29 ドキドキトキメキ? 順位発表
テスト結果発表です!
実力テストの結果は早々に、翌々日には分かってしまう。
そんな水曜日の朝、私はうつうつとした気分で登校した。
殿下は昨日はお休みだったけど今日は登校されているみたい。結局あれから一言も対決については話していない。どころか、世間話すらしていないのだけれど。
午前の最後の授業中。この時間にテスト返却が行われた。そして同時に、テストの順位が教室の前で貼り出されることになっていた。ちなみにクラス別順位となっていて、Sクラス下位とAクラス上位の点数が逆転していた場合記録され、半年後のクラス替え対象となってしまう。何度も続けばAクラスに落ちるし、逆もしかりだ。
記録のためも兼ねるのか、羊皮紙にインクで綴られるそれは非常に小さく、発表の際は20名でごった返す事態になってしまう。
なので暗黙の了解として、順位や身分の高い順に数人が前へ出て確認するという手はずになっていた。
「キャロル嬢、エスコートいたしましょう」
なので、そう言われるのはおかしいけどおかしくない。身分で言うなら公爵子息のエーギンハルトが私より先に行くべきだ。だが順位を考えると別に問題はない。そのことが非常にややこしい結果を招いているのだが。
暗黙の了解と言っても決まりがあるわけではないので、厳密に順番があるわけではない。だが全員が確認をしないといけないというのは決まっていた。
なぜなら採点や順位について物申す時間が設けられているのは、今だけなのだ。戻ってきた答案との合計点が合っているかどうか、採点ミスがあるかどうかはみんなきちんとチェックする。
殿下はざわざわしているクラス内の様子など気にもしていないようで、とっても良い笑顔でこっちを見下ろしていた。私は顔をしかめないようにポーカーフェイスを保つので精一杯だった。
ええと……エーギンハルトと殿下は前後の席なんだから連れ立って行けば良いのでは?
どうしてわざわざ最前列の私のところまでやってきて手を差し出すなど!
「光栄です、殿下」
しかし私は今この国の侯爵令嬢で、この国の王太子殿下に逆らえるはずもない。立ち上がり、差し出された手に自分の手を乗せる。同時に、突き刺すような視線を一身に浴びて心が痛かった。
ああ、先生も何も言ってくれないし……。
厳しくも寡黙である担任教師は、窓際に置かれた教員用の椅子に座って腕組みをしている。採点ミスなどの対応もすでに終わったらしく、こちらを見ているが特に口を出すつもりはないようだ。
この学園は教師が野暮に口出ししたりするような風潮はない。クラスでなにか問題が起こっても、生徒たちで解決してねというスタンスなのだ。もちろん相談されれば応えてくれるだろうが、貴族子息や令嬢としてのプライドがあるのでそういうことは滅多に起こらないと聞く。
はぁ……見るしかないか……。
私は自分の結果をもう知っている。答案に書かれた同じ数字を掛け算すれば良いだけだ。7教科700点満点。この辺り、中世ヨーロッパ風の世界に合わない気もするが、乙女ゲームの世界としては順当なのだろう。
きっとこのゲームは毎月のテスト結果もパラメーターに関わってくるんだろうな。
そんなことをぼんやりと考えている間に、殿下に連れられるまま順位表の前に立った。
「キャロル嬢、見てください」
横書きで名前が書かれ、その右側に点数が書かれている。順位はナンバリングされておらず、上にいればいるほど点数が良いと判断するのみとなっている。
結果はやはり見るまでもない。同点首位だ。
「同じ……ですね」
「ええ。だったら、キャロル嬢が一番上に書かれていても良いのに」
「それは、流石にどうかと思いますわ」
羊皮紙には1番上にジークフリート殿下の名前が、次に私の名前が記載されていた。その次はやはりエーギンハルトで、彼は私たちよりも3点低い。ざっと見た感じ、上位陣に順位の変動はないようだった。
「まぁ、これで分かりましたね。貴女は非常に優秀で、私と同等、もしくはそれ以上であると」
殿下の通る声に、ざわっとクラス中がざわめく。わざと声を張ったのは明白だった。これはもしかしなくても、この場でまたあのときのように跪いたり、しない、しないよね!?
勘弁して欲しい、そんなことされたらその場で女子から村八分よ!
「まぁ殿下、ありがたいお言葉ですわ」
「今日から貴女がこのクラスの『女王』です」
「いえ……『王』は殿下ですわ。私など、恐れ多いです」
実際、順位表に書かれている順番も殿下のほうが上となっている。体裁としてはこれが1番丸く収まる形なのではないかと私は思った。
確かにトップだけど、殿下と同じ点ということで彼のプライドは守ったし。厳密には1位ではないから臣下云々とかいう話も反故にできるかもしれない。
うん、結果論だけど、ちゃんとテスト受けて良かったのかも。
「でしたら私の良きライバルとして、今後とも励んでいただけますか? 私はずっと目指す相手がいなかったので、とても新鮮なんです」
「私に務まるかは不安ですが、もちろん喜んで」
殿下は穏やかな口調で話されて、私もにっこり笑顔で承諾した。それで、クラスメイトからの視線は半分軟化することとなった。それは男子からの視線で、殿下に頭脳で迫る私をこれからは無碍にしなくなるだろう。
私はやっとクラスメイトから遠巻きにされなくなるとほっとする。
まぁ、残り半分の視線はむしろ苛烈になったけど……。
それはご令嬢たちの視線で、殿下に気に入られた私に対する嫉妬だ。だがそちらはもうどうしようもないだろう。全てを丸く収めることなど到底不可能だし、殿下自ら動けばこうなることは分かりきっていた。
私がこのクラスの女子では1番身分が高いし、まぁ、どうにかなるでしょ……。
ひとまず学園でのことは一段落したし、あとは社交界とアイドル活動に邁進しよう。実力テストは毎月あるけど、特別な勉強をしないと満点を狙えないということはない。前日にゆっくり眠って英気を養えば十分だろう。
殿下はいつまでも順位結果を見ていると後ろの者が支えると気づいたのか、私の手をそっと引いて反転した。私もそれに続く。
う、クラスメイトの視線がやっぱり痛い……。さっきまで後頭部にぐっさぐっさ刺さってたもんね……。
やはり予想通り、半分くらいの視線は軟化していたので良かった。シーヴェルトは絶対零度の視線で睨みつけてきてるけど。嫌われてるなぁ、私。
「ではそろそろ戻りましょう」
「はい」
「キャロル嬢」
「はい?」
瞬間、キャーッ! という声がした。
え、なに、と思う。そこでようやく、私は指先を持ち上げられていることに気づいた。しかもそこがなんだか温かい。一体いつの間に。
呆然と、肘から視線を持ち上げていく。
その先には――……。
「で、殿下っ!?」
「ライバルというのは対等ということです。私のことはどうか、ジークとお呼びください」
「――っ!!」
それは廊下で会話したときに私が言ってしまった、誤解を招きすぎる発言だった。殿下は手袋なんてもちろんつけていない、私の生身の指先に唇を触れさせている。しかも背が高いのにやや上目遣いという、謎の高等テクニックでこちらを見ていた。
その、赤い唇。すこし薄めだけど、もう大人みたいに緩やかな笑みをたたえているそれ。今は私の桜色の爪がぴったりとくっついている。私はそれに気づいた瞬間、瞬時に顔が沸騰した。
い、痛い。ドキドキしすぎて心臓が痛い。むしろバクバク言ってるっ!!
「、光栄、ですが……恐れ多いのでご容赦ください」
「では命令しようかな?」
「……、っ……!」
う……うぅ、やっぱり殿下はいじわるだ!!
クラスメイト全員の前とかいう何の言い逃れのできない場所。しかもこういう時くらいしか頼みにできないエーギンハルトも、不意打ちだったのか手を出せないらしい。一番後ろの席なので距離があるのが問題なのか、それとも驚きすぎて声も出ないのか。
私はそちらに視線を向ける余裕すらない。殿下から視線を外したら、なにかまずいことが起こりそうで目を離せないのだ。
というか推しからの熱い眼差しを受けているというのに、視線を離せるはずもなかった。
「冗談。でも、せっかくだから殿下はやめてください。私たちはクラスメイトでしょう?」
「……、ジークフリート様」
「今はそれで、構いませんよ」
満足気に笑うと、殿下は何事もなかったかのように私を席までエスコートした。驚愕と嫉妬の視線が死ぬほど突き刺さっているはずなのに、全く意に介さない。
王子様って、視線に鈍感じゃないと務まらないのね……。
席に座った私はもうぴくりとも動けず、ただひたすら机を睨みつけていた。
クラスメイトとの関係は前途多難そうですね(特に女子)




