。
「逃げろ、モモ!」
だがモモは逃げなかった。否、逃げられなかった。
立ち竦んだモモと、扉を押さえている俺。
扉が、音を立てて蹴破られた。
気が付けば俺は、モモの手を取って駆け出していた。
どうやってあの白銀の騎士たちから逃れられたかは覚えていない。わかってもいない。
けれど俺は確かに、不安そうに焚き火を見るモモを見て、笑ったんだ。
「俺たち、お尋ね者だな」
って。
これは、俺たちお尋ね者が、この世界の神々と向き合っていくまでの物語。




