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ある冒険者の話  作者: 整腸剤神
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待機任務 一

 都の喧騒を背にして、北へと続く細い街道を足早に歩き続けること一日と半分。

 街道の舗装が途切れて、足元の土がその柔らかさを増したころ。ようやくたどり着いたその村は、名もない小川の音に始まって、丘の麓に寄り添うように静かに立ち並んだ家々へと続いていた。煙突から染みだした煙が、乾いた空気の中に白く溶け込んでいる。

 丘は村の後ろに背骨のように続いており、その傾斜は思っていたよりも急峻だった。 見上げる先、頂にあるはずの測量標柱は、まだその影すら捉えることはできない。

 通りかかった村人と挨拶を交わし、丘へ続く道を尋ねる。畑の端を縫うように続く細い小道を進み、一歩ずつ、湿った土を踏みしめて丘を登り始めると、冬の凍てつく空気を孕んだ土の匂いが立ち上った。あちこちで霜柱が土を押し上げている。枯れ果てた作物の間を通り、一歩一歩、重くなった荷物の重みを肩に感じながら丘を登っていく。


 恋人たちの約束の丘。そこは見晴らしのよい草原で、その甘い響きとは裏腹に、風が吹き抜けるだけの場所だった。

 その一番高い所に、古い時代に打ち込まれたのであろう錆びた測量標柱が、時代に取り残された老兵のようにただ一本ぽつりと立っている。

 かじかんだ指先で手袋を外し、腰鞄から地図を取り出した。そこに記された印と、眼下に広がる景色を照らし合わせる。 間違いない。合っている。ギルドが指定した待機場所。

 ここからなら、村へと続く本道も、遠く王都へ繋がる街道も、丘の裾を回る密やかな小径も、すべてを一望できる。

 冬の夕暮れは穏やかだが、空の色はどこまでも重く、薄暗い。 肌を刺す冷たい風が、もうじきこの地に雪が降るであろうことを予感させた。

 白い息を吐き出し、手に当ててから、熱を逃さないように何度も擦り合わせる。それから、指先の裁縫がほつれかけた手袋をはめ直す。 左腕の傷が、冷気のせいかわずかに疼いた気がした。

 背負っていた重い荷を下ろすと、頑丈な標柱に縄を括りつけた。

 土色をした布切れを張り合わせ、雨風を凌ぐためだけの簡素な天幕を組み立てていく。

 冬の日の沈みは無情なほど早い。辺りが闇に溶けてしまう前に、夜を越えるための薪を、急いで拾い集めなければならなかった。


 翌朝。天幕の下で綿の薄い寝袋に包まれて吐く息は薄い霧になり、僅かに空中に留まってから解けていった。

 起き上がり天幕から出ると空の色は鈍い。草葉の露が靴の革を濡らし、空気は澄んで鳥の声が近い。

 消えかけていた焚き火に薪を加え、小さな鍋で湯を沸かす。

 丘の上は昨日よりずいぶん冷え込んでいたが、依頼票の一文を思い出すと胸のどこかがわずかに温くなる。

 初雪が降るまでには戻ると言った恋人。恋人たちの橋渡し、それが今回の自分の任務。

 自然と綻ぶ頬に煮すぎた麦粥を詰め、後はただ座って待つ。

 時間は影で測る。影が短くなり、正午を過ぎ、また伸びていく。冬の火種の蓄えだろうか、村の子供がふたり、松ぼっくりを抱えて丘の中腹まで登ってて、こちらを見上げ手を振り引き返して行った。

 遠くの納屋から聞こえる木槌の音が、午後のゆるい時間を刻む。丘の下の家の軒先に吊るされた洗濯物の布がひるがえり、犬が一度だけ吠えた。雲は低く厚く、東から西へ、ちぎれた羊毛が押し寄せるように流れていく。

 その日、雪は降らなかった。


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