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昼の紅茶、夜の紅茶4

 私は一人で放心状態で座っている。


 思いっ切り泣いた私は、恐らく泣き腫らしたひどい顔をしているだろう。

 そんな顔を真正面から見られたくなくて、私は住居スペースに移動してきていた。


 住居スペースにはお祖父ちゃん愛用の皮張りのソファがある。

 ソファなら並んで座れるので顔を見られることもない。


 ジーンは私が泣き止むまでずっと抱きしめてくれていて、落ち着いた今は一階で食器の片付けをしてくれている。

 迷惑をかけっぱなしで本当に申し訳ない。

 ジーンにも何度も謝ったけれど「謝らなくていい」と、優しく頭を撫でるだけだった。


 まさか一日に二度も泣くことになるなんて。

 それもどちらもジーンの前で、抱きしめられながら。

 冷静に考えるととても恥ずかしい。

 顔が熱を持つけれど、それも隣に座るソファなら見られる心配はない……だろうか。


 トントンと階段を登るリズミカルな音が聞こえてきて、お盆を持ったジーンが顔を覗かせる。

 お盆の上にはカップがニ客載っていた。


「あ、ありがとう」


 ジーンがサイドテーブルにキッチンで淹れてきてくれた紅茶を置いてくれる。

 紅茶の香りから、昼にマインさんと飲んだものと同じ茶葉だということがわかった。


 カップを手に取ると、いい香りと共に湯気が漂ってくる。

 温かい。


「……美味しい」


 一口飲むと温かさがお腹にまで届くのがわかる。


 ──なんでだろう。

 昼も飲んだし、普段もよく飲んでいる茶葉なのに、別物だ。

 不思議といつもよりも美味しく感じる。


 ジーンも自分の紅茶を置くと私の隣に座った。

 ソファは一応二人がけだが、余裕のあるサイズではないので隣のジーンと肩が触れ合ってしまう。


 触れた肩が熱くてついそちらばかりに意識が行く。

 そんな自分にまた戸惑う。なんだか今日の私はいつもと違ってすぐに心臓の鼓動が早くなる。


「……紅茶を淹れるのも上手なのね。何か特別な淹れ方をしているの?」


 様子が違うことを悟られたくなくてそんなことを聞いてみた。


「いや、特別なことはしていないと思うが……」


 ジーンが首を傾げながら教えてくれた紅茶の淹れ方は、たしかに私が淹れているのと同じだ。

 カップは事前に温め、お湯の温度は沸騰直前、茶葉を蒸してから淹れる。


 それなのに、なんでこんなに美味しいんだろう。

 私はもう一口飲んでみるが、やっぱり美味しい。

 温かくて優しくて安心する。

 まるでジーンに抱きしめられているみたい──


 そこまで考えるとまた顔が熱くなってくる。

 ダメだ、なんだか本当におかしい。


「……そ、そういえば何か私に用事があったのよね?」

「ああ、そうだったな」


 ジーンは私に用があってここに来てくれたのに、聞くまでにだいぶ長い時間がかかってしまった。

 謝ろうとすると、ジーンの大きな手が私の頭の上に伸びてきて、優しく撫でる。

 まるで私の言うことがわかっているみたいだ。


「ギョウジョーのことなんだが」


 その名前を聞くと、今まで夢の中にいたような温かい気持ちだったのが、現実に戻される感じがする。

 私は居住まいを正してジーンの話の続きを待った。


「まだ被害は出ていないが、エバークラインの近辺でギョウジョーの目撃情報が相次いでいる。警備隊が巡回を強化しているが、人手も足りなくてずっとこのままというわけにもいかない状態だ」

「エバークラインの警備隊は普段は門前警備しかすることないから、人も最低限しか配置されてないのよね……国境が近いってわけでもないし」

「ああ、だから警備隊は今は休みなしらしい。それ自体は俺には関係ないしいいんだが」

「いいんだね」


 ジーンは私に優しくしてくれるから忘れがちだけれど、基本他人には厳しい気がする。

 ザヴァルとも相変わらず喧嘩ばかりみたいだし。


「もし実際にギョウジョーが襲ってくるようになったらあいつらだけじゃ対処しきれないで怪我人が出ることは目に見えている。それなのに何も動こうとしない上に直訴しに行ったんだ、どうにかしろと」


 ジーンは本当に真っ直ぐな人だ。

 こうと決めたら突き進む強さがある。

 そこには上下関係も障害にはならない。


「そうしたらああだこうだと理由をつけてどうしようもできないと抜かしやがった。行動もしないで」


 ジーンの真っ直ぐさは人によっては疎ましく思われるだろうということは想像がつく。

 特にエバークラインのような田舎街で昔から兵士をやっているような人は変革を嫌う。

 ジーンとの衝突は必至だろうと想像がついた。


「だからお前がやらないなら俺がやると啖呵を切ってきたんだ。そのくらいは渋々了承してくれたよ」

「ああ……」


 その場が想像つきそうなやり取りだ。


「ってことはジーンは私に知恵を借りにきたのかしら?」

「まぁ……それもある」


 ジーンは恥ずかしそうに頭を掻く。

 ギョウジョーをどうにかしたいと言っても、全個体をジーン一人で駆逐するのは骨が折れる。

 と、なると他の方法でギョウジョーからエバークラインの農地を守る必要があるのだ。


「ひとまずの行動はもう決まっている。隊長に魔法省への嘆願書をもらってきた」

「……魔法省」


 その名を聞くだけでお腹にずしりと重しが乗っかったようだ。


「隣のローレイラって街に魔法省の支部があるらしい」


 昼間にマインさんからもローレイラの話を聞いた。

 マインさんの友人が住んでいるという話題で名前が上がったのだ。

 私はお祖父ちゃんに連れられて一度行ったことがあるが、エバークラインよりも栄えた街だった。


「そこに嘆願書を持っていくつもりだ」

「……内容は?」

「エバークライン周辺農地に魔物避けの魔法をかけてもらう」

「…………」


 なんと言ったらいいだろうかと悩んでいると、ジーンが困った顔で笑う。


「……やっぱり難しい、か」

「ええ……残念ながら」


 いくら田舎街のエバークラインと言っても農地の数は両手に収まりきらない数存在する。

 その広さも広大で、魔法をかけるとしたらかなりの労力がかかるだろう。

 ただでさえ心が狭くケチくさい魔法省がそんなことをしてくれる可能性はゼロだ。


「……それでも俺は嘆願書を渡しに行くつもりだ。魔法陣について書かれた書物も借りたいしな」


 ジーンの本来の目的である魔法陣の生成。

 その手がかりである書物はたしかに支部にも置いてあるだろう。

 ──それを借りられるかどうかは別として。


「魔法省は兵士が嫌いだから……」

「わかってる。でも試してみたいんだ」


 ジーンの瞳は真っすぐで私は思わず目を逸らす。

 温かかった心が冷えていくのを感じる。


「……そう」


 辛うじてそんな返答しかできない。

 本当は()()()もっと簡単に借りることができる。

 捨てられて、そして捨ててきたものに縋れば。

 それができない私をジーンは軽蔑するだろうか。


「……それで、ギョウジョーのことだが、魔法省に断られることを考えて他の策も考えておきたい」

「ギョウジョーを魔法なしで遠ざける方法、よね」

「ああ。頼ってばかりで申し訳ないのだが」

「いいのよ。前にも言ったけれど、私はエバークラインが好きだから、それを守れるためなら持っている知識を使いたいの」


 そう言って微笑むと、ジーンはふわっと笑って肩の力を抜いた。

 断られると思ったのだろうか。


「そうね……ローレイラに行けば解決の方法がわかるかも」

「本当か!」

「ええ、ローレイラは学術の街だからね。魔法省の他にも様々な研究所があるのよ。薬草研究所、医療研究所、魔物研究所、歴史研究所、気候研究所……。魔物研究所なんかはローレイラの警備隊に協力を仰いで魔物の生態を研究することもあるみたいだから、兵士にも好意的だと思うわ。ギョウジョーについて聞いてみたら何か対策が見つかるかも」

「それは試してみる価値があるな!」


 ジーンはパッと顔を明るくする。

 ジーンが嬉しそうだと私も嬉しくなってくるのはなんでだろう。


「それじゃあジーンはしばらくローレイラに行くのね」

「ああ、しばらくザヴァル一人でどうにかしてもらう」


 渋い顔のザヴァルが頭に浮かんだ。

 まぁザヴァルなら数年のキャリアがあるし、他にも治安維持部隊の隊員がいるのだからなんとかなるだろう。


「すぐに行くの?」

「ああ、上の許可は取れているから明日にでも」


 エバークラインからローレイラまでは移動だけで一日かかる。

 現地で魔法省へ行ったり魔物研究所に寄ったりしたら数日は帰って来ないことになる。


「…………」


 なんだろう、途端に街の外へ一人で放り出されて帰る道がわからなくなった子供、みたいな気持ちになる。


 感じたことのない感情にただただ戸惑う。

 なんでいきなりこんな気持ちになったのだろう。

 様々な知識はあるのに、自分のことになるとまったくわからなくなってしまう。


「それで今日来たもう一つの理由なんだが」

「……?」


 そういえばジーンはいくつかの理由があって私に会いに来たと言っていたっけ。


「レナも一緒に行かないか? ローレイラへ」

「……へ?」


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