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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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20/116

二十

 ローディウムから帰国して以来、リエーフはずっと国政から締め出されていた。

 いつもならこの時期は、年末年始にかけて行われる国を挙げての宴の準備に取りかかっている頃だった。

 マルダスでは普段中央から離れている貴族達も含めて王都に来て、王に年末年始の挨拶をする。平民、特に王都に住む者にとっても城下で開かれる屋台や催し物を楽しみ、貴族達の贅を凝らした行列を見て過ごすから、この日を楽しみにする者は多い。

 リエーフは毎年、王太子として準備の陣頭指揮を取っていた。だが今年は出席こそ許されたものの、一切の口出しを禁じられている。

 現在リエーフに任される仕事は、雑務のみである。雑務と一口に言っても、その範囲と量は膨大な上に直接成果に繋がるものはひとつとして無い。

 このようになったのは、ひとえにローディウムの皇女に対する無礼だろうことは、さすがにリエーフも解っていた。



 マルダス王にしてみれば、ローディウムとの交渉を長期的な目線で有利にできる方法が婚約だった。

 だがリエーフとしては、せっかく見付かった運命の番であるアミラをないがしろにしたくない。だからアミラをローディウムに連れていって、彼女と自分を支えてほしいと伝えたかった。

 だが皇女──ヴィルへルミネはそれを拒否した。結果、婚約はそもそも無かったことになった。

 リエーフは婚約そのものを潰したかったわけではない。ヴィルへルミネの重要性は解っていたし、屈指の強国であるローディウム帝国の皇女を迎え入れられるのは自分しかいないと自負もしていた。

 なのにヴィルへルミネはリエーフを拒絶し、贈り物も受け取ってもらえなかった。どうにか婚約を考えてもらえないかと思っている間に、レオーネを婚約者候補にすると伝えられたのである。



 ──どうして俺ではなくレオーネと婚約したんだろう。


 リエーフは執務室で雑務をこなしながら、ふたつ下の弟を思い浮かべた。

 腹違いの弟は、王宮内で不遇の立ち位置にいた。

 マルダス王の四人の妃のうち、最下位の側妃の子として生まれ、獣人としては珍しい高い魔力を備えたレオーネは、マルダス王から不気味がられ、遠ざけられていた。気付けば離宮に押し込められて、表に出ることもほとんど無くなっていた。

 リエーフが王宮で大勢の人々に囲まれ、王族としての暮らしを享受している間、レオーネは側妃と離宮で息をひそめている。何をしているかと思えば、よく解らない魔法や薬の勉強をしているのだという。

 それしかやることがないのだと思うと哀れで、リエーフは何度か王宮にレオーネを引っ張り出したことがある。

 だが、レオーネの反応は冷たかった。

「兄上と俺では立場が違います」

 そう言って、差し出した手を何度振り払われたことか。

 ならせめてと菓子や冒険小説を渡したりしたが、礼は言われるものの微妙な顔で受け取るだけで嬉しそうにしたことは無かった。

 気付けば疎遠になり、レオーネが研究者の道に進むようだとほかの者から聞いたぐらいには没交渉になった頃、リエーフは運命の番に出会った。

 運命の番──アミラを見た瞬間のことを、リエーフは今でもありありと思い出せる。

 艶やかな黒髪にルビーのように煌めく瞳、踊り子らしいしなやかで肉感的な肢体を紅い薄衣で覆った彼女が視界に入った瞬間、リエーフは彼女のことしか考えられなくなった。婀娜(あだ)っぽく、そして力強く踊る様はどんな美術品より美しく見えた。

 美しい彼女は、同時に哀れな女性だった。貧民街に生まれ、踊り子として生計を立てていたある日、貴族に無理矢理愛人にさせられたと言っていた。暮らしは豊かになったが、辛い日々だったとも。

 だからその貴族を断罪し、彼女を妃として迎えた。叩けば埃が出るような相手だったし、リエーフが彼に近付いたのも横領の密告があったからだから、スムーズにことが進んだ。

 横領分の金額を徴収し、アミラへの慰謝料も払わせ、罪の償いとして当主の座と貴族籍を失った男は、今も労役に服している。

 そんなアミラを──今まで辛い目に遭っていた運命の番を守りたいと思うのは、当然の気持ちだろう。

 生まれやそれまでの暮らしから政務ができないアミラの代わりに自分が可能な限り肩代わりして、将来的に残りは側妃にやらせよう。当然のように、そう考えていた。


 ──その結果が、今の現状である。


 王宮でアミラが軽んじられないようにと正妃に据えたのに、マルダス王やその側近達によって側妃に降格され、謝罪の品を用意するために自分達の資産や予算を削り取られた。

 確かに、ヴィルへルミネに拒絶された上、ローディウムから公式に抗議文が送られた。

 だが、ローディウムに忖度してアミラが見下されるようなことがあってはならないのだ。アミラはリエーフの──王太子の運命の番なのだから。

 それを理解できなかったヴィルへルミネが、レオーネの運命の番だったのは、何の皮肉か。これもまた、運命と言うのだろうか。

「ヴィルへルミネ殿下⋯⋯」

 リエーフは今度は、ヴィルへルミネのことを思い浮かべた。

 美しい少女だった。今まで見た女性の中で群を抜いた美貌は、アミラを最も魅力的な女性として見ているリエーフでさえ目を奪われたほどである。

 エルフ、そしてその血を引く者は、整った顔立ちになることが多いとのことだが、それだけが理由とは言い切れない、浮き世離れした美だった。


 ──父親の皇帝陛下もかなりの美形だったが、エルフだという皇妃殿下も相当な美女なのだろうか。


 結局皇妃ミカエルシュナと顔を合わせることは無かった。つまりは、それだけ拒絶されていたのだろう。

「何がいけなかったんだ⋯⋯? 確かにヴィルへルミネ殿下はレオーネの運命の番だが、ただの第二王子の彼より、俺との結婚の方が彼女のためになるのに⋯⋯アミラを大切にすることが、そんなに駄目なのか?」

 リエーフはぐるぐると考え込む。それがどれだけ見当違いなのか、理解することは無いまま。

 彼には解らないのだ。自分の思考がどれだけ傲慢なのか、そして一方的なのか。だからこそ、ローディウムでの失態に繋がるわけなのだが。

 そんな身勝手な思考を断ち切るように、ノックの音が執務室に響いた。

「殿下、お客様がいらっしゃっています」

「あっ、ああ。今行く」

 リエーフは書類をまとめると、急いで立ち上がった。

 今日だったか、と頭の中で日付と予定を思い出しながら、執務室を後にする。向かうのは、個人的な応接に使っている部屋だ。

 これから会う人物は、リエーフにとって市井の情報を仕入れてくれる腕利きの商人だ。彼のおかげで件の貴族の横領を知ることができたし、結果的にアミラと出会えた。そのほかにも有用な情報を様々な品と共に持ってきてくれる。

 アミラも彼のことは信頼していた。何でも、貧民時代から世話になっているとのことで、貴族の愛人だった時も彼がいたから最低限の安全が保証されていたとのことだ。

 更にもうひとつ、リエーフが彼を重用する理由があった。

「待たせたな」

「いいえ。お忙しい王太子殿下の時間をいただけるのです。待ち時間程度、何でもないですとも」

 部屋に入ると、商人が立ち上がって迎えてくれた。

 頭をすっぽり覆うターバンに身体の線を完全に隠すような形のローブをまとった、長身の男だった。日に焼けた肌はマルダス人のそれと比べて色が薄く、また顔立ちもこの国の者とは趣が違うため、彼が外国人であることが見て取れる。

 商人はひと抱えもある鞄を指して、にこやかに笑った。

「今回も面白い商品をお持ちしております。必ずや、王太子殿下のお気に召すかと」

「ああ、期待している」

 商人の言葉に、ほがらかに答えるリエーフ。



 彼は気付かない。商人の眼差しの奥が、氷のように冷え切っていることを。

 ストックを出し切ったので一旦更新をお休みします。

 また溜まりましたら更新していきます。

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