058 後悔
「オーバーフロー?」
アダムの手によって、水槽から外に出た僕は、予想外の言葉をそのままオウム返ししてしまった。
『そう。リンクしていたレンタの感情の波が、エルの許容限界を超えてしまったせいだね』
ヤヤの説明に、僕が彼女の姿勢に対して抱いた思いが蘇る。
エルにリンクしていたときほどの強さはなかったが、それでもグッとくるものがあった。
ヤヤの思いの強さに、熱に感動をしたのがきっかけだけど、エルの体を借りている状態で、感情を爆発させるべきじゃなかったと、僕は自分の失敗を痛感する。
『大丈夫だよ。エル自身に大きな不具合があったわけじゃない……というか、過負荷で壊れてしまわないように制動が掛かっただけだから……まあ、精密検査はするけどねー』
ヤヤはそう言って笑みを浮かべるが、ゆったりとした口調に反して、目や手の動きはとても速かった。
恐らく、エルの状況を確認しつつ話しているんだと思う。
作業をしているであろうヤヤの表情から笑みは消えていないし、恐らく大丈夫なのだろうとは思う……けど、きっかけが自分なのだと思うと、簡単に安堵することは出来なかった。
『もう……負担が掛かりすぎる前に、一時稼働停止しただけだから……』
「そ、そう」
自分でもわかるほど、返事が素っ気なくなってしまう。
だからか、急に柔らかな声で、ヤヤに『大丈夫だよ』と告げられた。
「え?」
予想外の声に思わず戸惑いが声になる。
すると、心配そうな顔で画面越しに僕を指さしたヤヤが『すっごく暗い顔してるよ、レンタ』と指摘してきた。
ヤヤにそう指摘されて、僕は自分の顔に手を当てる。
まだ湿気を帯びているスーツがひやりと僕の頬を冷やした。
『エルは今感情の波を遮断するために、一部の機能を停止させているけど、人工知能を止めたわけじゃないから、レンタの表情を心配してるよ』
僕はヤヤの言葉に、ハッとする。
そして、今更ながら、心配が一方通行じゃないことに、思い至った。
僕が心配なように、エルも僕を心配してくれている。
そう考えると、僕が一方的に申し訳ない気持ちになるのは傲慢な気がしてきた。
頭の片隅で、エルのことを機械だと見下しているのかも知れない。
「はぁ……」
情けなさもあって、僕は気が付くと思いっきり息を吐き出していた。
「あー、ごめんごめん。寒いよね、レンタ」
なんだか久しぶりに聞いた気がするヤヤの声に、僕は上手く反応が出来なかった。
「レンタ?」
少し心配そうな声に変わったヤヤの声に、僕が慌てて顔を上げると、そこにはヤヤともう一人少女が立っている。
「え、その子……」
「ん? ああ、この子はエルの試作機よ。エルは今調整中だから、レンタの着替えを手伝える子が他にいなくてね」
何気なく説明するヤヤの横で、エルの試作機だという少女が頭を下げた。
見た目は小学生か中学生か、それくらいの微妙な年齢で、エルに比べれば動きがぎこちないように見える。
「この子は、名前を決めてなかったけど、サマエルとアダムにちなんで、イヴって名前にすることにするわ」
ヤヤの言葉に振り返ればその口元には笑みが浮かんでいた。
揶揄われている様な状況には、少し納得がいかない部分があるが、知らなかった僕が原因なので「エデンの追放から、だね」と返す。
対してヤヤは、僕の答えに笑みを深めて大きく頷いて見せた。
「そういうことね!」




