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第37章 三つ目の花冠


 ネイルは受け取った書類を折り畳んで巾着と一緒に外套へ収めた。


 巾着には銀貨が数十枚。書類はオーダーを達成した証明書だった。


 これをギルドへ持っていけば今回の働きも実績として残るらしい。


 広場の端で待っているとアデルも列から離れてきた。腰には報酬の袋を下げ、片方の掌は水平に保ったままだ。


 フラウはまだ眠っていた。


「これで終わればいいな」


 アデルは捕まえた男が連れていかれた方を見ていた。


「終わらないよ、きっと。むしろこれからじゃないかな」


「……そうだな」


 ラザンは捕まった。短剣二本と精霊の力を採る瓶も持ち帰れた。


 けれど姿を消した仲間の居場所は分からない。あの瓶で何体から力を抜いたのか。放された後に精霊たちがどうなったのかもラザンは話さなかった。


 捕まえたのはヒューマンだったが、姿を消した方はエルフに見えた。同じ目的で動いているのなら種族を越えたつながりがある。


 石を受け取る者とあの短剣を作れる者もまだ捕まっていない。


(やけに冷静だな)


(まだ分からないことばかりだからね)


 ネイルは広場へ目を戻した。


 報酬を受け取った冒険者たちが連れと話しながら散っていく。フィンもグリンももう見えなかった。


(護衛の依頼からここまでつながるとは思わなかったけど)


(主が首を突っ込むからではないか)


(今日はちゃんと依頼だったよ)


 隣でアデルが掌へ視線を落とした。


「ネイルはここに居続けるのか?」


「あと二か月くらいはね」


「そうか。私が滞在している間はときどき顔を出してもいいだろうか」


「いいよ。いない日もあると思うけど」


「その時はまた来る」


「アデルも依頼を受けに行くんでしょう?」


「ああ。だが今日のような仕事ばかりとは限らないからな」


 アデルの手の上でフラウが身じろぎした。


 丸めていた脚が伸び、小さな手が指の付け根を押す。アデルはその動きを感じたらしく掌へ顔を寄せた。


「起きたか?」


「うん。今伸びてる」


 フラウは両腕を上げたまま目を擦った。


「……ねいるおねーたん」


「おはよう。よく眠れた?」


「うん。あったかかった」


「それはよかったね」


「何と言っている?」


「アデルの手があったかかったって」


「……そうか」


 フラウが立ち上がってふわりと浮く。アデルは軽くなった掌を見つめてゆっくり指を曲げた。


「もう離れたのか」


「目の前にいるよ」


「そっちのおねーたん、またねるね」


「また寝に来るって」


「……私の手でか?」


 ネイルが頷くとアデルは少し困った顔をした。


「剣を持っていない時にしてくれ」


 伝える前にフラウはネイルの肩へ飛んできた。外套の布を掴み、今度はフードへ潜らずにその上へ腰を下ろす。


「おねーたん、どこいくの?」


「ギルド。これを届けに行くんだ」


 ネイルが外套の上から書類へ触れるとフラウは通りを指した。


「じゃあ、あっち!」


「そっちで合ってるけど……フラウも行くの?」


「とちゅうまで」


 アデルも同じ方へ用があるというので三人で広場を離れた。


 ◇


 通りへ出ると城へ向かう者と戻ってくる者が行き交っていた。


 荷車を避けて端へ寄るたびに肩のフラウが外套を握り直した。


「髪は引っ張らないでね」


「いま、ひっぱってない」


「うん。今はね」


 フラウはネイルの耳の横から顔を出して進む先を見ていた。


 ギルドへ続く角が近づいたところで外套を小さく引く。


「あそこ」


 指の先には低い手すりが通りに沿って延びていた。上は平らで、その一角に小さな花冠が三つ並んでいる。


 ネイルが足を止めるとフラウは肩から飛び下りた。


 手すりへ降りて花冠の一つを両手で持ち上げる。白かったらしい花弁は端から茶色くなり、輪に編まれた茎もところどころ乾いていた。


「置いてあったの?」


「うん。わたしたちの」


 ネイルは手すりのそばへしゃがんだ。


 フラウは花冠を頭へ乗せようとして途中でやめた。垂れた花を指先で起こしてみるが手を離すと元へ戻る。


「しおれちゃった」


「少し時間がたったからね」


「ここ、いっぱいさいてたんだよ」


 手すりの下には草花が植わっていた。フラウが指す辺りにも同じ形の白い花が残っている。


「そこで摘んで作ったんだ」


「うん。これ、わたしの」


 フラウは手に持った花冠をネイルへ向けて掲げた。


 輪の片側だけに白い花が多く集まっている。


「いっぱいつけた」


「そっちが重くならなかった?」


「なった。こっちにおちてくるの」


 フラウが頭を傾けてみせる。


「でも、いっぱいがいいの」


 ネイルが笑うと隣へ来たアデルも手すりに目を向けた。


「その花冠を持っているのか?」


「うん。自分で作ったんだって」


「私にもそれは見える。ずいぶん小さいな」


 アデルが屈んで花冠と同じ高さへ顔を近づける。フラウは少し得意そうに花冠を高く持ち上げた。


「あと二つは?」


 ネイルが尋ねるとフラウは自分の花冠を下ろして真ん中を指した。


「こっちは、いつもいっしょにあそぶこ。きょう、もんにいた」


「妖精の子?」


「うん。あっちのお花、つんできたの」


 今度は少し離れた植え込みを指す。


 その花冠には白い花の間に黄色い花が混じっていた。


「それで、こっちは……」


 フラウの手が最後の一つへ伸びた。


 細い茎を持ち上げかけてそのまま止まる。


「……あれ?」


 花冠を下ろして首を傾げた。


 ネイルは何も言わずに続きを待った。


 フラウは三つの花冠を順に見てから自分の胸へ手を当てる。もう一度真ん中を指し、最後の一つの前で指を曲げた。


「だれのだっけ」


「一緒に作った子の?」


「うん。いっしょに……つくった」


 少し間が空いた。


 フラウは花冠の縁を撫でていた。乾いた葉の先が小さな指に引っ掛かる。


「つくったのは、おぼえてる」


「どんなふうに?」


「わたしの、すぐほどけちゃって。お花もおちちゃったから……」


 フラウは両手を前へ出した。


 何もないところで指を重ねる。細い茎を押さえるように片手を添えてもう片方をその下へくぐらせた。


「こうやるんだよって。ここ、おさえててって」


 同じ動きをもう一度する。


 それから手を下ろしてネイルを見上げた。


「……だれが、いってた?」


 ネイルはすぐには答えられなかった。


「僕はその時いなかったから」


「そっか」


 フラウはまた花冠へ顔を向けた。


 屈んだままのアデルがネイルに尋ねる。


「どうした?」


「一緒に作った相手を思い出せないみたい」


 アデルは三つ目の花冠へ目を移した。


 フラウがその縁を持ち上げる。乾いた花が一つ揺れた。花冠はまた手すりへ下ろされた。


「門にいた子に聞けば分かるかな」


 ネイルが言うとフラウは小さく首を振った。


「まえ、きいた」


「何て?」


「わかんないって。でも、いっしょにいたきはするって」


「フラウもそう思った?」


「うん」


 通りを荷車が通った。


 車輪の軋む音にアデルが少し身を引く。ネイルも杖を膝元へ寄せて行き過ぎるのを待った。


 フラウは手すりに座っていた。


 いつの間にか自分の花冠を膝へ乗せている。花の少ない方を両手で持ち、ほどけかけた茎を見つめていた。


「その子が結ぶのを手伝ってくれたんだね」


「……うん」


「名前も思い出せない?」


 フラウは口を開きかけた。


 何も言わずに閉じてから、もう一度、小さく開く。


「わかんない」


 声が、先ほどより小さかった。


「ここにいたのに」


 自分のすぐ隣を指す。


 ネイルも指された手すりを見た。三つの花冠を置いてもまだ十分に余る広さがあった。


 フラウの手がネイルの袖を掴んだ。


「おねーたん。なんで、わかんないの?」


 ネイルはその手へ目を落として少し身体を近づけた。


「……僕も確かめたいことがある」


 黒い短剣の根元にあった輪が頭に浮かんだ。精霊の力だけでなく、その使い方まで取り出しているのだとしたら。


「フラウ。中に石のある瓶を見たことはない?」


 袖を掴む指に力がこもった。


「……かってに、ふたがしまるやつ?」


「中に入ったことがあるんだね」


 フラウは頷いた。


「もんにいたこも、いっしょだった。なかの石、さわりたくなったの」


 花冠を膝に置いたまま空いている手を上へ伸ばす。


「ふたがしまって、ちからがぬけちゃった。でも、すぐにあけてくれた」


「誰が?」


「おとこのひと。わたしたちがでてきたの、わかんなかったみたい」


 ネイルはその手が下りるのを待った。


「瓶の底にも石があった?」


「あった。あおいやつ」


「全部青かった?」


「さいしょ、しろいとこ、ちょっとだけあった。すぐ、なくなっちゃった」


 フラウは指の間をほんの少しだけ空けてみせた。


 底の石が端まで青くなったら止まる。


 ラザンはそう言っていた。


(パレード。あの瓶は力だけを抜いていたんじゃないのかも)


(記憶ごとか。精霊も妖精も、魔力に蓄えておるものは同じだ)


(底の石にはもうほとんど空きがなかった。だから途中で止まったんじゃないかな)


(同じ仕組みならその可能性はある)


(抜かれた記憶は? 魔力が戻れば……)


(それだけでは埋まらん)


 ネイルは、袖を握っている小さな手へ、自分の指を添えた。


 殺しちゃいない。力を少し借りただけだ。


 ネイルはアデルへ顔を向けた。


「ごめん。ギルドへ行く前にグリンのところへ戻りたい」


「今日の件と関係がありそうなのか?」


「あれと似た瓶に友達と一緒に閉じ込められたことがあるって。二人とも同じ子を思い出せないなら確かめておきたい」


 アデルはそれで頷いた。


「分かった。私も行こう」


 フラウが袖を引いた。


「そのこ、さがすの?」


「うん。ほかにも知っている人がいないか聞いてみよう」


「わたしもいく」


「一緒に来て。さっきの話をもう一度聞かれるかもしれないけど」


「おぼえてることだけでいい?」


「うん。覚えているところから聞かせて」


 フラウは頷いて膝の花冠を抱え直した。


「これ、もってく」


「うん。つぶさないように包もうか」


 ネイルは外套から布を取り出して手すりへ広げた。


 フラウが自分の花冠をその上へ置く。少し考えてから真ん中にあった友達の分も持ってきた。


「これも。こんどわたす」


「分かった」


 アデルが立ち上がり、二人の後ろを人が通れるように場所を空けた。


 ネイルは布の端へ手をかけたがフラウはまだ手すりにいた。


 三つ目の花冠へ近づいて茎を両手で持つ。


「それも持っていく?」


「うん」


 フラウは顔を上げずに答えた。


「おいてくの、いや」


 ネイルは布の端を少し広げて三つ目を置ける場所を空けた。


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