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半歩 ~守・破・離 短き刃 長き道~  作者: 止水


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第五話 見つめる者たち ー遠くを見つめる目ー

夕方の訓練場は、人が少なかった。


昼の喧騒が嘘のように静かだ。


木刀の音だけが、乾いた空気に響く。


その音を立てているのは、一人の少年だった。


春日。


昼の試合で三年生を倒した一年生。


木刀を振っている。だが、それは剣の稽古には見えなかった。


振りは小さい。速くもない。ただ、同じ動きを繰り返している。


踏み込み。

沈み。

そして、短い突き。

拳の動きに近い。


その様子を、少し離れた柱の陰から見ている人物がいた。


剣士学園三年生筆頭、鷹宮蓮だった。


しばらく黙って見ていたが、やがて口を開く。


「それ、剣の稽古じゃないな」


春日の動きが止まる。振り返る。


蓮がゆっくり歩いてくる。


「昼の試合、見てた」


春日は何も言わない。


蓮は春日の前で立ち止まり、言った。


「拳じゃない」


春日の表情が、わずかに変わる。ほんの一瞬だけ。だが蓮は見逃さない。


「剣だろ」


静かな声だった。春日は少しだけ視線を落とす。それから答えた。


「どうでしょう」


蓮は笑う。


「とぼけるなよ」


春日の手にある木刀を指さす。


「拍子が違う」

「重さを感じてない」

「間合いも剣の距離じゃない」


蓮は春日の目を見る。


「脇差の動きか…いや…」


沈黙。


しばらくして春日が言った。


「……自分の剣は、負けた剣です」


短い言葉だった。


蓮の目が細くなる。


「負けた?」


春日は答えない。ただ、木刀を見つめている。


やがて言った。


「剣は、強いです」

「届く距離も長い」

「速い」

「そして…」


静かな声だった。


「だから皆、剣を持つ」


蓮は腕を組む。


「当たり前だろ」


春日は首を横に振った。


「でも――」


言葉が止まる。ほんの一瞬だけ、表情が曇る。


「使いません」


蓮が聞き返す。


「使えない、じゃないのか?」


春日の視線が上がる。蓮を見る。


「……使いません」


はっきりした声だった。それ以上は言わない。


蓮は少しだけ笑った。


「変なやつだな」


春日は何も答えない。再び木刀を構える。


蓮はそれを見て言う。


「なあ」


春日の動きが止まる。


「一年のランキング戦、出るんだろ」


「はい…勝ちます」


短い返事。蓮は軽く肩をすくめる。


「楽しみだ」


春日は首を傾げる。


「何がです?」


蓮の口元が少し歪む。


「お前がどこまでやるか」


少し間を置いて続ける。


「あと――」


春日の目を見る。


「いつ剣を抜くか」


春日は静かに答えた。


「抜きません」


即答だった。


蓮は笑う。


「そうかよ」


そして背を向ける。歩きながら言う。


「でもな」


振り返らないまま。


「剣士は、いつか抜く」


蓮が去ったあと、訓練場には再び静けさが戻る。


そのとき、訓練場から少し離れた木の陰で、別の小柄な影がわずかに動いた。


誰かが、春日の動きをずっと見ていたらしい。


「……なるほど」


小さな声が、夕暮れに染まった訓練場の空気に溶けていく。


その人物は、春日の踏み込みを一度だけ真似してみる。

だが、すぐに首を振った。


「違うなぁ…」


微かに笑う声だけが、木の影の奥から漏れる。

その後、静かに影は夕日に照らされた廊下の方向へ消えていった。


春日は、そのことを気にもせず、しばらくその場に立っていた。


やがて木刀を静かに置き、


踏み込み。

沈み。

短い突き。


同じ動きが、何度も繰り返される。


だが、その目は、夕日に照らされた遠くの空を見つめていた。

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