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無謀の理由

「……、あたしは旅立った後、勇者として、色々な人を助けて回っていたの」


 困っている人が居れば手を差し伸べ、依頼は勿論無償での人助けもしていた。同業者は偽善だと嘲笑ったが、自分が正しいと信じていたので気にすることは無かった。


 しかし、ある依頼を受けたことがきっかけで、自分を支える信念が揺らいでしまう。


「自分が根本から崩れていくような気分になって、不安で、不安で……すぐにでも、誰かに打ち明けたかったの。でも、そんな話が出来る相手は、一人しかいないから……」


 居ても立っても居られず、休息すら取らずに来たのだろう。明るい髪色とは対照的に、彼女の目の下には暗い隈が痛々しく浮かんでいた。


「それで、村の近くを通った時………覚えてる? ヘッジ――同期の青髪の剣士くんとたまたま会ってね、あたしを見るなり必死な顔で走って来て、何かを伝えようとしていたの」


 ここまでの話を聞いて、ミヒトは(……ん!?)と表情を凍り付かせる。

 果てしなく嫌な予感しかしないが、ミサクの話は続いた。


「ミヒトが――ミヒトが死んだって! ダンジョンでスライムに食われたって!!」

(やっぱりアイツか――!!)


 頭の中で、旧友が白い歯を見せてビッと親指を立てた。


「いくら魔法が使えなくて剣もそれほどでもないミヒトとはいえ、さすがにスライム相手に……とは思ったけど、でも、もしかしたら、と思って……」

「お、俺って、万が一にでもスライムに負けそうに見えるのか!?」


 ミサクは目を逸らして黙り込んだ。下手に肯定されるよりも説得力のある反応を受けて、ショックを受けた顔で仲間達を見るが誰も目を合わせてくれない。


「ま、まあ、それで、急いで突入したわけなんだけど……」


 ただでさえ冷静ではなかったというのに、幼なじみのミヒトが食い殺されたと聞いてパニックになりながら洞窟に入ったら本当にモンスターが居るダンジョンがあって、奥に食われてこそ無いが人型の上級魔族に囲まれたミヒトが居た。


「セイレーンまで居るし、それに……、ミヒトがあたしのこと忘れちゃったみたいな反応するから、洗脳でもされたんじゃないかって、頭に血が上っちゃって……」


 すっかり忘れていたわけではないが、朧気になるほど忘れかけていたことは事実であり、罪悪感からミヒトが「うっ」と言葉を詰まらせる。


「……、なんか同情してきたデス」


 だらだらと汗を流すミヒトに、サリーが冷ややかな視線を送った。オマケに、スーまでもがいつのまにかサリーの肩の上で「早くごめんなさいしなさい」と非難してくる。


「ほんっとうに申し訳なかった! 別に忘れてたとか、約束を破ろうと思ってたとか、そういうのじゃなくて、深く考えて無かったというか、その、本当ごめん!」


 なんとか言葉を選ぼうとするが、どう表現しても最低であることに変わりは無く、出来る限り誠意を込めて深々と頭を下げるミヒトの前で、ミサクが溜息を吐いた。


「はあ……。いいわよもう。よく考えたらミヒトが後先考えずに何かしたり大きいこと言ったり、挙句の果てにさっぱり忘れたりするのは昔からだったもんね……」


 言葉の一つ一つがグサグサ突き刺さり、ミヒトは力尽きた。


「……それにしても、本当に良い魔物だったのね、あなた達」


 ミサクはサリー達を一瞥して、申し訳なさそうにしゅんとする。勢い余って攻撃してしまったが、敵意が無い相手に剣を抜くなんて勇者としてあるまじきことだ。


「まったくデス! ワタシは久々に思いっきり動けて楽しかったから良いデスケド、マリオンがケガでもしてたらタダでは済まさなかったデス」


 思い出したかのようにぷんすこ頬を膨らませるサリーを、近くまで泳いできたティナと、ミサクが落ち着いたのを見て様子を見に来ていたマリオンがなだめる。


「まあまあ……、ここはダンジョンですし、むしろ勇者が入って来るのが普通というか」

「そうですよ。だからミサクさんも気になさらないでください」


 二人がそう言うのなら、とサリーは膨らませた頬を元に戻して引き下がった。

 マリオンの声を聞いて、ミサクが「あれ、キミは……」と顔を向けた。


 あの時は土煙で姿がよく見えなかったのと、補助魔法を扱える術師から落とさなければという戦闘経験から真っ先に狙ってしまったが、姿を見て驚いた。

 中腰に屈んで目の高さを合わせ、優しく声を掛ける。


「さっきはごめんね。話も聞かないで……、痛くなかった?」

「大丈夫ですよ。少し驚きましたが、そちらも大変だったみたいで……」


 大人びた返答をする小さな頭を軽くぽんぽんと撫でて「あの防御魔法キミがやったの? すごいじゃない」と褒めるミサクを、マリオンが何か言いたげに見上げる。


 そこにサリーが割り込んできて、マリオンの隣に並び肩を叩いた。


「ふふふ、マリオンはベリーキュートでショ! 自慢の弟デス!」


 何度か口にされた弟、という単語を聞いて、ミサクは顎に手を当てて二人を見比べた。確かにどちらもパッと見は金髪ではあるのだが、よく見れば見るほど……。


「あまり似てないわね、この子吸血鬼なの?」

「姉弟の絆に血の繋がりなんて関係ナイのデス!」

「吸血鬼ではないし弟になった記憶もないです……」


 どこか諦めが入ったような顔で、マリオンが二人の言葉を否定した。

 ミサクはしばし立ち止まったまま、周囲を一瞥して、サリーやマリオン、ティナ、スー、隠れて様子を見ている小型モンスター達に視線をやった後、ミヒトに話しかけた。


「ねえミヒト、皆はどういう集まりなの?」


 悪いヤツではないが、どういう、と言われると難しいな、とミヒトは考える。


「うーん……、ワケありというか、流れ者の集まりっていうか……」


 一度紹介した方がいいかな、とミヒトは皆を手招きして、近くに集めた。


「この子はティナマリーヌ、愛称はティナ。歌が苦手なセイレーンだけれど、いつもみんなのために一番がんばってくれている、良い子だよ」


 急に褒めちぎるものだから、ティナは真っ赤なって頭から蒸気を吹き出し、辛うじてミサクに「よろしくお願いします……」とだけ言って水底に飛び込んでしまった。


「……ちょっと恥ずかしがり屋なんだ」


 そう言うミヒトに反して、ミサクはなんとなくティナの心情を理解出来てしまったため、彼女に少しの同情心を抱きながら、先ほどまで話していた二人を見た。


「こっちは吸血鬼のサリー。でも、血を見るのが苦手なんだ。近接戦が得意で、ちょっと喧嘩っ早いけど、良いも悪いも態度で表す素直で面白い奴だよ」

「面白いは余計デス! ……でも、たしかにさっきはやり過ぎた気もするデス……」


 戦って楽しかった、という記憶以外が抜け落ちてるサリーだが、ミヒトに止めに入られたことは覚えているため、きっとやりすぎていたのだろうと、しゅんとする。


「あれはあたしが話を聞かなかったせいだもの、気にしないで」

(無事仲直り出来たみたいだな、良かった良かった)


 安心したミヒトの笑みは、サリーが次にポロッと零した言葉で凍り付くことになる。


「いやー、あの時はミヒトを串刺しにしかけてさしものワタシもヒヤッとしたデス!」


 あまりにもゾッとする単語を聞いて、ミヒトは凍り付いた笑みのまま振り向いた。


「な、なあ……、あの時、俺、完全防備だったよな?」

「何言ってるデス。あんなの私の愛剣なら一突きでグサッ! デース!」

「イドロナイトの死骸は抜け殻みたいなものよ。耐久力には期待できないわ」


 ミサクからの補足もあって、ミヒトは青ざめて竦み上がった。サリーがまだ立ち止まれる冷静さを持っていたから良かったものの、勢いで突っ込まれていたら――


 今更ながら恐怖心に駆られるミヒトの隣で、ミサクがマリオンと向かい合う。


「ええっと、マリオンだったかしら。吸血鬼ではないのよね?」

「……むしろ、吸血鬼に見えますか?」


 牙も短いし、少なくともそうは見えないな、と、種族を特定するためじっと見る。


「あ、おい」


 ミサクがマリオンを見つめていることに気がついて、ミヒトが止めに入った。


「何よ?」

「こう見えても夢魔なんだ、魅了が制御できないらしいから、あんまり見つめると……」


 ミヒトの忠告を聞いて、ミサクはますます興味深そうにマリオンを見る。


「ふぅん……、魅了ねえ……」

「あ、あの……」


 あまりにじっと見つめられるものだから、マリオンは居た堪れなさそうな顔をして、おずおずとミサクを見返した。


「可愛い顔だとは思うけど、それだけね」


 どこか得意気な顔でそう告げたミサクに、あっさり魅了されかけた経験のあるミヒトは「おお」と感心の声を上げて、目を輝かせた。

「さすがはミサクだな、熟練の勇者には魅了が効かない、とかあるのか?」


 自分のことのように嬉しそうに語るミヒトに、マリオンが答える。


「そうですね、性が未熟な子供とか……あとは想い人が居る方には効きにくいですね」


 ブフッ! と何かを吹き出す音の直後、激しくむせ返る声が聞こえた。


「……ミサク? 大丈夫か?」

「ゲホッ! いや、ちょっとね! 埃が喉にひっかかっただけ!」


 冷静な彼女らしくなく、慌てた様子で、蒸気が出そうなほど真っ赤に染まった顔の前で必死に手を振るミサクを見て、ミヒトがまさか、と呟いた。


「ミサク、お前……」


 ますます顔を赤くして「な、何!?」と発する彼女に、ミヒトが言葉を続ける。


「本当は魅了喰らったんだろ、恥ずかしくて言いだせなかっただけで」


 にやにやとからかうような笑みを浮かべるミヒトの周囲が、しんと静まり返った。

 何かおかしなことを言ったかと、ミヒトが辺りを見回し始めた時、ミサクが慌てて先の発言を肯定した。


「そ、そうなの! ちょっとクラっと来ちゃって……あはは、は……」


 下方から明らかに怪訝そうな眼を向けて来るマリオンを見ないようにしつつ、ミヒトからも目を逸らしたミサクは、たまたま足元に居たスーと目が合った。


「スーはスーだよ! よろしくね!」


 挨拶にもなっていない挨拶をするスーを見て、ミサクはぽんと手を叩いた。


「入り口に居た、やけに言葉が流暢なスライム!」

「ふふーん。スー喋るの上手でしょ!」


 得意げにするスーを、ミヒトがああ、と指さした。


「これはスライムのスー。うるさいヤツだ」

「これ!? 物扱いした!? あとうるさくないし!」


 しかも自分だけ紹介で全く褒められていないとピーピー怒る姿を見て(確かにうるさい……)と納得しながら、ミサクはミヒトにある話題を切り出した。


「ねえ、……あたしに何か、協力出来ることはない?」


 切羽詰っていたとはいえ、勘違いで迷惑を掛けてしまったことに変わりないし、何よりも、新しい目標を見つけたミヒトの力になりたいのだと言ってくれた。


 遠慮しようと思ったが、あることを思い立って、尋ねる。


「じゃあ……、勇者として、ある噂を流す、みたいなことは出来るか?」


 想定外の切り口にきょとんとするミサクに、ミヒトは今まで旅をしてきた中で、一般市民が魔族に対してどのような感情を抱いていると感じたかと質問する。


 ミサクはちらりと魔物達を見やり、声を小さくして答えた。


「最悪よ。特に王都に近づけば近づくほど、人々は魔物を毛嫌いしていた。未知への恐怖も相まって、少しでも魔族の血が混ざっていたものなら人間すらも……」


 「そうか」と小さく返答し、ミヒトが改めて、広めて欲しい噂について口にした。


「そんな状況だからこそ……、世界には、怖くない、良い魔物も居ると広めて欲しいんだ」


 怪訝な顔をするミサクに、勿論出来る限りで良いと補足する。やりすぎれば、彼女が魔物に侵食された異端者として追放されかねないからだ。


「そのくらい、いいけれど。……噂を広めて、それでどうなるの?」

「それ、は……わからないけど、世界がちょっとでも良い方向に傾いてくれたらって……毛嫌いする人間が減ってくれれば、人に関心のある魔物がコンタクトを取りやすくなるし」


 ミヒトが言っていることは理想的であるが、あくまで理想論だ。

 ミサクは目を細め、問題点を鋭く突いた。


「その噂を利用して、人に近づく悪しき魔物も居るでしょう」


 それはすっかり盲点であり、ミヒトは困り果てて視線を漂わせ、言葉を探した。


「で、でも、その、今の状況はどっちにとっても良くないと思うんだ。だから……」


 黙って話を聞いていたミサクは、ふぅとため息を吐く。


「そんなことだろうと思った。いいよ、協力してあげる」


 呆れた風ではあるがけして冷たくはなく、しかたないな、といった感じに笑いかけて、ミサクはミヒトの頼みを快諾した。


「優しいよね、昔からずっと変わらない。そこに深い意味や考えなんてなくっても、ミヒトがしようとしていることは、きっと良いことに繋がるって、あたしは信じてる」


 言い切ったところで周囲からの視線と、照れくさそうに視線を外し頬を掻いているミヒトに気づき、先の褒め殺しが急に気恥ずかしくなってミサクの顔が赤く染まる。


「そ、それに……」


 咳払いして近くに居たマリオンを引き寄せ、「こんな子供まで迫害するような世の中は間違ってると思うしね!」と、抱きしめて頭をわしゃわしゃ撫でて誤魔化した。


「あ、あの……。僕、子供じゃないので、そういうのはちょっと……!」

「そいつは俺やミサクと同い年だぞ」

「えっ!? 嘘!」


 顔を赤くして困った顔をするマリオンも、助言したミヒトも嘘を言っているようには見えないが、まじまじと見つめてみても、やっぱり子供にしか見えない。


「俺も最初は完全に子供だと思っててさ、それも女の子」

「あー……、あたしも一人称を聞いてなかったらわからなかったかも」

「もうそのくらいで許していただけませんか……」


 明らかに落ち込んだ様子を見せるマリオンを二人で慌てて慰め(になっていない物もあるが)の言葉をかけて励ましている様子を、少し離れた場所でティナ達が見守る。


「最初は怖い人かと思ったけれど……、ミサクさん、良い人そうですね」

「幼馴染だけあって仲良しネ、ミヒトを取られちゃいそうデス」


 明るく、軽い口調で言われた言葉にティナかぴくりと肩を震わせる。


「どうかしたデス?」


 きょとんとするサリーに、「い、いえ……」と赤い顔を背けて返した。その様子を、スーがニヤニヤと笑みを浮かべながら見ていた。


「まあスーは、ティナを応援するけどねっ」

「な、なんのお話ですか!?」


 慌てるティナの前で、スーはふふんと意味深な笑みを浮かべた。

 最早ミサクが居ることに違和感はなく、すっかりここの風景に馴染んでいる。

 こうして、ミヒト達のダンジョンに、新たな仲間が加わった――

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