その光は光明の光?6
コンコン
ひとまずは扉をノックしてみよう、と控えめに叩いてみると、程なくして扉が開かれた。
扉の先には白い装束を身に纏った男性が立っている。
私はまず男性の髪色と瞳の色を確認する。
髪は灰色がかった銀髪、瞳は濁った青色だ。
世の中の人は不思議と意識していないようだけれど、自分の持つ属性が髪色や瞳の色に反映されるので、見た目を見るだけでだいたい属性やどの程度魔法が使えるのかがわかるのだ。
この人はわずかな光属性と水属性、といったところか。
しかし、はっきりとした色が出ていないので、おそらく自身で魔法を使えるレベルではないだろう。
「……何か御用でしょうか?」
黙ってじっと観察するだけの私にしびれを切らして男性から声をかけてきた。
表情は人の良さそうな笑顔だが、警戒している様子も感じられる。
信者を増やしたい宗教の関係者にしては用心深すぎるようにも思えた。
「はじめまして。ここはレイスマフ教の礼拝堂で間違いないですか?」
「……はい、そうですよ」
「ああ、よかった! 私、お友達に聞いてきたんです! 今日礼拝があるって……」
私は営業用の笑顔を浮かべてキャピキャピと話す。
隣から珍獣を見るような視線を感じるような気もするが、気にしないことにする。
「そうでしたか。ではお隣の方も……?」
「は……」
はい、と言おうとして、隣の作り笑顔を浮かべられなさそうなジーンを見て思い直す。
「いえ、彼は私を心配してついていくって言ってきかなくて」
私はジーンの左腕に両腕を絡ませてぴったりとくっつく。
「お……」
ジーンが何か言おうとするのを足を踏んづけて止める。
「いっ……」
「レイスマフ教はとっても神秘的だって聞いてきたんです。礼拝の時には神様が本当にいらしてくださるとか……?」
「ええ、そうなんですよ。今日はもう礼拝は終わってしまったところなんですが、よければ中で話を聞いていきませんか?」
男性は私の様子を見て警戒を緩めてくれたらしい。
笑顔の中にわずかな期待を乗せて私を見てくる。
大方、信者を新たな捕まえる好機だ、とでも思っているのだろう。
「まあ! いいんですか? ありがとうございます!」
私はそれを利用して無邪気なふりを続ける。
「どうぞ」
細く開けられていただけの建物の扉が私達に向けて大きく開かれた。
潜入成功、といったところだろうか。
「お邪魔します」
建物内部は壁もない続き間になっていた。
薄暗い室内の中には白い布がかけられた、どこにでも売っていそうな椅子が所狭しと並べられている。
一番奥には一段高い台が置いてあり、その背後には石で作られた人間の像があった。
いかにも宗教施設、といった内部だ。
「こちらへどうぞ」
私達はその一番前列の椅子に座るよう促された。
中には他に、箒と掃除用の布を持ち、今まさに掃除をしていた様子の女性が二人いる。
女性二人も光魔法が使えるような容姿には見えない。
その二人も白い服に見を包んでいるが、礼拝の装束と思われる立派な装飾の服を着ているのは出迎えてくれた男性だけだ。
出迎えてくれた男性が、この中にいる人間の中で一番偉い人のように見える。
「ありがとうございます!」
私は建物の中の観察を素早く終えてから、高揚しているような声を出して、勧めに従って腰を下ろした。
「私はエバークラインでレイスマフ神の教えを説いております、司祭のレムノフ・ブルックと申します」
やっぱりこの人が一番偉い人か。
レイスマフ教に似せた名前は恐らく偽名だろう。
「よろしくお願いします! 私はレナ……・ダスカーです。こちらはジーン・ジャミルズです」
「よろしくお願いします、レナさん、ジーンさん」
私が名乗ると、ジーンがちらりと私に鋭い視線を送ってきた気がする。
たぶん、俺に名乗らないくせにこの犯罪者には名乗るんだな? と、言いたいのだろう。
今名乗ったのは偽名よ、と言うわけにもいかず、私は視線には気がつかないふりをする。
私に名乗るべき本名はないのだから、偽名を使う他ないじゃない。
なんて、そんな事情をジーンが知るわけもないし。
私の名乗りに司祭さんは特に反応はなく営業スマイルを続けている。
昔からエバークラインに住んでいる人ならダスカーの名に、情報通ならジーンの名に反応するかと思ったが、どうやらそのどちらでもないようだった。
「こちらがレイスマフ神の教義を簡単に説いた書物です。どうぞお持ちください」
「ありがとうございます!」
書物とは言えない薄い紙を何枚か束ねた冊子を受け取る。
しかし、表紙に印刷された文字は凹凸があり、どことなく高級感と神々しさを感じさせた。
こんな住居を改装したような礼拝堂を使わざるを得ないくらいお金がないくせに、こういうところに惜しみなくお金を使うところが、いかにも信者がほしい宗教という感じがする。
「レイスマフ神はスマーフ王国が興るずっと前にこの一帯を守護していた守護神様で」
司祭さんはスラスラと慣れた調子で説明を始めた。
話が長くなりそうだ、とジーンは足を揺らしてイライラを表現し始めている。
私としても嘘くさい教義を聞くつもりはあまりない。
「と、いうようにレイスマフ神は」
「素晴らしい神様なんですね! 私達のお願いを聞いてくれるんですものね!」
私は司祭さんの話をぶった切って大袈裟に感嘆の声を上げる。
司祭さんはピクリと眉を動かしただけで笑顔を絶やさず「そうなんです」と、同意してくれた。
「あの、司祭様? 可能なら私、今すぐにでもレイスマフ神に祈りを捧げたいんですけれど」
「えぇ、それはレイスマフ神もお喜びになるでしょう」
「本当ですか!? 嬉しい!」
私はキャピキャピ声で両手を合わせる。
ちらりと見た隣のジーンが吐きそうな顔をしているような気がするが、気にしないことにした。
「レイスマフ神は願いを聞き届けてくださるとこの礼拝堂全体に光が満ちると聞きました! それが見られるんですね!?」
「いえ、それは礼拝の時のみで……」
「わあ、楽しみだわ! ねっ? ジーン? 貴方もその光を感じられれば私がここの礼拝に通うことを許してくれるでしょう?」
私は再び隣のジーンの腕に甘えるようにしがみつく。
ジーンの腕は見た目以上にがっしりしている。
腕に自信があるというのは努力の上に成り立っているのかもしれない。
「おまっ……」
しかし、腕に自信はあっても女性に免疫はないのだろうか。
私が抱きつく度に身体を強張らせ、今にも「何してんだ!」と振り払われそうだ。
私はジーンがそんな失言をする前にぎゅうぎゅうと必要以上にくっついて押し止めた。
「ジーンったら私のことを心配してレイスマフ神のことを信じてくれないんですよ? ここに来るのも今回だけで、二度目はないって……。そうならないためにも、ぜひレイスマフ神にお会いしたいんです!」
誰にも口を挟ませないよう、矢継ぎ早に続ける。
「私はここに通ってお祈りを捧げたいのに……。ね、司祭様? こんな私にもレイスマフ神は会ってくださいますよね?」
「それは……」
司祭さんは困惑した顔で清掃作業をしている人達をちらりと見た。
魔法陣はきっと貴重なものだから、私だけのために使いたくはないのだろう。
だけど、こちらにも事情というものがあるのだ。
次の礼拝まで待つのは面倒だし、一般人、それも信者の前で犯罪を問いただすのも気が引ける。
「今すぐにレイスマフ神のお力を身近に感じられる、あのブレスレットがほしいんです! 他にもたくさん……お家にもレイスマフ神の像がほしいですし。でも、ジーンが許してくれないとやっぱり難しくて……」
私は司祭さんにうるうるした瞳を向けて懇願した。
高価と聞くブレスレット等を買うとちらつかせれば、魔法陣一つくらいの価値はあるだろう。
「……わかりました。レナさんのその熱心さにレイスマフ神は応えてくださるでしょう」
「まあ! ありがとうございます!」
ひとまず作戦成功、だ。
あとは魔法陣の存在と使用の確認ができれば、窃盗事件について問いただせるだろう。