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半歩 ~守・破・離 短き刃 長き道~  作者: 止水


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第十六話 二つの剣 ー系譜ー 二つが交わるとき

夏休み明け。

「澪先輩 おはようございます」。

「遅い」

即座に飛んできたのは、澪の一言だった。

「えっ!」

「夏休み明けに顔出すのが遅いって意味!」

「あー、すいませんでした

 学園に帰ってすぐ鍛錬していました

 開校二日前なのに雪先輩もいましたよ

 これ澪先輩へのおみやげです」


「あぁ雪ね。知ってる。夏休みもずっと学校来てた。」

 春日のおみやげは西北のマカロン

 なかなかレアなお菓子

 きっと春日のお母さんチョイスだろう


「で? 実家、どうだったの」

「やはり遠かったです」

「知ってる。そうじゃなくて」

「ほんとに、遠かったです」

「会話する気ある?」


「帰るのに、まず電車で大阪 環状線に乗り換えて」

「地下鉄 そこから私鉄特急で2時間」

「さらにバス」

「で、最後は迎えに来てもらう」

「秘境か何か?」

「一応、人は住んでます」


「で、何してたの」

少し間を置いて、

「朝起きたら、祖母に草刈りさせられて」

「急に田舎要素出てきた」

「で、昼は近所のおばちゃんに捕まって神社まで」

「逃げて」

「逃げられないタイプのやつ そのまま祠の掃除」


澪は腕を組む。

「で?」

「で、夜は母親に“将来どうするんだ”って聞かれて」

「あー」

「“未定です”って言ったら」

「怒られた?」

「いや、“そう”って言われた」

「優しいじゃん」

「そのあと無言で台所で食器洗い」

「気まずいやつ!」


「……まあ、そんな感じです」

「なんか、妙にリアルね」

「澪先輩、帰省ってだいたいこんなもんでしょうか?」


澪は少しだけ笑った。

「で、結論」

「何も変わってないです」

「でしょーね」



夏休みは終わった。

何も変わっていないようで、

ほんの少しだけ、何かが戻っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


春日の実家の裏山、烏原には古い社がある。


苔むした石段の先に、小さな祠。

そこに刻まれた紋は――橘。


春日の家にゆかりのある社だった。


祀られているのは、源平の頃の士。

名高い太刀の使い手であったという。


かつて橘は、ある武家の家中に属していた。


葦を刈るがごとく敵将を斬る。


「花は桜木、野太刀は橘」


そう称えられた家である。

名刀・葺合の野太刀を振るう剣士の家だった。


だが、時代は流れ戦国が終わり、世は泰平となる。


市中で太刀を振るう時代ではなくなった。


ある夜。

祭りの日に事件が起きた。


祝いの日でもあり、橘は刃のない竹光を差していた。

寸鉄帯びぬ姿でも、鞘打ちで十分。


――そう思っていた。


驕りがあった。


その夜、無名の輩数人に後れを取った。


勝ちはした。

だが、一人では倒しきれなかった。


橘は深く恥じた。


己の未熟を。


そして誓う。


――剣を持たずとも倒す術を学ぶ。


それが橘。

今の春日の流派の始まりだった。


馬上では刀を持つ。

だが城内では帯刀を制限される。


剣を抜かぬ無手の剣は


「主を護る懐刀」


そう呼ばれ、重宝された。


再び、時代は流れる。


動乱の幕末。


野太刀は大砲に勝てず。

素手は戦列歩兵に勝てなかった。


強さの証明。

武術家としての存在証明。


橘はそれを求め、さまよった。


そして出会う。


本住吉一刀流

本山景綱。


その後――


春日の曽祖父、橘宗一郎は山里に隠れた。



祖父は言った。


「それでもな、一成。剣を憎むな」


静かな声だった。


「剣に敗れたからこそ

我らは剣に触れ続けねばならぬ」


祖父の葬儀の日。


父はまだ幼い一成に小太刀を渡した。


それは橘家の誇り。


名刀・葺合の野太刀を打ち直したものだった。


長き誇りを断ち、

短くなった刃。


それは――

“負けた剣”の象徴だった。



学園の夜。

春日はひとり道場に立つ。


静かに構える。


昨日、雪に問われた。


「あなたの剣、なぜそんなに迷いがないの?」


春日は答えた。


「一度、負けているからです」


そう。


祖父はよく言った。


「我らの術は“負けた剣”だ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


雪が剣を握ったのは五歳の冬だった。


名門、本住吉流本山家。

剣士学園創設以来、優秀な剣士を送り出してきた家系。


その中でも雪は群を抜いていた。


誰よりも正確。

誰よりも速く。

誰よりも静か。


だが褒められたことはない。


父が言った。


「お前は、剣になれ」


人ではなく、剣に。


行き過ぎた感情は、刃を鈍らせる。


優しくすれば揺らぐ。

情を持てば迷う。


迷いは敗北を呼ぶ。


雪は己を削った。


時間を削り、

日々を削り、

ただ剣だけを磨いた。


やがて剣士学園へ。


入学前に、すでに学園の頂点に立っていた。


学園始まって以来のことだった。


誰よりも強い。

誰よりも涼やか。


だが――


新入生の春日を見たとき。


胸の奥が、わずかにざわめいた。


あの間合い。

あの崩し。


――私は、あの動きを知っている。


雪の問いに、春日は静かに答えた。


「一度、負けているからです」


わからない。


あなたが?

誰に?

それとも――何に?


だから勝ちに拘るの?


雪は迷った。


自分は何のために強くなったのか。


父のためか。

家のためか。

それとも敗北への恐怖か。



祖父は己を常に戒めていた

「剣が、足りぬ……」と


夜。


雪はひとり、素振りをする。


振り下ろすたび、父の言葉が蘇る。


――剣になれ。


だが父の顔は、いつも優しい。


振り下ろす。


また、振る。


そのたびに、言葉が重なる。


――優しい人であれ。


剣であれ。

人であれ。


その二つの間で、雪はまだ立っている。



夜の道場。


別々の場所で、二人が剣を振るう。


ひとりは――


負けた剣を継ぐ者。


ひとりは――


負けぬ剣を背負う者。


まだ互いに知らない。


だがその剣は、いずれ交わる。


そのとき。


どちらの剣が、

本当に強いのか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


新しい学期が始まる。


まだ交わらぬ二つの剣が、

同じ時の中で、静かに呼び合っていた。



「ところで、本山先輩は? おみやげをお渡ししたいのですが?」

「それも、私が食べる」

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