あの顔には見覚えがある
あの顔には見覚えがあった。
昔、森であいつが何度も口にしていたものに、よく似ていた。
可愛い妖精さんがいる。
そう言っていた。
いつからだったか、言わなくなった。
忘れたんじゃない。
もう見つける必要がなくなったんだ。
「いるんだな、家に」
そこでようやく、いつもすぐ帰る理由が、妙に腑に落ちた。
仕事は完璧だ。
礼も正しい。
王宮付き錬金術師として、文句のつけようがない。
だから、踏み込む理由がない。
妖精に惚れ込んだ変人。
そう括ってしまえば、それまでだった。
私的な執着なら、まだ見逃せる。
見ないふりもできる。
だが――
ふいに、空気の底が冷えた。
足が止まる。
回廊には誰もいない。
燭台の火も変わらない。
夜の王宮は、ただ静かだった。
それでも、何かがいた。
精霊ではない。
それはすぐに分かった。
精霊なら、もっと自然だ。
気まぐれでも、生きた流れがある。
今、肌を撫でたものにはそれがなかった。
乾いている。
理の外側から、わずかに滲んでくるような気配だった。
普通なら気づかない。
気づくはずもない。
だが、精霊の流れに慣れた身には分かる。
これは人の術の匂いじゃない。
しかも遠くない。
北棟の研究区画――
あいつの部屋がある方角と、重なる。
今までなら、ただの変人で済んだ。
妖精に執着した天才で、終わらせられた。
けれど、今は違う。
私的な願いに、魔が触れている。
その事実だけで、もう見逃せなかった。
だが、兵を連れて踏み込むのは違うとすぐに分かった。
あいつは追い詰められた時、自分を守るためには動かない。
もっと厄介なものを守ろうとする。
踏み込み方を間違えれば、全部消す。
研究も、記録も。
たぶん――あの妖精も。




