第四話 視線 ー見覚えのある動き ー
試合が終わったあとも、
訓練場のざわめきはしばらく消えなかった。
「見たか、今の……拳だったよな?」
「あの剣撃を避けたのか?」
誰も、正確には説明できない。
ただ一つだけ確かなのは、
三年の宮坂が倒れたという事実だった。
観客席の隅で、少年――春日は静かに座っていた。
試合の余韻を楽しむ様子もない。
ただ、次の試合を眺めている。
それだけだった。
その視線に、ふと影が落ちる。
「――あなた」
声をかけたのは雪だった。
春日が顔を上げる。
驚いた様子はない。
まるで最初から気づいていたかのようだった。
「さっきの試合」
雪は言う。
「剣を使わなかったのね」
春日は少し考えてから答えた。
「使う必要がなかったので」
あまりにも淡々とした言い方だった。
雪は眉をわずかに寄せる。
「でも、あれは……」
言いかけて、言葉を止めた。
あの動き。
あの打撃。
半歩の体捌き。
沈むような入り方。
思い出せない。
だが、確かに知っている。
雪は静かに問い直した。
「あなた、剣士?
あの動きは」
春日はわずかに首を傾げる。
「どうでしょう」
否定でも肯定でもない。
曖昧な答えだった。
そのまま視線を試合場へ戻す。
円形試合場では、次の試合が始まっていた。
剣と剣がぶつかる音。
歓声。
だが春日は、それを見ていない。
視線は、別のところに向いていた。
雪だった。
ほんの一瞬だけ。
その視線に、雪は気づく。
「……何?」
春日は答えない。
ただ、小さく言った。
「強いですね」
あまりにも自然な言葉だった。
だが、雪は少しだけ驚いた。
「……私の試合、見た?」
春日は短く答える。
「ええ」
雪は少し考える。
そして聞いた。
「どう思った?」
春日は少しだけ間を置く。
それから言った。
「私が勝ちます」
雪の目が、わずかに細くなる。
普通なら、失礼な言葉。
だが春日の声には、嘲りも軽さもない。
ただ、事実を告げているような静けさだった。
雪はしばらく黙る。
そして小さく息を吐いた。
「面白いこと言うね」
春日は何も答えない。
試合場では歓声が上がっている。
風が、訓練場を通り抜けた。
春日はふと立ち上がる。
「帰るの?」
雪が聞く。
「ええ」
「試合、もう見ないの?」
春日は少しだけ振り向いた。
その視線は、やはり雪に向いていた。
「見るものは、もう見ました」
そう言って歩き出す。
静かな足取り。
やがて観客席の出口へ消えた。
雪は、その背を見ていた。
しばらく動かない。
その様子を、少し離れた場所から見ている人物がいた。
鷹宮蓮だった。
蓮の口元が、わずかに歪む。
「面白い……」
小さく呟く。
「俺を差し置いて、雪に勝つってか」
春の風が、再び訓練場を吹き抜ける。
ランキング戦まで、あとわずか。
だが――
誰もまだ知らない。
この春、
剣士学園の流れが変わることを。




