第八話 守破離の外 ー離の言葉ー
ここには観客の声は届かない。
訓練場の二階は、静かだった。
ランキング戦の熱気は
すでに階下へ降りている。
木の手すりにもたれ、
試合場を見下ろす影がひとつあった。
三席――
湊川澪。
直伝夢野流居合道。
居合の名家のひとり娘。
小柄で、細身。
試合着ではなく、
すでに私服に着替えていた。
その姿は可憐な少女のようで、
とても剣士には見えない。
澪はただ静かに、試合場を見ていた。
誰もいない中央。
少し前まで――
雪が立っていた場所。
そして。
蓮がいた場所。
澪は小さく息を吐く。
「惜しかったね」
誰に言ったわけでもない、
小さな声。
その背後から、返事があった。
「惜しい?」
澪が振り向く。
階段をゆっくり上がってくる人影。
蓮だった。
澪は肩をすくめる。
「惜しいよ」
蓮は笑わない。
「届かなかった」
澪はもう一度、試合場を見る。
それから小さく首を振った。
「ううん」
「私と戦ったときの雪なら……届いてたよ」
少し間を置く。
「でも今日の雪」
「教えに徹してたからね」
蓮は黙る。
澪は静かに言った。
「教えに徹しられるって…
やっぱり、羨ましいな」
少しだけ笑う。
「教えってね」
「守るだけのものじゃないんだよ」
蓮は澪を見る。
澪は笑っていない。
ただ、静かだった。
蓮が言う。
「なら……どうすればいい」
少し迷う。
「澪」
澪は少し考える。
そして言った。
「守・破・離って、よく言うよね」
手すりに軽く触れる。
「守破離の“守”って」
「ただ型を守るだけじゃないんだって」
「人を教えること」
「人を育てる道」
少し肩をすくめる。
「破も、たぶん……なんだけど」
蓮は黙ったままだった。
澪は手すりから身体を離す。
そして軽く笑う。
「まあ」
「これ、私のお父さんの受け売りだけどね」
ふっと視線を蓮へ戻す。
「蓮…… 先輩の鎬」
少し目を細める。
「凄くカッコよかった…です」
少し考えてから、付け足す。
「お父さんの次くらい… かな?」
言葉は軽い。
だが蓮には、その重さが分かった。
蓮が言う。
「簡単に言うな」
少し間を置く。
「お前も雪に負けたくせに」
澪は笑う。
「簡単だよ」
肩をすくめる。
「だって」
「武の道って楽しいし」
少し首をかしげる。
「負けても楽しくない?」
蓮は何も言わない。
澪は続けた。
「私はもう」
「そこにいないから」
蓮は言葉を失う。
(負けた俺は……)
(まだ居付いているのか)
(それとも――)
(次へ進めているのか)
澪は階段へ向かう。
そして降り始める。
数段降りたところで足を止めた。
振り返らないまま言う。
「蓮」
蓮が顔を上げる。
澪の声は軽い。
「守破離の外って」
「わかる?」
そして、くるりと振り返る。
いたずらっぽく笑った。
「今度、一緒にお茶してくださいね」
「奢りで」
「美味しいパンのあるお店、見つけたんだ」
そして、もう一言。
「それと……」
少しだけ間を置く。
「明日のために、先に言っておきます」
澪は笑う。
「蓮先輩」
「ごめんなさい」
そう言って、階段を駆け降りていった。
二階に残ったのは蓮だけだった。
蓮は手すりに手を置く。
そして試合場を見下ろす。
誰もいない。
静かな空間。
蓮は小さく息を吐いた。
「守は……教えるか」
その言葉は、空気に溶けた。
澪の言った「ごめんなさい」。
蓮は、この時まだ気にしていなかった。
だが――
それに驚く日が、
やがて来ることになる。
「守破破」よく使われる言葉ですが、一般的に使われるときには、内容が間違えられて使われていると思う時が多々あります
「破」は「守」を破るものではなく、自己の殻を「破る」という意味を含んでいます
何故、破る? 私が綴るお話 ゆっくり読んでいただければありがたいです




