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曇天は初デート日和4

「俺は王都に近いグレダフという街で生まれ育ったんだが、俺には生まれた時から父親がいなくてな。母親と二人暮らしだった。父親のことはいくら聞いても教えてくれなかったから、恐らく死んだわけではなく不義の子、とかなんだろう。母親の出身地もグレダフではないようだったが、結局どこだかわからず仕舞いだ」


 ジーンの瞳は凪いでいる。

 だが、その瞳の奥に何らかへの憎悪が隠されているような予感がした。

 私も同じだから、わかってしまうのかもしれない。


「母親は身を削って金を稼ぎ、俺を育ててくれた。仕事についても教えてはくれなかったが、身寄りのない女が稼ぐとなれば一つだろう。仕事へ行く時間も夜が多かったしな」


 家を勘当された私も下手をすればそうなってしまう可能性があった。

 ただ、私にはエバークラインで顔の広いお祖父ちゃんという存在があり、店もあったのでなんとかなっているようなものだ。

 家の名前や出自を重んじるスマーフ王国では、訳アリの人間が生きていくことは難しい。


「大きくなるにつれ俺は母親がこんな思いをしなきゃならない世の中を恨むようになっていた。それと同時に、俺が母親を楽にさせてやろうと、そう決意していた。とはいえ、父親のいない俺が就ける仕事は限られている。その中で一番給金がいい仕事を、と思ったら必然的に国の兵士だった」


 国の兵士は腕の立つ者を求めるので、家柄がしっかりとしていない者でも入ることができる。

 そのことは私も知っていた。


「でも、家柄をまったく問わないっていうわけじゃないでしょう?」


 ただの兵士ならともかく、騎士と呼ばれるような人間は家柄が良い人が多いはずだった。


「そうだ、もちろん入りにくい。だが、可能性はゼロではない。実際俺も入れたわけだからな」

「家柄なしで戦時隊に……。それって並大抵な腕前じゃ難しいと思うけれど」

「だから俺は腕には自信がある、と言っているだろう?」


 ジーンは得意気にそう言う。

 相当な努力に裏付けされた実力なのかもしれない。

 謙遜せずに自分の腕に自信を持っている様は見ていて気持ちのいいくらいだ。


「もちろん同期から良くは思われていなかったがな。俺は家柄だけじゃない、魔法も使えないから」

「うん」

「気がついていたか?」

「ええ……」


 私はジーンの容姿を改めて見た。


「属性を持った人間はその属性が表にも出るから。例えばザヴァルはきれいな水色の髪でしょう? ザヴァルは水属性を持っていて、その魔法が使えるの。だけど、ジーンは目は薄い茶色、髪の色は金だから、あまり魔法を使えるように見えないなとは思っていたわ。地の属性ならもっと髪も目も深い茶色になるだろうし、雷の属性ならもうちょっとオレンジがかった色になるはずだから」


 容姿を見ればその人がどの属性を持っているか、その属性は魔法を使えるほど持っているかがだいたいわかる。

 属性を持っていても、魔力が足りないと容姿にはっきりと特徴がでない。


 例えば、水の属性なら、銀髪に近い水色だとその人は恐らく魔法を使えない。

 ただ、属性を持っていないが魔力はある、という人も中にはいるので、それは容姿だけではわからないのだが。


 しかし容姿を見るとだいたいのことはわかるので、初対面の人をじっくり観察するのが私の癖になっている。

 だから、人の顔をよく覚えられるのかもしれなかった。


「そうなのか。やっぱり俺は魔法が使えないんだな……」


 私がつい詳細に語ってしまうと、ジーンはがっくりと項垂れている。


「ご、ごめんなさい。でも、属性がなくても魔力はあるかもしれないけれど……」

「いや、いいんだ。戦時隊の仲間で魔法が使えるやつに特訓してもらったんだが、それでも俺には使えなかった。だから、レナが言うように俺には属性がなくて魔法が使えないんだろう」


 ジーンは困ったように笑う。

 その顔に疑問は一つも浮かんでいなくて、ジーンは魔法が使えないか何度も何度も試して、諦めるくらいに努力したのだということが伺える。

 ──かつて、私がそうだったように。


「……ジーンは同期からよく思われていなかったと言っていたけれど、協力してくれる仲間はいたのね」

「ああ、俺のように腕を頼りに入隊したやつもいて、決して孤独というわけではなかったよ」

「そうなのね」


 ジーンは昔を懐かしむように優しげに目を細める。

 戦時隊での生活は楽しいこともたくさんあったのだろう。


「グレダフの治安維持部隊に入ってもよかったんだが、どうせ入るなら給金が多いところの方がいいからな。上を目指していたら入ることができたんだ。……母親は危険な仕事に就くことを快くは思っていなかったようだが」


 ジーンは表情を曇らせる。


「……そんな母親も俺が戦時隊に入隊してすぐに病で死んだよ」

「……!? そ、そんな……」


 戦時隊を目指してやっと夢が叶ったというのに、幸せにしたかったはずの母親が亡くなってしまった。

 ジーンはさらりと言ったけれど、そうなるまでにどれほどの寂しく悔しい夜を過ごしたのだろう。

 ──もしかしたら、今だって。


 誰かを亡くし、永遠に会えなくなる苦しみを知ってしまったからこそ、ジーンの気持ちを思うと胸が痛い。

 それと同時に、だからこそ私とジーンは通じるものがあるのだと思う。


「身体を使った仕事だったんだ、無理もない。母さんと同じ仕事をしていた人はもっと早く死んでいた人もいる。むしろ、長く持った方なんだろうな」

「……」


 その言葉をこうしてさらりと言えてしまうジーンに胸が痛む。


「だが、長年俺を支えてきた金を稼ぎたい気持ちだけは消えなかった。できる限り上に行きたいという気持ちも。だから、戦時隊でもひたすらに努力を続けたよ。それなのに……」


 ジーンがグッと身体に力を込めたのがわかった。

 まるで、暴れだしそうな自分を抑えるように。


「これはまだ外には公になっていないことなんだが、王城警備部隊や近衛部隊など、いわゆる騎士と呼ばれる兵士たちは剣の腕以外に魔法を使えることが必須になったんだ」

「……!? そんなことが……!?」

「ああ、これからの時代は魔法を交えて戦うことが必須で、使えない者は負ける運命だと。人命を無駄にしないために別の部隊で活躍してほしい、それが俺がエバークラインにきた理由だ」


 確かに剣と魔法が使えれば攻撃は多様になり、そういった人を相手に剣のみで挑むのは困難を極めるだろう。

 とはいえ、負ける運命だと断じていいのだろうか。

 ──それに。


「世論の反発は必至でしょうね」


 スマーフ王国では魔法が使える者と使えない者とで格差があるのが現状で、それに対する反発も大きい。

 いくら国の安全のためとはいえ、国が主導で魔法差別とも取られかねない人事を行っていることが知れれば大変な問題となるだろう。


「だから公表しないんだ」

「かといって隠し通せるとは思えないけど……」

「今後は隊員を選定する時に魔法が使える者だけを取るつもりなんだろう。使えない者は王都の外へ。応募要項に記載しなければ、実力で選んだ結果だと言って押し切れるとでも思っているのだろう。それに、元々戦時隊やその上には魔法が使える者がほとんどだった。外へ飛ばされたのは俺を含めて十人程度。それも時期をずらして異動させるようだ」


 世間の反発を避けるために公にせずに遂行しようとしているらしい。


「魔法、か……。だから、ジーンは魔法が使いたいのね。戦時隊に戻るために」

「そうだ」


 ジーンは揺れることのない瞳で真っ直ぐに私を見る。


「正確には戦時隊に戻ることが目的ではない。俺は父親がいないことで苦労し、そして次は魔法が使えないことで苦労しようとしている。そんな世の中が嫌だし、変えたいと思っている。だから、俺が戦時隊へ戻ればなにか変わるかもしれない。何も持たない俺が」


 決意を語るジーンを見て眩しいと思う。

 負けてばかりの人生に甘んじず、逆らおうとしている。

 それも、国という大きすぎる敵に立ち向かって。


 私とは真逆だ。


「……私でお役に立てるとは思えないけれど」

「そんなことはない。レナは俺の知らないことをたくさん知っている。魔力がなくても使える魔法陣の存在だって。だから俺はレナに力を借りたい。……自分勝手な願いだとわかってはいるが」


 自信満々だったジーンが最後だけ弱々しく申し訳なさそうに言う。

 そういうところが憎めなくて、突き放せないのだ。


「……まぁ、できる範囲でいいならば。でも、くれぐれも私に期待しすぎないことね」

「……?」


 ジーンがなにか聞きたげな表情をするが、私はそれから逃れるように視線を外す。

 自分のことを話すつもりだったけれど、話しにくくなってしまったなぁと思いながら。


「この辺りでいいかしら?」


 後ろを振り返ると、エバークラインの門が遥か遠くに見える。

 話しているうちにだいぶ歩いていたので、ここなら光の魔法を使っても問題ないだろう。


「……そうだな」


 未だに私を案ずるような顔をしているジーンもこくりと頷いて同意した。


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