09 スカウト大作戦-2
昨日の続きです。よろしくお願いします!
アイドルを見出し、育て、デビューさせたい。
そんな私の計画は、まだまだ初期段階。成功する自信は持っているけれど、この国、いやこの世界にはまだ根付いていない文化を植えようとしているのだから、最初は地味にコツコツやるのが一番だ。
今度行うライブでは、アイドルの後ろで生演奏してもらわないといけない。
10代後半くらいの、修行を初めて数年経った者の中から見目が良く、実力もある者をピックアップして借りるのが現状ではリーズナブルかつ現実的だろう。
この国に慣れたら音楽ギルドを利用するのも良いだろうし、路上ライブで実力試しみたいな文化もあるようだからそこで見繕っても良いが、今は時期尚早だ。
「今ここに座っていない者たちの演奏も聞きたいの。大丈夫かしら?」
室内がざわっとしたけれど、『新しいことがしたい』と伝わっていたからか、あまり金になるようなことでないと悟ってはいたのだろう。正規メンバーは実力に見合ったプライドがある。突然隣国から現れた養女の我儘に付き合うつもりはないらしく、楽器を手にばらばらと席を立った。
「それでは残りの者、練習曲の2番を」
人数が多い分、一人が何かを言い出すと収集がつかなくなる。それを分かっている指揮者オタカルがカツカツと指揮棒でテーブルを叩いて声をかけると、あっという間に座った少年少女たちの合奏が始まった。
ジャジャーン。
先程よりも音の厚みはないが、それでも聞けない演奏ということはない。毎日しっかり練習しているようだ。私は目と耳を凝らし、たくさんの音の中からこれと思うものをピックアップしていく。
前世の高校のときに所属していた吹奏楽部では指揮経験もある。前世では絶対音感を持っていた。今もその能力は健在らしく、聞き分けはかなり得意だ。
演奏が終わったところで拍手をしたあと、私は立ち上がった。
「――ありがとう。第二ヴァイオリンの貴方と、トランペットは、貴方。それと、ヴィオローネの貴女と、ティンパニの貴方」
椅子の間を縫い、肩をぽんぽんと叩いていく。
「この者をちょっとお借りしたいの。師匠のみなさんも、良いかしら? 悪いようにはしないし、もちろんこちらの練習を優先させます。ご協力いただけたらありがたいですわ」
「何をするのか言ってもらわないと、こちらとしても有望な弟子を簡単には差し出せない。この中でも実力が確かな子らを選んでいるのだから貴女の耳は良いようだが、それだけでは貴女を信用できない」
代表して口を開けたのは大きな体にヴァイオリンを持ったコンマスの男だった。彼が第二ヴァイオリンの少年の師匠らしい。
「アイドル――歌って踊り、人を楽しませる者を育てたいの。その後ろで演奏する人を探しているのよ」
「あいどる……? 歌って踊る、とは大道芸ですか?」
「いいえ、芸はしないわ。まぁ、場合によってしても良いけれど、曲芸をメインにするつもりはない。それに、大道芸って演じているのはピエロでしょう?」
「一般的にはそうですね」
「そうではなくて、見目の良い者が努力した歌や踊りを観客に披露し、それを見る者に楽しませて――そうね、幸福感も持たせられると良いわね。そのためにはこれまでの優雅で壮大な音楽ではなく、激しくも楽しいものが必要だと思うの。これまで聞いたことがない音楽を、私は作りたいと思っているのよ」
ざわり、と室内が戸惑った。新しい音楽。それは音楽に対して並々ならぬ想いを持っているプロたちの心に響いたのだろう。期待の籠もった視線をいくつかうけた。だが、まだ訝しげな目も多い。
「そうね――ヴァイオリンを借りられるかしら?」
「……どうぞ」
第二ヴァイオリンの少年にお願いすると、一瞬の躊躇いのあとおずおずと差し出してくれた。私はありがたく受け取り、肩の上に乗せて頬をそっと寄せる。
「例えば、こんな音楽を」
そう言ってから、私の頭の中にある音楽――前世で一番好きだった音ゲーの中でも、現代っぽいメロディの音が多いアイドルソングを奏でた。
Aメロ、Bメロと続いてサビを終わらせたところでやめる。時間にして一分半ほどだろうが、部屋の中はしんとしていた。これまで聞いたことがないような斬新な音楽に度肝を抜かれたようだ。
「どうでしょう?」
「な、なんだ、今の音楽は……!」
「聞いたことがないわ!」
ざわざわと、音のうねりが戻ってくる。私は衝撃に近いその反応を見て満足げに微笑むと、ヴァイオリンを礼と共に返した。
「私の頭の中に奏でられている音楽はこれだけじゃない。もっとたくさんあるの。それをこの世に広めると共に、音に合わせて歌って踊る、アイドル文化を根付かせるつもりよ」
美しい微笑みに圧倒されるように、人々から疑念は消えたようだった。
「ぜひ私たちにも関わらせてほしい」
「そうよ、見習いにはもったいないわ!」
「ありがとう。でも、軌道に乗るまでは弟子の彼らにお願いしたいの。時間がかかるものだから。もちろん、私が彼らに教えたことを聞くのは構わないわ」
どちらにせよオーケストラ編成でアイドルソングというのは合わないし、お茶会でも夜会でも貴族には流行らないだろう。最終的には貴族や王族まで届けばいいと思っているが、まずは庶民に広めようと思っている。
彼らに知られたところで、私が出し抜かれない自信はあった。空気を一気に持っていけたようで、反論する言葉は上がらなかった。
これでどうにかなりそうだ。良かったわ。
「それでは、お借りするのは構わないわね?」
「はい、もちろん使ってやってください。ここの練習室は予約制ですが弟子も含めカロリーナ様より自由を許されています。キャロル様がご利用されるのも問題ないでしょう」
「そうなの。ありがとう、教えてくれて」
コンマスの男のアドバイスに礼を言って、そしてひとまず自己紹介をしたいから彼らを借りるわね、と言って4人の男女を連れて部屋を出た。
***
スカウトした4人を応接室へ案内したが、勢を凝らした室内の様子に彼らは全員すくみあがった。そんな中で自己紹介を命じても、声が震えるばかりでなかなか聞き出すのに時間がかかってしまった。
ヴァイオリンの少年は17歳、名前はベルティ。平民の少年で華奢でひょろっとしている。私よりもすでに頭一つ分背が高いが、まだ成長途上なのだろう。ツンツンした髪質の茶髪に三白眼で、キリッとした顔つきをしている。第二ヴァイオリンという支え役を完璧にこなしていた。コンマスの弟子らしいから、今後皆をまとめるような役回りを期待したい。
トランペットの少年は15歳、カール。男爵家の三男坊で茶色の巻き髪が天使の肖像画のようだ。この中では年齢もあってか一番小柄で華奢だ。だがトランペットの腕はなかなかで、先程の演奏では一番安定した上に大きな音を出していた。
ヴィオローネの少女はエレーナ、19歳。長身でベルティと同じくらいの背丈だ。金混じりの明るくまっすぐな茶髪を首の後ろでまとめている。華奢だからかあまり凹凸はなく、中性的な美人よりな顔つきもあって男装しても違和感がないのではないかと思った。細い体でしっかりとヴィオローネを支え、演奏しているのはさすがだと思う。
ティンパニの少年も19歳で一番大柄なのはクルトと言う名で、黒に近い茶髪は非常に短くがっしりとした体格と身長でかなり威圧感がある。腕も私の倍以上ある気がする。その見た目通り非常に力があり、音は大きく正確だった。聞くところによるとティンパニの皮を破いたことがあるらしい。
「4人とも、私の計画に乗ってくれるかしら?」
私は自身の自己紹介も軽くしたあと、手を頬に当てて首をかしげ、問いかけた。ここに来た時点できっと話を聞こうという意思はあるのだろうが、いかんせん緊張しすぎていて内心は読めない。
応接室へ案内したのは間違っていたかしらね。でも、私室に招くわけにもいかないもの。
練習室の予約をしてから呼び出せばよかったかしら……。
そんなことをつらつら考えながら、直立不動の4人に何回目かの着席を促してみるが、ぶんぶんと首を振られてしまった。
「お、恐れながらっ! よろしいでしょうか!」
そんな中、一番始めに正気に返ったのはトランペットのカールだった。貴族籍だからかしらね、と思っている間に一歩前に出た彼は、また黙りこくる。ぐっと唇を噛んだので、促すように言葉を紡いだ。
「ええ、なんでも発言して? 遠慮はいらないわ」
「キャロル様は、先程の音楽をどこで覚えたのでしょうか! ミュールズ王国では音楽はさほど発展していないと聞いています!」
ノイシュテッター王国は音楽の最先端というプライドがあるのだろう。そんな彼らですら聞いたことがない音楽にプライドを傷つけられながらも興味津々といった様子に、微笑ましくなる。他の3人も聞いてみたいことだったらしく、途端に目が輝いたのが面白い。
彼らは音楽に、好きなものに対してとても貪欲なのね。
その向上心は使える、と思った。私が前世で知っている今まで聞いたこともないような音楽を広めるというお題目を掲げていれば、彼らはついてきてくれる気がした。
その純粋な気持ちを利用するようでちょっと悪いけれど……。
「私の頭の中、よ。どうだったかしら?」
「素晴らしい音楽でした。今まで聞いたこともない、斬新な……もっと他にも作曲されているのでしょうか!?」
「ええ」
「それは、僕たちが貴女についていけば、もっと聞けるのでしょうか?」
「そうなるわね。貴方達にも、演奏してもらえるようになりたいもの」
その言葉でもう答えは決まったようなものだった。
改めて聞かずとも、彼らは協力してくれるだろう。私は彼らを鼓舞するように笑顔を浮かべ、前途洋々な展開に満足だった。
音楽家4人をスカウト成功です。