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半歩 ~守・破・離 短き刃 長き道~  作者: 止水


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第十八話 裏 清秋の雨 ー静寂ー

剣士学園、清秋の午後。


武道場で、二人の名前が呼ばれた。


雪と、澪。


澪が、試合場の中央に立っている。

二本差し。正統な居合の出で立ち。


雪は、静かに息を整えた。


(澪……本気だね)

(当然か……)


それだけではない。


向かい合った瞬間から、わかる。


——読まれている。


澪の観察眼は、常にこちらの先を取る。

踏み込みも、呼吸も、起こりの気配さえも。


「始め」


(ならば——その先へ行く)


雪は、先に動いた。


一直線の打ち込み。


だが。


打突は、鎬で流された。


(さすが……!)


避けない。

受け止めない。


流す。


ここで引けば、流れを渡す。


雪は止まらない。


二手、三手と繋ぐ。


(長刀の利——)


扇の如く

間合いを広げ、軌跡で場を埋める。

逃がさない。


ここで制さなければ、すべてを取られる。


——だが、当たらない。


すべてが、わずかに外される。

流される。


単なる受けではない。


扇のある場所に、澪はいない。

澪は常に、半歩、外にいる。


(……どれだけ積んだのよ)


呼吸の継ぎ目。


そこを——狙われた。


澪が前に出る。


一歩。


速くはない。


だが、正確すぎる。


雪の攻めが、伸びきる刹那。


中心線に、すっと刃が入る。


(……取られた!)


空間を。

場を。


雪は、とっさに退いた。


退くしかなかった。


「……」


場内が静まり返る。


自分の一歩と、澪の一歩。


同じはずのそれが、まるで違う。


距離が違う。

間合いが違う。


(……今ので、終わってた)

(もう、負けていた)


それでも。


構えは崩せない。


相手は、澪。


呼吸さえ、見られている。


澪が、わずかに切っ先を下げる。


(……まだ、あるの)


思わず、笑みがこぼれた。


澪の身長は一四〇センチほど。居合刀。

対する雪は一六五センチを超える。長刀。


雪は、踏み込めない。

澪が間合いを測っているのがわかる。


——静止。


視線。呼吸。重心。


すべてが探られている。


(それなら——動く。見せない)


ほんのわずかに重心を落とす。


澪の目が、細くなる。


(今——)


無拍子の踏み込み。


起こりを消す一歩。


(これで!)


鈍い音。


澪の鎬が、受け止める。


(止めた……!?)


だが——


(鎬は制している)


押し込む。


(負けない!)

(押し通る!)


鎬を返し、二撃目へ。


鋭く、短く。

乾いた音が重なる。


澪は鍔元で受けた。


(押し斬る——!)


だが。


澪は鍔で受け、回すように流す。


(ここでも……)


(……澪)


(心から、あなたを尊敬するわ)


再び距離を取る。


大きく、離れる。


澪は、納刀した。


抜き打ちの間合い。


その瞬間。


雪の中で、時間がほどける。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


澪と初めて出会ったのは、いつだったか。


覚えていない。


きっと、物心がつく前から一緒にいた。


正月は、いつも澪の実家へ行った。

会うのが楽しみだった。


剣を始めたのも、たぶん同じ頃。

もう、憶えてない


やがて組み手をするようになった。


——強かったのは、たしかに澪だった。


ただ。

私の方が背が高かった。


長刀の流派 竹刀も長かった。


だから、勝てていただけ。


子どもの勝負なんて、そんなものだ。


私は、父に教えられた型を繰り返した。


それだけだった。


でも、澪は違った。


会うたびに、何かを増やしていた。


見て、盗んで、真似る。


それが、あまりにも上手かった。


澪は、私の動きも知りたがった。


——私は、教えなかった。


教えたら。


次に会うときには、きっと。


私より上手くなっている。


そんな気がしたから。


(取られる)


(お父様も——)


馬鹿みたいなことを、本気で思っていた。


澪は、天才だった。


それが、羨ましかった。

それが、妬ましかった。


——でも、違った。


あとで知った。


澪は、泣いても泣いても。


練習をやめなかった、けっしてやめなかったと。




私は、澪が好きだ。


本当に、大好きだ。


私は、澪の一番のファンだ。


誰よりも、見てきた。


澪が、負けず嫌いなことも知っている。

でも、勝ちそのものを欲しているわけではないことも。


澪に教わった言葉がある。


「獣は死して毛皮を残す」


なら、人は何を残すのか。


嘘をついて、勝って。

物や金を残すだけなら。


それは、獣と同じだ。毛皮と同じだ。


だから——


記憶と、名だけ残ればいい。


澪は、自分に正直だ。


自分を偽って勝つくらいなら。


自分で在り続けて、負けを拾う。


(……そういう人だ)


(澪は——必ず来る)


(制定 一の太刀 一の型)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


澪は、動かない。

鯉口は切られている。


雪は、待つ。


それを見せてくれることを。


場内のざわめきが、消えていく。


澪の呼吸が落ちる。


深く。

細く。


(来る——!)


抜刀。


音はない。


柄頭が、まっすぐこちらへ来る。


ぶれがない。


刃が、

(見えない……!)


反応が遅れる。


雪は、わずかに上体を引く。


振り下ろし。


直伝夢野流の一の型


澪がこの型を練習するところ

何百回 何千回 何万回見てきたか


誰よりもこの動きの澪を知っている

誰よりもこの動きをする澪に憧れている


最後に澪は私にこの技を必ず仕掛けてくる


でなければ 

だれよりも、私が 拗ねる!



制定 一の太刀 一の型



わずかに左へ。


澪の刃が、鎬を走る。


(削られる——!)

刃は、雪の刀を通して左をかすめる。


最短で澪のもとへ

長刀を、振り下ろす。


首元へ、袈裟斬り。


(澪——!!)


父の言葉が、浮かぶ。


(どこに在るか)

(剣となって、何を成す)


(私は、勝ちたいんじゃない)


(澪と、戦いたいんだ)


——寸止め。


澪は、動かない。


——その一瞬。

澪は、確かに笑ったように見えた。


動けない。


静寂。


「……一本。勝者、本山雪」


静寂が消える


澪が、静かに息を吐く。


血振り。

納刀。


(澪……すごく…綺麗)

(あ、澪が下がっていく…)


力が抜ける。


わからない。

わからない。

わからない。


感情が、溢れる。


——泣いていた。


その後の記憶は、ない。


この言葉だけは、覚えている


「……これじゃあ、どっちが勝者かわかんないじゃない」


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