第十話 離の剣 ―型を離れた刃―
父は笑って言った。
「お前は居合向きだな。
一度の勝負に、全部を懸ける顔をしている」
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試合場の中央。
澪と春日が向き合っている。
先ほどまでの演舞の空気は、すでに消えていた。
観客席も静まり返っている。
誰もが気づいていた。
これはもう――
演舞ではない。
雪は、観客席の手すりを握りしめていた。
澪の構えは見慣れたものではない。
左手を天に上げる天地の構え。
二本の刀。
居合でも、熊野流でもない。
(あれが……澪の本気?)
隣で、漣が小さく息を吐いた。
「やっぱりな」
雪が振り向く。
「先輩、知っていたんですか?」
蓮の目は鋭かった。
「あいつの動き……」
少しだけ言葉を切る。
「居合の型なのに、終わったあと身体が余ってた」
雪は意味が分からない。
だが蓮は続けた。
「型のあとで、まだ動ける身体をしてた」
その時だった。
澪が笑った。
「さっきから、ずっと逃げてるよね」
春日は少し首を傾げる。
「間合いを取っているだけです」
澪は楽しそうに笑う。
「それを逃げてるって言うんだけどね」
その瞬間。
澪の足が動いた。
地面を蹴る。
一瞬で距離が詰まる。
右の刀。
打ち下ろし。
春日は下がる。
だが澪は止まらない。
左の刀が下から跳ね上がる。
二本の刃が、連続で襲う。
居合ではない。
型でもない。
完全な実戦の連撃。
観客席からどよめきが起きた。
「二刀……?」
「いや、あれ居合じゃない」
雪も息を飲む。
(澪……そんな剣……)
春日は、
避ける。
流す。
下がる。
澪は一歩踏み込む。
右。
左。
右。
連撃が続く。
澪が笑う。
左手の斬撃が…澪の右より…
背中から回転打ちのような斬撃へ
だが、その動きは無理がある
刃ではない峰が春日に向いている
剣撃同士なら、峰から打つのは不利となるが、
春日は素手 金属製の居合刀
打ち込み場所によって意識を奪える
春日は素早く内からの受け 衝撃を吸い込む
が、その裏に右手の斬撃
二段構え
素早く春日は鎬を裏拳で打ち上げる
軌道を変える
春日の側腹が空く
そこに澪の蹴撃
澪の体格と逸脱した角度の蹴り
…咄嗟の膝受け
春日の膝が澪の蹴りを止める
体術を絡めた三段構えの右攻め…
澪は引き足を大きく取り間合いを作る
「やっぱり変だよ君」
「普通さ」
「この距離なら、もう斬ってる」
春日は答える。
「そうですね」
澪はふっと身体を沈めた。
右手を腰へ巻き込むように引く。
溜め。
古武術の型。
打撃稽古の基礎動作。
次の瞬間。
右手の剣が、春日へ向かって放たれた。
投擲。
四間。
手内剣が最も効果を発揮する間合い。
春日は咄嗟に手刀を振う。
外受け。
刃が弾かれ、地面へ落ちた。
その刹那。
澪が飛び込む。
一気に距離を詰める。
彼女の間合いだ。
春日は外受けの勢いのまま身体を返す。
切り返し。
裏拳。
澪の左小手を狙う。
だが――
澪の右手。
剣を投げたはずの手。
素手のはずだった。
だが。
何かを握っている。
春日は咄嗟に後ろへ跳ぶ。
距離を取る。
間合いが離れる。
再び、仕切り直し。
澪が、絞り出すようにつぶやいた。
「……凄い」
右手には――
鞘が握られていた。
澪は、剣の投擲の裏から飛び込み、
袈裟斬り。
そして鞘居合による打撃。
多角的な三段の攻撃を、一拍子に仕掛けていた。
雪は息を呑んだ。
(これが……澪の剣)
澪の剣は、もう型ではない。
刀も、鞘も、すべてが武器になる。
そして、そのすべてを。
春日は、見切っている。
胸の奥が、静かにざわめいた。




