第八話 生きること
第八話 生きること
私はゆっくりと目を開けた。作業台の上でそのまま寝たためか、起き上がったとき床に落ちそうになる。
「起きたようだな。」
声がするほうを見れば、店主が椅子を立ってこちらに向かって歩いてくる。アランを探せば、彼は既に起きていて店主の傍に居た。
「昨日一気に直したからな。」
店主は昨日直し終えた両足を軽く調べる。
「ちゃんと直ってるわよね。手抜きされると困るのよ。」
両足を調べる店主に強く言った。店主がろくに睡眠も取らずに直し終えたために、不完全な状態になっていなければいいと思う。今後も使う足だ。きちんとしていないと困る。
「一度歩いてみなよ。」
店主に言われた通り作業台から降りて床を歩いてみた。自分の中では特に違和感は無い。折れる前と同じように感じる。
「止まって。何か違和感はあるかい。小さなことでもいいんだ。」
店主は私の足を再度調べながら言った。
「いいえ、無いわ。」
「そうか、なら大丈夫だな。」
店主はそう言いながら、立ち上がる。そして、私を見て続けた。
「よし、直ったよ。もう大丈夫だ。」
「ありがとう。あとの面倒なことはピエールにお願いね。」
私は店主にそう言うと、アランの所へ向かった。
「おはよう。ソフィー。」
アランは昨日よりも元気が良さそうだ。眠ったためかもしれない。
「おはよう。アラン。店主と一緒に居たみたいだけど、何か話してたの。」
私は近くにあった椅子を移動させて、アランのそばへ座った。
「それはね。」
アランはそう言いながら、店主のほうを見る。
アランはちょうど店主と目があったようだ。彼がこちらに向かってきた。
「ソフィー様。連れのアラン君っていうのはどこの人なんだい。」
店主はそばにあった椅子に座りながら言った。「どこの人」という時点で、この国の人間では無いことはわかっているのだろう。彼は私たちの体を直す仕事をしている人間だ。故に、アランが私たちと違う事はすぐにわかったのかもしれない。
「話すと少し長くなるわよ。」
「かまわないさ。」
店主は私の言葉に即答する。
私は一度頷くと、これまでのことを話し始めた。
私の力の事、アランの事、彼を呼んだ本当の理由。そして、昨日アランがこちらに来てから今日までの事を話した。
「よくわからないな。わかったのは、アラン君がこちらの世界の人間じゃないってこととソフィー様がそんな人間になりたいってことだな。」
店主は今目の前に居る二人のことは理解したようだった。
「あの、あのさ。話がかなり変わるけどさ。」
先ほどまで黙っていたアランが口を開く。そして、続けた。
「お腹すいたんだけど。」
私はその言葉で思い出した。彼は私たちと違って面倒な人間だってことを。
アランは凄く食べ物が必要そうで、その旨を何度も口にする。
「どうしようかしらね。」
ピエールに相談しようと思ったけどもう無理だ。食べ物、たべもの、タベモノ…。
そこで、私は思いつく。方法は確かにあった。しかし、ここでやるべきだろうか。アランを見れば力なくこちらを見ている。こっちで死なれては困るので始めるとしよう。
「仕方が無いわね。ちょっと待ってて。」
私はアランをこちらに呼んできた時のように、空中に円を書いた。そして、右手をその中心に当てると唱えた。
「別の空間よ。出でよ。」
次の瞬間、金色の円の中に別の世界が現れる。
「ほお。ソフィー様はこんな不思議なことが出来るんだね。」
店主は私の行動に興味を持っているようだ。何をしているのかは理解していないようだけど。
「この事は誰にも言わないでよね。簡単に使うものじゃないんだから。」
私は二人を見て言った。本当ならこんなところでしたくは無かった。そして、この行為もあまりしたくない。
むこうの世界の何かをこっちの世界に移動させれば、その何かが向こうでは無くなっている。そして、むこうの世界では無くなった事が無かった事とされる。気が付かないうちに無かった事とされるって、良い気分じゃないと思う。それが良いものならばなおさらだ。
そこで、私は自分を笑った。私は自分がした事を忘れているのか。
私は右手を円から離すと、円の中を移動させた。
「適当に移動させるから、食べ物が見つかったら言って。」
今回は人を探すわけでは無い。どれがいいとかも分からないので、適当に移動させた。
しばらくすると、アランの顔が少し元気になった。
「あれ。ここってまさか。」
アランが見た事のある場所のようで、直後から彼の指示で移動させることとなった。
「これ、これがいい。一度は食ってみたかったんだよね。」
アランが指差すものは器に入ったもののようだ。その中には白い粒々のものがぎっしりと敷き詰められている。その上には黒っぽい薄いものが敷いてあって、またその上に赤い丸っこい粒が沢山のせてあるものだった。私自身なんなのか良くわからないので、このように説明するしかない。
「じゃあ、これで決定ね。」
私は目を閉じて、考えをまとめようとする。その時、アランが口を開いた。
「ちょっと待って、傍にある細長い棒もお願い。」
アランが、指指すものは良くわからない棒状のものだった。これも何か必要なのか。
「これで以上よね。」
「うん。これだけ。」
私はアランの返答に安心すると、目を閉じて考えをまとめた。
「書き換え開始。」
私は目を見開き力強く唱えた。すると、円は水平に回転を始める。
回転停止とともに、書き換えが完了した。
「次はこっちに転送するから、円の下のとこに手を出しといて。そうしないと、ものがこっちに来た時落ちちゃうわよ。」
私がそう言うと、アランは素直に円の下に手を出した。
それでは、始めますか。私は目を閉じて深呼吸をした。
「転送開始。」
目を開き、最後の言葉を唱える。
円が九十度奥側に倒れ、円自体が水平になる。それから円が上昇し、ゆっくり下降すると同時にアランが指定したものはこちらの世界へと転送され始めた。
「お、来るぞ。来るぞ。」
アランはうれしそうに、ものが転送される光景を見ている。
店主を見れば何も言わずに私たちを見ていた。彼は私を見て一度頷くと、椅子を立った。
「悪いが、マルコを見てくるよ。」
店主はそれだけ言うと、奥の扉を開けて入っていった。
「うあっ。」
アランを見れば、なんとかお目当てのものを手の上に置いていた。細い棒はというと、床に落ちてしまっている。
「ソフィー。こっち持ってて。」
アランは私に転送されてきた食べ物をいきなり渡した。しかも、意外と重いものだ。
アランは私に食べ物を預けると、細い棒状のものを拾い上げ、半分に割った。よく見ると木で出来ているようだ。
「頂戴。」
私はアランの手のひらに食べ物を置くと、彼はすぐに食べるという行為を始めた。
「うまいなこれ。やっぱ本場は違うわ。」
食べるという行為によって、目の前にあった良くわからない食べ物はすぐにアランの口に入って消えてしまった。
「ふう。ご馳走様。」
アランは食べ物が入っていた入れ物と棒状のものを店主の座っていた椅子にのせた。
「あんなものがあなたの中に入っちゃうなんて本当に不思議ね。」
私はアランの口元を見る。あの口から入ったものは一体何処へいくのだろうか。アランたち人間とは、まだ良くわからない構造をしているようだ。
「ああ、なんか喉渇いたな。水……なんて無いよな。」
アランはそう言いながら背伸びをする。
この辺りには水は存在しない。私たちが求めないからだ。しかし、昨日ピエールと行った川なら水がある。
「水なら森の向こうにあるわよ。川の水だけどね。」
「ソフィーたちって水も必要無いんだね。なんかすごい体してるよね。」
アランが私の体を触ろうと手を伸ばす。触れる瞬間、私はアランから離れた。
そのとき、奥の扉が開く音がする。
「あ、ソフィーだ。」
扉の奥から出てきたのはマルコと店主だった。マルコはそのままこちらに走ってくる。
「おはよう。マルコ。」
私はマルコへと挨拶をする。私はマルコの頭を触りながらアランを見た。
「アラン。この子はマルコ。店主の息子さんよ。」
アランは椅子から立ち上がるとマルコのそばに寄り、少ししゃがんだ姿勢になる。
「僕はアラン。よろしくね。」
アランは笑顔でマルコへ言った。マルコはアランの言葉を聞くと彼の目をまっすぐ見た。
「アランって、ソフィーのなんなの。」
マルコの口から出た言葉は、少なくとも私を慌てさせた。
「な、なんなのよ急に。彼はただの友達よ。」
マルコは私の言葉を聞くと、何度か頷く。
「そっか。ふーん。」
「お前は落ち着いて座ってろ。」
店主は自分が座っていた椅子をマルコに渡した。ちなみに、椅子の上に乗せてあった器や細長い棒は今アランの手元にある。
「話は戻るけど、森の向こうに川があるって言ったよね。連れて行って欲しいんだけど。」
アランは私を見て言った。そういえば、彼は喉が渇いていると言っていた。水が必要なんだろう。
「森の向こうにある川か。マルコお前川見たこと無いだろ。」
店主がマルコを見て言う。マルコも店主を見て頷いた。
「俺が行った事あるから二人とも連れてってやるよ。ソフィー様も行くかい。」
店主はアランを見た後、私を見て言った。
「私も行くわ。じゃあ、みんなで行きましょう。」
私は店主を見て言った。この状態だと私だけ行かないことになるし、水に触れるアランも見たい。
私たちは支度をすると、修理屋を出て森へ向かった。




