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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 昔日の幻影に惑う 〜
55/74

55.血縁


 検問の列を抜けた先で、立ち止まったトーリはグエンダルに尋ねる。



「そう言えばさっき、『やっぱり』って言ったよな。どうして身元証明が必要になったか知ってるのか?」

「ん? ああ、あれだ。先日ガレーアで()()()が見られたんだよ」

「天の幕…、…オーロラが…?」

「オーロ? なんだ?」

「いや…、何でもない。でも、なるほど…」



 真面目な顔で頷いたトーリ。二人はそれで通じてるようだけどシィアにはさっぱりだ。

 そんなシィアを置き去りにグエンダルは「でもそれだけじゃない」と続けた。



「今回、バインガレエズ(オレたち)とログニアの和解を快く思ってない奴がいるらしい」

「らしい?」

「うん、まあ、『いる』だな。オレたちのとこにもログニアにも、その手の脅迫文が届いてる。和解を中止しろってな。じゃないと、最悪の結果を招くだろう、――だそうだ」



 グエンダルは呆れたように手のひらを上に向け、トーリは少し離れた場所に佇むワイズにチラリと視線を送る。

 それに対して砂漠色の狼獣人はそうだというようにひとつ頷き、そのまま金色の目はトーリから外れこちらを向いた。

 そしてパチリと目が合ったシィアはビクッと耳を立てる。だけど。


( あ…、そうだ、お礼… )


 検問を抜けて少しホッとしたとろこで、あの夜助けてくれたことのお礼をしてないことを思い出した。トーリはまたグエンダルと話している。ならばと、ぎゅっと意を決してシィアはワイズに近づいた。



 近づいて来るシィアにワイズは戸惑ったような表情を浮かべる。その顔はまさにあの時の巨大な狼と同じだ。



「あの…、ワイズ、さん?」

「ワイズでいい」

「じゃあ、ワイズ。あの時、助けてくれてありがとう」

「ああ――、…そのことか」



 シィアを前に少しだけ目を見開いたあと小さな息を吐いたワイズ。戸惑った雰囲気は消えて、鋭い目が緩く細められる。



「シィア、だったな?」

「うん」

「シィアは家族だ、助けるのは当然なのだから礼などいらない」

「家族…」

「いや、深い意味はないぞ。バインガレエズの仲間は血が繋がってなくても皆んな家族として見る」

「でもシィアとワイズは血が繋がってるんだよね?」

「……」



 ワイズは眉間を寄せて黙る。たぶんグエンダルから『家族の話はいらない』と言うのを聞いていて、気を遣ってくれたのだろう。

 緊張で下がっていたシィアの耳は上がり、同じ色の耳を持つ狼獣人をしっかりと見上げる。

 


「ワイズは、シィアの何?」

「……知りたくはないのだろう?」



 僅かに耳を下げたワイズに、もう大丈夫だとシィアは首を振る。たとえ家族がわかったとしても、シィアがトーリと一緒にいたいと言えば駄目だとは言われないはずだと、今はそう思える確信がある。

 ワイズは再び小さく息を吐いたあとに続けた。

 


「…シィアの父親、ユージーンは私の弟だ」

「ユージーン…」



 名前を聞いてもひとつもピンとはこない。



「その、…ユージーンは今どこにいるの?」

「わからない」

「……亡くなったの?」

「それもわからない。お前の母親と共に消えた」

「母親…」

「ああ、でも母親については私も会ったことはない」



 母親、おかあさん。シィアを産んでくれた人。ワイズには「すまない」と謝られたけれどやはりピンとはこないのだ。

 シィアのおとうさんとおかあさんはレテのお墓のなかにいる。そしてその魂は海の果てに。なので謝られてしまうと逆に困ってしまう。



「…そうなんだ」



 取りあえず応えた声をどう受け止めたのか。シィアをジッと見つめたワイズはおもむろに口を開いた。



「シィア、さっきの天の幕の件だがどう思う?」

「え?」



 急な話の振りにシィアは目を瞬く。

 だけどどう思うかと聞かれても、シィアには何のことだからわからない。



「天の幕って…何?」

「ああ…。…いや、天の幕とは空に光る幕のようなものが現れる現象なんだが、それはある出来事が起こる予兆だと言われている」

「予兆?」



 とても勿体ぶった言い方である。けれどトーリも気にかけていた様子だったので教えてくれるのなら聞いておきたい。

 神妙な面持ちで待つシィアを見下ろし、ワイズはひと呼吸置いて答えた。



「異邦人がこの世界に落ちる、という前触れだ」

「異邦人…?」



 どこかで聞いた言葉だ。確かグエンダルがそんな言葉を言っていた…――、



「――あ! えっ、落し子!?」



 思い出し驚くシィアにワイズはそうだと頷く。

 

( …なるほど、それで… )


 シィアはまだグエンダルと話しているトーリを見る。

 もし本当に落し子が来るのだとして、トーリが言ってたことからすればそれは百二十年振りとなる。

 でも今生きている人のうちで誰も落し子本人を見たことがないと言うなら、誰も気づかない可能性だってあるだろう。むしろ気づかれなければいいとシィアは思う。

 理由もわからずに追われるのは怖いことだから。


 トーリをジッと見ていたからかワイズの視線もトーリへと向く。そして。



「お前は、あの男が好きなのか?」



 唐突にそんなことを聞かれて、視線を戻したシィアはパチリと目を瞬く。でも答えなんて決まってる。



「うん、好き。トーリが好き」

「……それは、男としてか?」

「…? トーリは男だよね?」

「いや…、…まぁそうだな」

「?」


 

 シィアの答えにワイズは気まずげな顔になる。何か間違っただろうか? だけどトーリはどう見ても男性なのだから間違ってはないはずだ。



「――シィア」



 その男性特有の低く、でもよく通る声がシィアを呼び、話が終わったのかトーリがこちらへと来た。



「シィア、先にグエンダルと町に行っててくれるかい?」

「えっ、なんでグエンダルと!」

「オレとじゃ嫌なのかよ」

「そりゃーグエンダルよりトーリの方がいいに決まってるよ!」



 向こうで不満の声をあげたグエンダル。それにそんな返事を返せば、黒い耳がへにゃりと下がった。

 ちょっと言い過ぎたかと反省だけはする。でも本当のことだ。

 


「なんでトーリは一緒に行かないの?」



 シィアは再びトーリを見上げて眉を下げる。新しい町だ、町歩きはしたいと思うが当然トーリと一緒の方がいい。――と、訴えかけてみたのだけど。



「僕はちょっとワイズと話がしたいんだ」

「それならシィアも一緒に、」

「ごめん、シィア」



 それは謝っているけれど、はっきりとした拒絶の声だ。

 シィアはぐっと口を噤み、さっきのグエンダルのように耳と尻尾がこれ以上なく下がる。そして視線を落として口を開いた。

 


「……わかった。じゃあグエンダルと先に行く」

「ああ、僕もあとで行くから」

「…うん」



 シィアはトーリに背を向けると走ってグエンダルの元へと行く。


 顔を伏せたまま勢いよくやって来るシィアに、グエンダルが少しうろたえた顔で「泣くなよ…」なんてことを言うのでキッと睨み上げた。



「泣かないよ!」

「そ、そうか?」

「そう! ほら、早く行こう!」

「おう…」



 シィアはグエンダルの手を掴むとズンズンと進んだ。後ろは振り向かない。

 怒ってるわけでも、悲しいわけでもない。ただ少しだけ寂しいだけ。線を引かれたようで。


 シィアには隠していることなんて何もないけど、トーリにはシィアの知らないことがきっと沢山ある。

 トーリの名前は会った時に教えてもらったけど、旅をする目的や探してるものを教えてくれたのは最近で。トーリがログニアの偉い貴族だって知ったのも今日だ。

 聞いたら教えてくれただろうか?

 でも何をどう聞けばいいかなんて、予めわかるものではない。

 シィアは忙しく動かしていた足を止めた。


 そもそもシィアの力でこの全身筋肉で出来たような重いグエンダルが引っ張れるはずがなく。シィアと手を繋ぎ(?)喜び勇んでついて来たグエンダルは、突然止まった足にシィアを見やる。



「…ねえ…グエンダル、あれこれ聞かれるのってどう思う?」



 こちらを見ることなく零された声にグエンダルは怪訝な顔をする。

 


「んん? どういうことだ?」

「もし、グエンダルのことを細かく何もかも知りたがる人がいたらどう思う?」

「あー…、うーん…、それは少しうっとおしいかもな」



 繋がった手の先がビクッと揺れた。心なし耳と尻尾を垂らしたシィアに、何か失敗したかとグエンダルは今度は取り成すように続ける。



「でもそれは相手の人に寄るからな。シィアがオレのことを知りたいってなら何でも教えてやるぞ?」

「別にグエンダルのはいらないよ」

「――…!」



 振り返ったシィアの視線は、絶句するグエンダルを通り越しその後ろへと流れる。

 シィアが何でも知りたいと思うのはただ一人。 もう既に小さくしか見えないトーリはワイズと何か話しているようで、こちらを見ることはない。


 シィアは小さく息を吐き視線を手前に戻すと目の前には少し項垂れたグエンダルがいる。

 どうやらまた言い過ぎてしまったことに気づく。なのでシィアは握っていた手をグイと引いた。



「グエンダル、行こう」



 今度は急かすようなものでなく真実誘うものだ。大体シィア一人では町の中心部がどこかもわからないのだから。




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