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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 昔日の幻影に惑う 〜
57/75

57.テロ


 港湾都市ヒュルセイは各国からの貿易船が訪れるログニア最大の貿易都市でもある。そのせいか獣人の姿も割と多く見え、その中には獣人でもなく、完全に人間とも言い難い見た目の者もいた。



「……ね、グエンダル、あの人間みたいだけど耳が長くて長い髪の人たちって何?」

「ん? ああ、珍しいな。あれは森の民て呼ばれる、ほぼ森の中で暮らしてる気難しいやつらだ」

「へえ。じゃああのグエンダルより怖い顔の人は?」

「だから俺は別に…って、あれは竜人だな」

「竜?」

「そう、竜を祖先に持つと言われている。大体暖かい地域に住んでいるな」

「ふーん…」



 目をパチパチと瞬かせながらグエンダルに説明を求めるシィア。

 ここは人間だけでも見た目や肌の色などが違う人たちが沢山いて、自分だけが変わってるのではないことにほんの少し安心を覚える。

 そして安心したせいかグゥとお腹がなった。それは当然グエンダルにも聞こえただろう。



「よし、何か食うか!」



 はぐれないようにと服の裾を掴むシィアをグエンダルが見下ろし言う。

 流石にちょっと恥ずかしかったので俯き加減に頷くと、行き先は決まったとばかりにグエンダルは急にズンズンと進んでいく。



「グエンダルはこの町に来たことがあるの?」

「んー、いいや」

「え? じゃあどこに向かってるの?」

「どこにって、そりゃあ食いもんの匂いがする方だろ」

「……」



 まさかの匂いだよりだった。でもシィアよりもグエンダルの方が鼻がいいのは確かで、そんなシィアの鼻にも美味しそうな匂いが届き出した。

 

 そのままグエンダルについて歩いていると徐々に人通りが増え、テントの屋根の連なりが見え始める。



「なるほど、市場が出てるのか」



 グエンダルの声にシィアも目を輝かす。他の町でも市場は見てきたが、ここはその規模が大きい。



「よし! まずは腹ごしらえだ。シィア、食うなら肉だ。肉を食っとけば問題ない!」

「問題ないんだ…」



 これはやはり肉食の性か。別にシィアも肉は嫌いではないし、グエンダルみたいになるにはやっぱり肉なのだろう。

 肉の焼ける匂いとタレの匂い、食欲をそそるそれに二人してつられて行くと、串焼きの店に着いた。



「いらっしゃい、獣人の旦那!」

「オヤジ、この肉の串を、えーっと、――シィアは何本いける? 十本くらいか?」



 そう言ってグエンダルがシィアを振り返り。それで店の店主もグエンダルの背に半分隠れたシィアに気づく。



「おやまあ、…こりゃ可愛らしい獣人だな」

「…こんにちわ」

「ああ、こんにちわ、お嬢ちゃん」

「オヤジ、一番美味しそうなのを選んでくれよ」

「ああ任せとけ。ところで、あんたがこの子の父親なのか?」

「はあ!? オレは再従姉妹だ! それにまだ二十二才の独身だぞ!」

「――お、おお…、すまん」


 

 怒るグエンダルに「獣人は年がわかりにくいんだよ…」と店主は零す。それは確かにとシィアも思う。実際もっと上だと思っていた。それと。



再従姉妹(はとこ)って?」



 見上げて尋ねれば、シィアの父親の従兄弟がグエンダルの父親なのだと言う。要するに、グエンダルもやはり血縁なのだ。


 自分の出自がどんどんと明らかになる。ここがお前の場所だと言われてるようだ。

 ――けど。

 シィアがいたいと思うのはトーリの横。それは絶対で、揺るがない。

 


「ところで結局何本にするんだい?」

「じゃあ三十本で」

「!?」



 シィアが考え込んでるうちにそんな本数に決まってしまった。焼いてる串を見たらどう考えても五本が限界だと思うのだけど。



 串を受け取り飲み物を手にして、隅にある石段に座り食べる。

 


「なんだシィア、それだけしか食わないのか?」

「ムリ、もうお腹いっぱい」

「お腹いっぱいって…、五本しか食ってねぇぞ」



 呆れたように言うグエンダルは凄い勢いで肉を消費していってる。そこまでしないとグエンダルみたいになれないのなら自分にはちょっと無理かもしれない。

 満腹の息を吐き、シィアは柑橘の味の飲み物を手によく晴れた空を見上げる。

 そう言えば、天の幕というのはこの空に現れるのか。



「ね、グエンダルは天の幕って見たことある?」

「いいや、今回のならオレはガレーアにはいなかったし、前のは百二十年前だぞ? 流石に見たことはねぇ。でも資料として残ってるものは見たことある」

「どんななの?」

「夜空を背景に緑や赤や黄色の幕…というか帯みたいな、そんなものがゆらゆら揺れるんだよ。割と綺麗だぞ」

「夜なんだ」

「昼だと見えないんじゃねえ」



 なるほどと頷いたシィアは、二十五本もの肉の串を食べ終え満足そうな表情を浮かべるグエンダルにさらに問いかける。



「落し子は本当に来るの?」

「さあな。でも一応そうだと言われてるし、もう来てるかもしれないぞ」

「ふーん…」



 どうなんだろうか。もう来てるとしたら落し子はどこにいて、今どうしているのか。誰かに追われてはいないだろうか。

 


「シィア、食後のデザートでも食うか?」



 何となく取り繕うようなグエンダルの声。それはシィアが難しい顔で黙ってしまったからかもしれない。でも、今食べたばっかりだよね?



「もう食べれないよ、お腹いっぱい」

「ほら、デザートは別腹って言うだろ」

「別? お腹はひとつだけど?」

「だからそれは、」



 グエンダルが急に言葉を切った。

 そしてバッと横を向き、耳をピンと立てる。



「グエンダル? どうし――」



 どうしたの?と、シィアが完全に言葉にする前に、離れた場所で大きな爆発音が鳴った。



「!? …グエンダル、今の…」

「ああ…」



 音はグエンダルが見ている方向から聞こえた。シィアもそちらに視線を向けると建物の向こう側から煙があがり、逃げて来た人たちだろう、大勢の人がこちらへと向かって来る。

 その一人をグエンダルが止めた。



「何があった?」

「と、止まってた馬車が急に爆発したんだ! その爆風で近くの屋台から火の手もあがって…っ!」

「爆発したとこを見たのか? 犯人は?」

「そんなのわかるわけないだろ! ただこれが爆発した馬車の中から散ってきたんだ」



 「あんたにやるよ」と男は握りしめていた紙をグエンダルへと押し付け、さっさと逃げる人の流れに戻った。

 グエンダルはその紙を覗き込むときつく眉間を寄せる。



「何が書いてあるの?」



 尋ねるとグエンダルは一瞬迷う素振りを見せたが、シィアがジッと見つめるとあきらめて口を開いた。



「あー…、まあ、声明文ってやつだな」

「せいめいぶん?」

「今回の和解が気に食わないやつらがいるって言ったろ? そいつらがこの爆破をやったらしい。それで会談を中止しねぇともっと酷い目に会わすぞ、ってなことが書いてある」



 その説明にシィアの眉も寄った。



「何で、そんなことをするの?」

「だからそれは和解を――」

「何で和解の邪魔をするの? 和解って仲直りだよね、仲良くしたくないってこと?」



 グエンダルの声を遮りさらに続ければ今度は困った顔になり、頬を掻いて小さな息を吐く。



「その通りに仲良くなんてしたくないんだろう。やつら――アヴァロンは、人間が絶対な原理主義者な集団だからな」

「アヴァロン…?」



 それがこの騒動を起こした集団の名前なのだという。そして人間が、人間だけが、この世界で生きることが許されている存在なのだと信じている、狂信的な集団なのだとグエンダルは肩を竦めてみせた。



「じゃあ、シィアやグエンダルは嫌われるね」

「嫌われて結構、こっちは問題ねぇし」

「うん、確かに」



 今のシィアには、そんな考えを持つ人が全てではないと知っているからそこまで気にすることはなくなった。こうやって軽口を言えるくらいには。

 それでも、少なからずいるのも事実。


 グエンダルは煙があがる方をまだ少し気にしているようだが行く気はなさそうだ。しかしマルシェはさっきの騒動で軒並みテントをたたんでしまった。なので移動しようと歩き出すと、グエンダルが再び足を止めた。



「…グエンダル?」



 また何事かが起きるのかと、振り返るグエンダルに不安げに呼びかけるシィア。けれどグエンダルは鋭く尖らせた目を揺らして、すぐに怪訝な表情へと変えた。



「何かあったの?」

「いや…、何か嫌な視線を感じたような気がしたけど、…気のせいか?」

「んー、やっぱり嫌われてるんだよ」

「オレじゃなくシィアにかも知れないぞ」

「絶対グエンダルだよ。だって顔が怖いもん」

「おい…、またそれかよ」



 またそんな軽口を言い合っているとシィアを呼ぶ声。見ると手をあげたトーリがいて、返事を返すより先にシィアの尻尾が大きく揺れた。




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