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半歩 ~守・破・離 短き刃 長き道~  作者: 止水


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第十七話 夏の終わり、観客席 ー小太刀の下緒ー

夏休みは終わった。

まだ、暑さが残る


ランキング戦、本戦。


その出場者を決める予選が、今日から始まる。


武道館の掲示板の前には、生徒が集まっていた。


一年の名前の中に、ひとつだけ目立つ名前がある。


春日 一成


蓮が腕を組んで掲示を見ていた。


二階の観覧席には澪。

隣には雪がいる。


澪が言う。


「どう思う?」


雪は短く答えた。


「来る」


「だね」


その声には迷いがない。


その時だった。


武道館の扉が開く。


春日が入ってくる。


いつもの顔。


そして――

剣を帯刀していた。 小太刀


蓮が声を上げた。


「おい!」


澪が小さく笑う。


「今さらでしょ」


ただ、鞘から刃が抜け落ちぬよう

下緒が柄にまで結ばれていた


試合が始まる。


春日の一戦目。


相手は一年の剣士だった。


構えは素直。青眼


開始。

剣先を細かく動かす


流れの中で、剣が振り下ろされる。


春日は半歩だけずれた。


春日が入る。


肘を押す。


相手の体勢が崩れる。


足払い。


畳の音。


審判の声。


「勝者 春日」


観覧席がざわめいた。


蓮が言う。


「……ほう…」


澪が答える。


「崩したのかなぁ」


雪が小さく首を振る。


「違う…」


澪が少し笑う。


「だね。もう崩れてたね」


二戦目。


相手は二年生だった。


目付から違っていた


霞の構えからの

突き。

連撃。


ぎりぎりで体をずらす。


二撃。

三撃。


刃引きした刀が空気を裂く。


観客の目には、ただ避けているように見える。


だが雪は違うものを見ていた。


春日の足。


半歩。


ほんのわずかな移動。


そのすべてが

間合いの中心にある。


三撃目のあと。


相手の重心が前に出た。


横薙ぎ。


春日が一歩入る。


手首に蹴りが入る。


相手の体勢が崩れる。


追うように春日の下段蹴り。


続けて喉輪。


「勝者 春日」


澪が笑う。


「あの動き…  あれね…」


誰かが遠くで叫ぶ。


「剣じゃない! 空手だろ!」


雪が静かに言う。


「剣だよ」


澪がうなずく。


「だね…脛斬りの応用。

 剣を持っていないだけで」




予選 7日目


三戦。

四戦。


春日は同じように勝った。


派手な動きはない。


ただ――

誰も当てられない。



そして予選の最終日 決定戦。


本戦への参加者が決まる


春日は最後の試合


相手は三年生だった。


竹刀学の上位者。


観客の空気が変わる。


開始。


三年生が動く。


八双。

明らかに春日の動きに対応している


一撃目。


春日が下がる。


二撃目。


刃引きの刀が袴をかすめる。


ざわめき。


三撃目。


その瞬間。


春日が大きく前へ出た。


すれ違うように――


互いに並ぶ。


肩口へ手を添える。


重心をずらす。


三年生の身体の軸がずれた。


共に向きを変える。


刹那――


三年生の体勢が崩れる。


春日の方が早い。


諸手で上腕を止める。


そのまま滑らすように、喉輪突き。


静寂。


審判の声。


「勝者 春日」


会場がざわめく。



蓮が言う。


「諸手二段突きか ……」


離れた場所で澪。


「やっぱり。剣の術理が基だね… 面白い」


試合を終え、春日が礼をしている。


雪はその姿を見ていた。


そして小さくつぶやいた。


「私は、負けない…」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


掲示板の前には、いつもより人が多かった。


ランキング戦、本戦。


そのトーナメント表が、今朝貼り出されたからだ。


事前にひいていたくじ


それによって、白い紙に黒い名前が並ぶ。


ざわめきの中、蓮が腕を組んで表を見ていた。


視線は中央ではない。


少し左。


順当にいけば二回戦。


湊川 澪


本山 雪


蓮が小さく息を吐く。


「……そう来たか」


背後から声。


「どう?」


振り向くと、澪だった。


「二回戦だな…」


澪が目を上げる。


ほんの一瞬。


澪の口元が少しだけ上がった。


「面白いじゃん」


蓮が言う。


「お前ら、当たるの早いな」


澪は何も答えない。


ただ表を見ている。




少し後ろで、女子生徒が言う。


「雪先輩と澪先輩同じ組なんだ…」


「どっちも勝って欲しい」



同じ組 そこにはもう一つの名前がある。



つまり。


雪か澪。


その勝者が、蓮と当たる。


澪の視線が少しだけ動いた。


武道館の入口。


そこから、ちょうど雪が歩いてくる。


三人の距離は、まだ遠い。


だが。


同じ紙の中で、もう並んでいる。




「……あいつは…」


蓮は澪に聞く。


澪は答えない。


ただ表を見る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ねぇ」

澪が、ふと口を開く。


「春日とやり合うの、誰だと思う?」


「当然、俺だ」

即答だった。



澪が、ゆっくりと首を傾ける。

「じゃあ、雪も私も倒すってことだよね?」


「……当然だ」


言い切った瞬間。


澪の目が、少しだけ細くなる。


「へぇ……やる前から、言うんだ」


「……あ」

(まずい)



横で雪が、わずかに視線だけを向けた。


何も言わない。

だが、その沈黙が一番重い。


澪はふっと笑う。


「じゃあさ――」

「このあとのお茶、蓮のおごりでいいよね?」


「……は?」


「“当然”って言ったんだから」


にやりとした視線。


逃げ場はない。


雪が、静かに一言だけ添える。


「……賛成」


「ちょっと待てお前ら――」

蓮は小さく息を吐いた。


「はぁ… ……遠いな」

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