第六話 近すぎる間合い ーその中心に立つ人物ー
春の訓練場は、朝から人で溢れていた。
一年ランキング戦。
新入生たちにとって、最初の大きな試験。
観客席には二年や三年の姿も多い。
上級生たちにとっても、
有望な一年を見極める機会だった。
円形試合場の中央で、審判が名簿を確認する。
「第一試合」
ざわめきが少し収まる。
審判が名前を呼んだ。
「一年 花隈」
観客席のあちこちから声が上がる。
「いきなりか」
「優勝候補だぞ」
花隈が前に出る。
体格のいい剣士だった。
肩幅が広い。
手に持つ分厚い同田貫の木刀が、重く見えない。
一年の中では頭一つ抜けていると言われていた。
観客席の前列で、雪が静かに見ていた。
(強い)
構え、足運び、呼吸。
まだ試合も始まっていないのに、
花隈の剣には迷いがない。
一年の中では、確かに抜けている。
雪はそう判断していた。
審判がもう一つの名を呼ぶ。
「一年――春日」
ざわめきが起きる。
観客席の隅から春日が立ち上がった。
静かな足取りで試合場へ降りていく。
帯刀していない。
それを見て、誰かが小さく笑った。
「またあいつか」
「今度はどうするんだ?」
審判が確認する。
「武器は?」
春日は少し考えてから言った。
「お借りします」
木刀が手渡される。
春日はそれを軽く握った。
一度だけ振る。
それだけだった。
雪の眉がわずかに動く。
(……軽い)
剣の振りではない。
重さも、軌道も。
まるで剣に慣れていない者の振り方だった。
だが。
観客席の隣で蓮が小さく呟く。
「やっぱりな」
無駄がない。
だが、剣の振りではない。
花隈が笑う。
「軽いな」
木刀を肩に担ぐ。
「素手でやるつもりか?」
春日は答えない。
「はぁ? 日和ったか……」
花隈は八双に構える。
力強い構えだった。
一年とは思えない安定感。
観客席からも声が上がる。
「同田貫の花隈だろ」
「体格が違う」
審判が手を上げる。
「始め」
花隈が動いた。
速い。
踏み込みが鋭い。
間合いを一気に詰める。
上段から渾身の振り下ろし。
重い一撃だった。
雪は、その剣を見ていた。
(速い)
だが。
次の瞬間、雪の目がわずかに見開かれる。
春日の身体が流れた。
ほんの半歩。
剣が空を切る。
(……今の)
雪の視線がわずかに揺れる。
その内側に、春日の身体が滑り込んでいた。
花隈の懐。
春日の右手が、花隈の両脇に滑り込む。
柔らかく、小さな動き。
それだけで花隈の体勢が崩れる。
上体が前へ流れる。
(崩した……?)
雪の思考が追いつかない。
次の瞬間。
春日の左脚が、花隈の顔面に届いていた。
乾いた音。
花隈の動きが止まる。
一拍。
遅れて、身体が床へ落ちた。
静寂。
観客席がざわめく。
「今の……」
「打ったのか?」
「見えなかったぞ」
審判が手を上げる。
「勝者 春日」
歓声が広がる。
だが春日は、もう木刀を返していた。
一礼する。
そして静かに試合場を降りていく。
まるで、何事もなかったかのように。
観客席で蓮が笑った。
「なるほど」
その隣で雪が小さく呟く。
「……速い」
だが蓮は首を振る。
目を細める。
「違う」
「速いんじゃない……近いんだ」
雪は黙って試合場を見ていた。
(近い……?)
花隈は強かった。
剣も、体格も。
それは確かだ。
だが今、倒れた。
ほとんど何も起きていないように見える一瞬で。
雪の視線が、試合場を降りていく春日の背中を追う。
(……何だ、あれは)
試合場では、次の試合の準備が始まっていた。
だが観客の視線は、まだ一人の少年を追っていた。
春日。
一年ランキング戦。
その中心に立つ人物の名だった




