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31 夜会デビュー前から暗雲立ち込めています

夜会デビュー編が始まります。

 それは、ダンスの練習時間のこと――。


「お嬢様見てください! よっ――と!」

「すごいチェスター! バク転!!」

「へへ、たくさん練習しました!」


 勢い込んで言ったチェスターが見せてくれたのはバク転。やり方を教えてからずっと練習していてくれたみたい。大柄な身体だが、しっかりと筋肉がついているのでできると思っていたが、予想以上に迫力があって見応え十分だ。


 うん、これはライブの目玉になる! 噂が加速するわ……!


「良くがんばったわね」

「はい! 次のライブで披露しますかっ?」


 きらきらの汗と爽やかな笑顔にくらっとした。あー、硬派イケメンが微笑むのとってもときめく。


 フリスビーを取ってきた犬のような状況に、つい頭を撫でてあげたい気分になった。が、それをするとクリスやシリルもやってきて収拾がつかなくなるのでパチパチと拍手をするに留める。


「そうねぇ……そろそろ新しいことをやりたいけど……」

「お嬢様、既存の曲に組み込むのは難しいのでは?」

「シリル。そうなのよね。チェスターがセンターの新曲を作るのが1番だと思うけど」


 シリルが会話に入ってきたので頷く。新曲ね、考えてはいるのだけどちょっと今はバタバタしていてそれどころではない。


 現在、アイドルたちを手に入れようと貴族様があの手この手でライブにやってくる。強引な手を取られないようにいろいろ手を考えたり、別の場所でライブを行うために手配したりと、大忙しなのだ。


 それに加えて実力テストに絡んだ学園での諸々もあった。

 だがそちらは一段落したし、すでに新曲を出してから結構経っている。テコ入れは必要かなと思った。


「とりあえずアイドル名を名乗って、自己紹介をするMCをやりたいところねぇ。貴族まで噂も広まりやすくなったタイミングだし、名前を周知させたいわ」

「自己紹介……もしかして、喋るんでしょうか……?」


 クリスが不安げな表情になった。ダンス練習用のラフな服装で私に紅茶を淹れてくれるクリスは、人前で話したことなどないと弱々しく言う。私は安心させるようににっこり笑った。


「クリスはミステリアス枠だから、そこまで喋らなくて大丈夫よ。こういうのはシリルのお仕事ね」


 こういうのは適材適所が大事だ。

 案の定、シリルは任せてくださいと言うように柔らかく微笑んだ。


 私はこのアイドルグループに『フォーゲル』という名前をつけた。

 現在、貴族対策でライブの場所を転々としている。ネットなどの連絡手段がないので、ファンたちにライブの開催場所を伝えるための『暗号』として使っていた名称だった。

 だが何度か続けるうちにファンの間ですっかり定着し、その名前をライブの最中に出す者も現れてきた。なので、いっそグループ名としてしまおうということになったのだ。


「さてと、そろそろ練習を再開しましょうか――」

「キャリー!」

「お義母様、どうされました?」


 いつも温厚で朗らかな義母が勢い勇んで部屋に入ってくるなど珍しい。私は立ち上がって軽く頭を下げたあと、彼女をソファに招く。


「このような格好ですみません、お義母様」

「良いのよ。急に来たのはこちらなのだから、あなたたちも気にしないでね」


 義母の分のお茶を淹れ始めたクリスや、部屋の隅に控えたシリルやチェスターにも気遣ってくれる。そんな義母の前に座った私は、お茶を飲みながらなにかと首をかしげる。


 いつもは体裁や礼節をとても気にかける義母なのにこんなに急いで、どうしたのかしら。


「キャリー、あなたの夜会デビューについてだけど」

「あ、はい。来月のシーズン開始早々にとのお話ですよね?」


 そう。6月になると本格的なシーズンが始まるので、その頃に王族主催で行われる大きめの夜会をデビュタントとしようという話になっているのだ。


 デビュタントは親や保護者の管轄なので、準備はほとんど義母任せで良い。とはいえその後は自分でやらないといけないので、私も合間を縫って義母について回って準備の様子を覚えている。

 夜会の準備と言えば、何と言ってもドレスやアクセサリの選定だ。デビュタントは白いドレスを身につけることのみ決められていた。アクセサリは自由で、自分の髪や瞳の色をメインにするか、婚約者がいる者は相手の色を身にまとうこともある。


 ドレスの採寸や仮縫いはとっくに終わり、一ヶ月を切った今は本縫い中である。あと1度か2度の試着で済むはずだ。


「ええ。それであなたのエスコートはヴァルディに頼んでいたのだけど……」

「もしかして、お仕事になってしまいました? ヴァルディおにいさま」

「そうなのよ。辺境団との合同演習で遠征に出ることになってしまったようなの」


 義母の息子で私のイトコ、現在の義兄であるヴァルディは騎士団に所属している。現在は都市警備団の第三部隊。今年入団したばかりなので、流石に調整できなかったのだろう。


「なので貴女のエスコートにはハロルドに出てもらうことにしました」

「お義父様が……今度お会いしたときに私からもお願い申し上げますね」

「ええ、そうしてやってちょうだい。きっと喜ぶわ」


 この国の全騎士団のトップ、つまり将軍である義父は王城に勤めに出ている。しかし多忙であり滅多にこちらには帰ってこられない。馬車で15分程度の距離なのにね。

 それでも私がこちらに来てからは、なにかと理由をつけては戻ってくるようになったというのは義母談である。私が来るまでは一人息子だったから、義理とはいえ娘ができたのが非常に嬉しいらしい。


 ふふ、なんだかこういうのくすぐったいな。


 祖国では父親と一度しか話せなかったし、キャロラインの記憶の中でも談笑した記憶はなかった。前世でも、プロの演奏者であり旧家の家長だった父親とは仲が良いとはとても言えなかった。だからこういう温かいのはくすぐったいけど、嬉しいのだ。


「それで、お義母様が急いでこられたのはそのことについてですか?」

「いいえ、ファーストダンスの件よ! そう、大変なのよキャリー!」


 思い出したように言って、義母は一通の封書をこちらに寄越した。王家の紋章で蝋印されているので一目で送り主は理解できた。


 ファーストダンスというのはデビュタントを迎える子息や令嬢が、王族の者とダンスを踊る催しのことである。子息は王妃や王女と、令嬢は陛下や殿下と踊る。そしてその相手は事前に封書で知らせが来るのだ。

 もちろん当日の体調などで変更することもあるが、概ねその通りになることが決まっている。


 令嬢のファーストダンス。

 殿下は現在学生であるためにお役目は始まっておらず、その役目はほとんど陛下が行われていた。令嬢の数が多いときは王弟殿下であるホルク公爵も混ざられていたが、彼は1年前に落馬事故で足を痛められて長くダンスは踊られないので、最近はほとんどないとのこと。


 そういえばエーギンハルトと殿下ってイトコ同士になるのよね。継承権も遠くだがあるとか……まぁ、殿下を差し置いてあの男が王位につこうなんて考えそうもないけれど。


「貴女、ジークフリート殿下とファーストダンスが決まったのよ!」


 そんなことをつらつら考えていたら、とんでもない言葉が義母の口から溢れて、思わず立ち上がってしまう。


「えっ殿下が!? まだファーストダンスのお役目はやってらっしゃらないはずじゃ!?」

「留学前はまだ16歳でデビューしたばかりだったからやっていなかったのよ。でもこちらに戻られたことだし、今年から始めましょうということになったようなの」


 それで、社交シーズン開始早々にデビューする私が、殿下のお役目の最初の相手に!? 何のフラグですかこれ!? イベント!? ヒロインイベントなの!?


 いやいや……これはもう逆に死亡フラグですよ。


 私は力が抜けて、どさっとソファに座り直す。令嬢らしからぬとか言っていられない。それどころじゃない大事件よこれは……。


「貴女、栄誉あるお役目が決まったわね。これで、社交界でも話題に上ること間違いなしね! それでね、アクセサリーをサファイアかブルートパーズって話していたけど、イエローダイヤモンドかシトリンにしない?」

「いやいやっ! あからさますぎて爪弾きにされますよお義母様!!」


 殿下の瞳の色のアクセサリなんてしてファーストダンスを踊ったら、その場で令嬢に足引っ掛けられてぶどう酒ぶっかけられても全く文句言えません!


 なぜかきゃっきゃとはしゃいでいる義母の姿に違和感を覚える。

 フォルケル家は義父の母親が王女殿下だったりと王族にも繋がりがあるし、今更王族に嫁ぐ栄誉とか言い出す家じゃないはずなんだけど……。


「私知っているのよ。貴女のことを殿下が気にかけてらっしゃるのでしょう? 滅多に女性とお話にならない殿下から手を差し出して、クラスメイトの前で仲睦まじく話していたとか。授業で一緒にヴァイオリンも奏でたのよね!」

「お義母様……」


 一体いつの間に、そんなに詳しく情報収集されているんですか!

義母は完全に楽しんでいます

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