プロローグ
「お前は今日限りでクビだ」
冒険者ギルドの会議室に、その言葉はあまりにも軽く響いた。
俺――カイン・レイヴンは、一瞬だけ聞き間違いかと思った。
「……え?」
「だからクビだと言ったんだ。君は『黄金の剣』パーティから追放される」
リーダーの勇者アレスは腕を組み、不機嫌そうに俺を見下ろしている。
周囲の仲間たちも目を合わせようとしない。
昨日まで共に魔王討伐を目指していた仲間たちだ。
それなのに。
「理由を聞いてもいいか?」
そう尋ねると、魔法使いのエリナがため息をついた。
「カイン、あなた戦えないじゃない」
「荷物持ちしかしてないしな」
戦士のガルドが鼻で笑う。
確かに俺の戦闘職は『雑用係』だ。
剣士でも魔法使いでもない。
派手なスキルもない。
だから世間ではハズレ職と呼ばれている。
だが――。
「荷物の管理、装備の整備、薬品の調合、地図作成、結界設置、罠解除、食料確保……全部俺がやってたんだが」
俺が言うと、全員が顔をしかめた。
「だから何だ?」
勇者アレスが言った。
「そんなの誰でもできる仕事だろ」
その瞬間。
なぜか俺は少しだけ笑ってしまった。
ああ、そうか。
誰でもできると思っていたのか。
彼らは。
俺が毎晩徹夜で装備を修理していたことも。
毒草と薬草を見分けていたことも。
魔物の生態を記録して作戦を立てていたことも。
誰一人知らなかったのだ。
「分かった」
俺は立ち上がった。
「じゃあ辞めるよ」
引き止める者はいない。
拍子抜けするほどあっさり終わった。
こうして俺は勇者パーティを追放された。
その時はまだ知らない。
三か月後。
勇者パーティが補給不足で壊滅寸前になり、
半年後。
王国中の冒険者たちが俺を取り合うことになり、
一年後。
世界中の職人、学者、商人、冒険者たちから――
『裏方の王』
と呼ばれるようになることを。
そして俺自身も知らなかった。
雑用係だと思っていたこの職業が、
実はあらゆる職業を極めた者だけが到達できる、
伝説の上位職だったことを。
続きを書いて
第一話 辺境の町
勇者パーティを追放された翌日。
俺は王都を離れていた。
未練がないと言えば嘘になる。
三年間。
命を預け合った仲間だったのだから。
だが、追放された以上は仕方がない。
今さら頭を下げて戻りたいとも思わなかった。
「さて、これからどうするか……」
街道を歩きながら地図を広げる。
俺が向かっているのは辺境の町ラウル。
魔物は多いが人口は少ない。
だから冒険者も不足している。
雑用係の俺でも仕事くらい見つかるだろう。
そんな軽い気持ちだった。
――しかし。
町に着いた瞬間、異変に気付いた。
門番たちの顔色が悪い。
通行人もどこか落ち着かない。
荷車には怪我人が乗せられている。
「何かあったのか?」
近くの商人に聞く。
「あんた旅人か?」
「ああ」
「なら気をつけろ。北の鉱山にダンジョンが発生した」
俺は眉をひそめた。
ダンジョン。
世界に突如現れる魔力の巣窟だ。
放置すれば周囲に魔物があふれ出す。
「討伐隊は?」
「全滅した」
「……何?」
「町で一番強い冒険者たちが行ったんだ。誰も帰ってこねぇ」
商人は震える声で言った。
嫌な予感がした。
俺はギルドへ向かった。
◇
冒険者ギルドの中は重苦しい空気に包まれていた。
受付嬢が疲れ切った顔をしている。
「すみません」
俺が声を掛ける。
「何でしょうか?」
「北の鉱山について詳しく聞きたい」
その言葉に周囲の視線が集まった。
まるで無謀な自殺志願者を見るような目だ。
受付嬢も困惑している。
「行くつもりですか?」
「ああ」
「おすすめしません。Cランク冒険者が二十名以上行って戻ってきていません」
「生存者は?」
「一人だけ」
その時。
ギルドの奥から怒鳴り声が響いた。
「ふざけるな!」
振り向くと、傷だらけの男が机を叩いていた。
右腕には包帯。
鎧もボロボロだ。
「仲間がまだ中にいるんだぞ!」
「ですが、これ以上人を出せません!」
受付嬢が悲痛な声を上げる。
男は悔しそうに拳を握り締めた。
俺はその姿を見て確信した。
この男が唯一の生存者だ。
そして――。
男の腰に下げられたランタン。
靴に付着した白い粉。
服の裾に残る黒い粘液。
その三つを見た瞬間、俺は気付いてしまった。
「地下五層の黒泥沼か」
男が凍り付いた。
「……なぜ分かる?」
周囲もざわつく。
俺は頭をかいた。
「簡単だ」
黒い粘液はダークスライム。
白い粉は魔晶石鉱脈。
その組み合わせなら地下鉱山型ダンジョン。
さらにランタンの煤の付き方から推測すると――
「ボスはアビスワームだろ?」
男の目が大きく見開かれた。
「その通りだ……」
ギルド内が静まり返る。
俺は思わずため息をついた。
最悪だ。
アビスワームは強い。
だが本当に危険なのはそこじゃない。
「あんたたち、ボスを倒そうとしてたな?」
「当然だ!」
「それが失敗の原因だ」
「何だと!?」
男が怒鳴る。
しかし俺は冷静に言った。
「アビスワームは囮だ。本体は別にいる」
沈黙。
誰も理解できていない。
だが俺には分かる。
昔、何百冊も魔物図鑑を読み漁った。
何千件も討伐記録を整理した。
だから知っている。
そのダンジョンの正体を。
「本当にいるのはダンジョンコアを守る寄生種だ」
俺は地図を借りると、一か所を指差した。
「ここを壊せば終わる」
その瞬間。
ギルドマスターが椅子から立ち上がった。
「待て」
白髪の老人だった。
鋭い目が俺を見つめる。
「お前……何者だ?」
俺は少し考えてから答えた。
「ただの雑用係だよ」
その言葉に、ギルドマスターは苦笑した。
「そんな雑用係がいてたまるか」
そして次の一言が、カインの運命を大きく変えることになる。
「その知識、本物なら報酬は金貨百枚だ。町を救ってくれ」
追放された雑用係の、新しい人生が始まろうとしていた。




