47 お嬢様の楽しい夏休み計画
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顔合わせ後の夕方の話。
学園から帰宅した私は、早速義母とのお茶会をセッティングして打診を開始した。
「秋の演奏会の練習?」
「ええ。そのために、うちの練習室を使いたいってお話なの」
グループのメンバーを伝えて言えば、義母は面白がるような笑顔を浮かべる。
「まぁ、良いんじゃないかしら? 学園ではなにかと落ち着かないでしょう? 人も多いだろうから」
「ええ、まあ……」
正直もうちょっと渋ってほしかったとつい思ってしまうほどあっさりと許可が降りてしまう。逃げられないと悟って内心ため息を吐いた。
この国出身の貴族である義母は、もちろん王立学園のOGであるのだ。諸々の事情は織り込み済みに違いない。
「殿方の家へ行くよりは、来ていただいたほうが外聞も良いわ。それにうちは騎士団の詰め所として常に解放されているし」
「そうですわね……」
全ての騎士団の頂点に立つ将軍である義父。そしてフォルケル家が代々将軍職を拝命しているということもあり、王都にある公邸は騎士団の訓練所としての用途でも使用されていた。辺境団との合同訓練を王都でやる際などは、王城の騎士団詰め所がいっぱいになるので通常の訓練をこちらでやったりするのだ。
それに、近隣国との戦争になった際などは、戦力をひとつにしてしまわないようこの公邸を待機場所として使うこともあるそうだ。そういう場合を想定して、いつそうなっても騎士たちが戸惑わないよう、普段から出入りがあるのだった。
「騎士といえば、ヴァルディが近々遠征から戻ってくるわよ」
「そうなのですか。ヴァルディおにいさまとはこちらに来てまだ一度も会えていないままでしたね」
「騎士団は官舎住まいですからね。でも、夏季休暇でしばらく戻ってくるようよ」
「ヴァルディおにいさま……久しぶりにお会いできますね」
懐かしいなぁ。5年前に一度会ったきりだ。一つ年上で今年から騎士団に入ったばかりなので、なかなか戻られないものだと思っていたけれど……。
「あれでもフォルケル家嫡男ですから。きちんと勤めは果たさないと」
義母はちょっと怒ったような口調だった。騎士のしごとばかりにかまけていないで、侯爵子息として夜会に出ろと言いたいのだろう。
8月は社交シーズンのピークであり最後の月だから、義母は少々焦っているのかもしれない。
確かに、家が近いというのにちっとも戻ってこないものね、ヴァルディおにいさま。
もしかするとエスコートしてもらう機会があるかもしれないと思うとソワッとする。楽しみなような、ちょっぴり緊張するような。ヴァルディおにいさまはイトコで妹のような私に甘いところもあったが、基本的には潔癖で、礼儀作法にとても厳しい人だ。
もしあるなら、エスコートの最中に粗相をしないように気をつけないとね……。
本来ならば私のデビュタントでエスコートされるはずだったのだが、急な遠征が入ってしまってそれっきりだった。義母はそんなこともあって一度も夜会に出ていない息子を思って、さぞ気をもんでいるのだろう。
「ヴァルディには、そろそろ嫡男として結婚相手を決めてもらわないといけませんわ……」
「まぁ、私に義姉ができるかもしれないんですね!」
「キャリー。ヴァルディにきちんとそうやってプレッシャーをかけるのですよ?」
「ふふ、お義母様ったら」
冗談めかしているけれど目が笑っていなかった。私は扇子で口元を覆い隠して笑い声を立てるが、内心ではご愁傷様、と思う。
お義母様は立派な侯爵夫人で、こういうところは絶対に容赦がない人だ。
私も、卒業後もこの国で行きていくなら気をつけておかないとね……。
「ところでキャリー。演奏会グループのご子息たちに気になる殿方はいらっしゃらないの?」
「えっ……いえ、全員そのような関係では……」
「まぁ、いけないわキャリー。ぼやぼやしているとあっという間に卒業よ?」
「そうですわね、お義母様……」
「それとも、貴女やっぱりジークフリート殿下と……」
「そ、それだけはありませんっ!!」
つい淑女らしくなく立ち上がってしまい、ハッとする。義母は目を閉じて紅茶を飲んでいたので、慌てて座り直して何事もなかったかのようにカップを手に取った。
「……お義母様。私がこの国の王太子であるジークフリート殿下と何か、などととても恐れ多いですわ。それに、お義母様も反対でしょう?」
「あら、私は構わないわよ。むしろ、今この国でジークフリート殿下と釣り合う家柄の筆頭は貴女だと思うけれど。もちろん、性格を加味した結果ね」
あからさまにヴェロニカ・ダブロフスキー侯爵令嬢を当てこする義母にヒエッと心臓が跳ねる。ダブロフスキー家自体もあまり評判がいい家とは言えないので、義母は彼女が王家に嫁ぐことには消極的なのだろう。
「家柄や性格だけで決めてしまうのは……何より殿下のお気持ちですし」
「なら、貴女ほどの適任はいないわキャリー。ジークフリート殿下と貴女の噂、たくさん聞いているのよ? ロマンス小説のような、ね」
楽しそうに笑ってお茶菓子を手に取る義母に、いたたまれない気持ちで縮こまる。
確かに乙女ゲームのような展開が続いているが、それは殿下がただ私をからかっているだけに過ぎない。祖国で顔見知りだったのにこの国で「はじめまして」と挨拶した私をからかい始めてから、その反応に対して完全に面白がっているのは間違いないのだ。
ああ、このままここにいたら確実にお義母様にアレコレ言われてしまう。
よし、逃げよう。
「……すみませんお義母様、私そろそろ練習の時間でしたわ」
「あら残念ね。またお茶しましょうね、キャリー」
「ええ。また必ず」
私は言いながら立ち上がり、そそくさと部屋を出た。
義母は今日は逃してくれたけれど、次はどうなるかわからない。
藪蛇な会話にならないよう今後は気をつけよう……。
そう誓って、私は足早に練習室へ向かったのだった。
***
1週間後の7月31日は、終業の式典がある。夏季休暇に入る前の最終通学日で、通常の授業はなく、式典と教室での教師からの連絡事項のみで午前中には終了する。
夏季休暇の間の課題は各授業ですでに山盛り与えられている。なのでその日は特に重要でもないのだが、式典の仕切りを生徒会でやるのと、王族が必ず出席するということで生徒の出席は基本的に強制である。
現在は殿下が在籍されているので、彼が出席するという形を取る。去年は留学でいらっしゃらなかったので、陛下が来られたとか。
「そんな日だから、派手にやりたいのよね! ライブを!」
「派手に、ですか……お嬢様」
レッスン着で練習室の隅っこにしゃがみ込み、一本指を立てた私にクリスは困惑した表情だった。
見上げるとチェスターとシリルは面白そうな表情だったけれど。
「お嬢様、楽しそうですね! あれですか、ゲリラライブですか!?」
「ええ、そうよチェスター! 貴方なら分かってくれると思ってた!」
「お嬢様、私だって賛同しますよ」
「シリル、貴方も! ふふ、嬉しいわ」
私は立ち上がるとチェスターとひしっと抱きしめ合い、シリルと肩を軽く叩きあっていたら、クリスはぶるぶると震え始める。
「お……お嬢様? 私だってお嬢様のおっしゃることなら……ですが、王立学園に乗り込むなんて……恐れ多いと言いますか、下手すれば不敬では……」
「大丈夫よ。生徒である私の友人がたまたま遊びに来たって感じで」
「それは無茶すぎる言い分です!」
そもそも正体を秘密にしているんでしょう、と言われる。
まぁそれはそうなんだけど。
「でも、せっかく夏季休暇前だし。ばーっと派手に印象を残しておきたいというか」
貴族が多い王立学園でライブをするのはリスクも多いが、そろそろ庶民だけのほそぼそとした娯楽というのももったいないと思い始めているのだ。学生ならば貴族でも柔軟に受け入れてくれるだろうし、万が一アイドルを手に入れようと思ったとしても、権限的にもそこまで無茶はできないはずだ。
第一、すでに貴族のご令嬢の間ではかなり噂になっている。ここでアイドル達を見ることができたご令嬢たちは、ここぞとばかりに茶会や夜会で自慢するだろう。
そうしたら私が探している『小規模劇場』を作りたいという者も出てくるかもしれない。この夏季休暇の間にどうにか形にしたいと思っている。
「それに、夏季休暇の間に領地でもライブしたいのよね」
フォルケル家の領地は、侯爵家だけあって王都から馬車で1時間ほどのかなり近い場所だ。一番栄えている領都はもう少し離れているが、それでも3時間もかからない。商会もかなり軒を連ねている。そちらで劇場を作りたい者を探すという手もあるのだ。
もちろんフォルケル家の領都だけでは怪しまれるので、近隣の別の領都へも行きたい。夏のツアーというやつだ。考えるだけでワクワクが止まらない。
「はぁ……お嬢様が言い出したら、止められませんものね」
「ふふ、クリスはそれでもそうやって心配してくれるから好きよ」
「お嬢様……!」
感激するクリスの美しい髪を軽く撫でて、にっこり笑顔を浮かべる。
「というわけで、特訓を開始します! 夏季休暇までに新曲を2曲、完成するわよ!」
「任せてください、お嬢様! バク転でも側転でも!」
「新曲もとても良いですから、必ずみんな気に入ってくださいますよ」
私の無茶振りにひくっと頬を引きつらせたクリスだが、チェスターとシリルはやる気満々に拳を突き上げてくれた。
そうなったら多勢に無勢。クリスもがんばりますと、声を上げてくれた。
夏に向けてテンションの高いお嬢様です。
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