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半歩 ~守・破・離 短き刃 長き道~  作者: 止水


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第九話 澪 ー離ー

翌日、昼過ぎの訓練場は空気が冷たかった。


中央の試合場では、この後最後の演舞試合が予定されている。

だが観客席には人が少ない。


剣士学園では、指名すれば誰とでも戦える。

しかし、上位の者が下位の者を指名することは禁止されていた。


自分より弱い相手を選んで戦うなど、武の道に反するという考えからだ。


そのため春のランキング戦後、入賞者には一度だけ下位者を指名する権利が与えられる。

だが慣例としては、門下生や同門を指名し、演舞試合として技を見せる形が多い。


雪と蓮も午前中に同門との演舞を終え、

いまは閑散とした観客席に並んで座っていた。


これから始まるのは三席戦。

湊川澪の演舞試合だ。


「観客、少し寂しいですね……」


雪が小さくつぶやく。


蓮は肩をすくめた。


「昼からはこんなもんだろ。

 もうみんな秋の試合に向けて練習してるよ」


少し笑う。


「他人より自分、ってやつだ」


雪は横目で蓮を見る。


「それなら、なぜ蓮先輩はこちらにおられるのですか?」


蓮は即答した。


「お前に負けたからだよ。  お前の観察だ」


雪は思わず苦笑する。


澪と雪は仲がいい。

どちらも家元の娘。

同じ年で、昔から交流もある。


雪は当然のように澪の演舞を見るつもりでいた。

見ていないと、あとで澪が拗ねる。


それが一番怖い。


だが蓮がここにいる理由は、それだけではない気がした。


澪の居合は確かに強い。

無駄のない動きと鋭い刃捌き。


しかし直伝夢野流の演舞なら、蓮はこれまで何度も見ているはずだ。


小柄な澪。

二階席から見る演舞としては、正直迫力には欠ける。


それに実力差もある。

澪が蓮に勝つことは、おそらくない。


それなのに。


(なぜ……)


雪は横目で蓮を見る。


先輩は試合場をじっと見ていた。


(蓮先輩は……嘘つきだ)


そう思った瞬間だった。


試合場に動きがあった。


一礼とともに、澪が入場する。


雪は思わず声を漏らした。


「え?」


澪は帯を巻き、二本の刀を帯びていた。


それだけではない。


居合着ではない。

袴でもない。


空手着だった。


しかも伝統系ではなく、直接打撃系の道着。


二本差しは珍しくない。

だが差し方が違う。


一本は峰の向きが逆だ。


居合の演武をする装いではない。


観客席がざわめく。


「三席だろ?」

「何の演武だ?」

「冗談か?」


澪が試合場に上がる。


その時、もう一人が入場した。


演舞で言えば受け手。


春日だった。


「澪のやつ……!」


雪が思わず立ち上がる。


「やられた……」


横で蓮も言葉を失っていた。


澪は観客席を見上げた。


立ち上がった雪に気付く。


満面の笑みを向けてきた。


そして――


その横にいる蓮に気付く。


いたずらっぽく首をかしげ、

ウインクした。


雪は思い出す。


対戦表が発表された日の夜。


雪は澪に話していた。


春日がランキング戦に出られないこと。

教務室に抗議に行ったこと。


そして。


教務室ではすでに、

蓮たち三年生が教務に食って掛かっていたことを。


「なっ……!」


蓮までも立ち上がった。


春日が帯刀している。


打刀にしては短い。脇差にしては長い


蓮の目が鋭くなる。


「作りが違う……太刀造りだ」


一瞬の沈黙。


そして蓮が叫んだ。


「やっぱり、あいつ太刀術か!」


雪は息を呑む。


(やはり?)


(先輩……気付いていた?)


試合場の中央。


春日が立っている。


いつもの顔。

静かな目。


その向かいに澪。


居合の所作。


澪は春日を見て、少し笑った。


「試合うのは、初めましてだね」


春日は軽く頭を下げる。


「はい… 演舞へのお誘い、ありがとうございます」


澪は首をかしげる。


「受けてくれてありがとう。

 でも……春日くんってさ、変わってるよね」


春日は答えない。


澪は楽しそうだった。


「剣、どこで習ったの?」


春日は少し考えて言う。


「……習ってません」


澪の目が細くなる。


「そう… 君も嘘つき…」


嬉しそうだった。



審判が手を上げる。


「始め」


静寂。


次の瞬間。


澪の刀が走った。


抜き打ち。


切っ先が春日の目の前に届く。


だが――届かない。


続けて打ち下ろし。


春日は動かない。


いや。


動く必要がない。


間合いを読んでいた。


小柄な澪の踏み込み。

距離は読める。


(流石……)


澪は心の中で呟いた。


(雪が気にするだけのことはある)


澪は打ち終え、型どおりに残心を取る。


血振り。


納刀。


だが。


澪の心の中で、小さく笑う。


(私、本当は負けず嫌いなんだよね)

(負けても楽しいなんて、蓮、あれ噓…まぁ、知ってるよね)


昔のことを思い出す。


まだ小学生だった頃。


雪に初めて試合で負けた日。


悔しくて泣きながら父に言った。


「もう一回やりたい!」


父は笑った。


「負けは終わりじゃない。

 次に勝てばいい」


その夜。


澪は庭で木刀を振り続けた。


暗くなっても。血豆ができても。


腕が上がらなくなるまで。


翌週、雪に再戦を申し込んだ。


結果は――また負けた。


だがその時も、澪は悔しくて泣いていた。


「次は勝つから!」


(そう)


(私はそういう人間)


澪はちらりと雪を見る。


(昨日の本戦、あなたに負かされた仕返しに)


(春日くんとの試合、先にもらうね)


(怒るかな)


(でも雪なら、許してくれるよね)


澪が叫ぶ。


「春日君!」


「演舞は終わり!」


「あなたを倒します!」





「はぁっ!」


居合とは思えぬ気合とともに

澪の身体が沈む。


いや。


縮む。


次の瞬間、跳ねるように前へ。


抜きつけ。


打ち下ろし。


春日は最初の刃をわずかに下がってかわす。


二の太刀。


間合いを詰める。


その瞬間。


澪の両手が片手に変わる。


左片手の打ち下ろし。


間合いが伸びた。


澪はその勢いのまま前へ崩れ込み、さらに距離を詰める。


春日は身体をひねり、斬撃を外へ流す。


刃は地面へ落ちた。


小柄な澪では、その重い居合刀をすぐには返せない。


その一瞬。


春日の身体が回転する。


刃を外した勢いのまま――


後ろ回し蹴り。


澪の側頭へ。


だが、届かない。


春日は蹴らなかった。


蹴りの途中で身体を落とし、

受け身のように地面を転がった。


距離を取った。


理由はすぐに分かった。


澪のもう一本の刀。


抜かれていた。


春日の脚を斬る軌道。


もし春日が回し蹴りを続けていれば――


終わっていた。


「澪!」


雪が叫ぶ。


(知らない……!)


(あんな動き、私は知らない!)


澪はゆっくり姿勢を戻す。


「これ避けるの?」


小さく笑う。


「君、すごいね」


そして構える。


左手をまっすぐ上へ。


天地の構え。


実戦空手家の攻撃的な姿勢。


春日はさらに距離を取る。


そして澪は静かに言う。


「……だね」


その瞬間。


雪の胸がざわついた。


(何……)


今の一瞬。


春日の目が変わった。


初めて。


戦う者の目になった。


雪の胸の奥で、何かが軋む。


(あなたたちの剣は……)


(本当に――何なの?)


試合場の空気が、ゆっくりと張り詰めていった。

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